【第11話】さぁ学びの都へ
目立たず、騒がず、平穏に…
それが、俺――ミナモ・アステルの人生における最大の目標である。
前世の記憶を持ったまま異世界に転生した俺は、今度こそ平凡な人生を送ろうと心に決めていた。英雄になんてならなくていい。世界を救う必要もない。できれば村人Bくらいの立ち位置で、のんびり暮らしていきたい。
はぁ、……なのに。
日常生活を送るだけで経験値が入り、気づけば勝手にレベルが上がる。何をするにも妙にうまくいき、十歳になって受けた適性鑑定では、まさかの全職業適性あり。
おまけに能力値まで規格外だったらしい。
結果、俺はバーデンセリア学園に首席で入学することになってしまった。
どうしてこうなった。
しかも、幸いなことに幼なじみのダンマ、カミル、フォートも同じ学園に進学することになった。
気心の知れた仲間が一緒なのは心強い。
……うん、心強いはずだ。
ただし、三人とも学園生活への期待に胸を膨らませている一方で、俺の願いはただ一つ。
どうか、普通の学園生活を送らせてください。
授業を受けて、友達と話して、昼飯を食べて、放課後にはのんびり過ごす。そんな何でもない毎日を送りたいだけなのだ。
ところが、俺には一つ厄介な問題がある。
固有能力――【日常成長】。
新しい動作を覚えるたびに経験値を獲得し、一定量に達すれば、俺の意思などお構いなしにレベルアップするという、とんでもない能力だ。
剣を振るえば強くなり、魔法を覚えれば成長し、日々の何気ない動作でさえ、俺を少しずつ規格外へと押し上げていく。
……頼むから、普通に成長させてくれ。
そんな俺が足を踏み入れたのは、勇者を目指す子どもたちが集うバーデンセリア学園。
個性豊かな生徒たち。厳しい授業。実技訓練。そして、俺の平穏を脅かす数々の出来事。
果たして俺は、無事に目立たない学園生活を送ることができるのだろうか?
…いや、送らせてほしい。
これは、平凡を望む少年が、望んでもいない成長と周囲の期待に振り回されながら、それでも自分らしい日常を守ろうとする物語…
村人Bを目指す少年の、ちょっと騒がしい学園生活が今、始まる。
―――ガタゴト、ガタゴト…
馬車に揺られること数時間。
窓の外に広がる景色は、見慣れた農村の風景から、少しずつ賑やかなものへと変わっていった。
畑が減り、建物が増え、道を行き交う人々の数も増えていく。
「ぬぉぉぉぉっ!み、見えてきたぞぉ!」
隣に座っていたダンマが、窓から身を乗り出さんばかりの勢いで叫んだ。
「ちょ、ダンマ!危ないよ!」
カミルが慌てて服の裾を引っ張る。
「分かってる、分かってる!
でもほら見ろよ、あれ!」
ダンマが指差した先には、巨大な城壁に囲まれた都市が広がっていた。
高くそびえる塔、立ち並ぶ石造りの建物、大通りを行き交う商人や冒険者らしき人々。
遠くには、王城と思われる白亜の建物まで見える。
まさに、俺が前世で想像していたファンタジー世界の王都そのものだった。
「す、凄いな……」
思わず、そんな言葉が漏れる。
いや、別に感動しているわけじゃない。
ただ、これだけ大きな街なら、俺みたいな普通の人間が一人くらい紛れ込んでも目立たないんじゃないかと思っただけだ。
そう。俺の目標は、あくまで平穏な村人B。首席入学なんていう不本意な肩書きは、できることなら早々に忘れてもらいたい。
「おいミナモ、何ニヤニヤしてるんだ?」
「え、してないよ。」
「いや、してたぞ。
なんか企んでる顔だったぞ?」
「え、気のせいだよ。うん、気のせいだ!」
やれやれ全く…
人のささやかな希望を邪魔しないでほしい。
「それにしても、バーデンセリア学園って
どんなところなんだろうね…」
カミルが窓の外を眺めながら言った。
「魔法の研究施設もあるって聞いたことがあるよ。
珍しい魔法書とか、見せてもらえるのかな。」
「俺は剣の訓練場が気になるな!
村の広場とは比べものにならないくらい広いんだろ?」
カミルはすっかり興奮している。
その向かいでは、フォートが腕を組んで静かに頷いた。
「設備が整っているなら、訓練の質も上がるだろうね。
入学する以上、できることは増やしていきたい。」
……みんな、やる気に満ちあふれている。
俺だけだろう。
できることなら授業をほどほどに受け、友達と昼飯を食べ、放課後にはのんびり過ごしたいと思っているのは。
いや、授業はちゃんと受けるぞ?
ただ、目立つようなことはしたくないだけだ。首席入学者として期待されるなんて、考えただけでも胃が痛いのだ。
そんなことを考えているうちに、馬車は王都の正門をくぐった。
街の中は、想像していた以上に活気にあふれていた。
「焼きたてのパンはいかがですかぁ!?」
「魔物素材の買い取りはこちら!」
「美味しい、美味しい坂本さんのお弁当はいかがですかぁー。」
(ん?さ、坂本!?
もしかして日本人もいるのかな…)
あちこちから聞こえる呼び声。
店先に並ぶ色とりどりの商品。
見慣れない服装の人々に、荷物を積んだ大きな馬車。どこを見ても新鮮で、つい目を奪われそうになる。
はっ…いかん、いかん。
浮かれている場合じゃない。
そうだ、俺はこれから学園に通うのだ。
目標は、目立たず、騒がず、平穏に。
そのためにも、まずは学園での立ち位置を慎重に見極めなければ。
首席という肩書きはあるが、幸いにもここには大勢の生徒がいるはずだ。
俺より優秀な人間だって、きっといる。
そうだ。俺が特別扱いされるのも、最初だけだろう。
―――たぶん。
……頼むから、そうであってくれ。
やがて馬車は、大きな門の前でゆっくりと速度を落とした。
「到着だ。ここがバーデンセリア学園だよ。」
御者の声に、俺たちは一斉に窓の外を見た。
そこにあったのは、想像を超えるほど壮大な学園だった。
白い石壁に、青みがかった屋根。敷地の奥には複数の塔がそびえ、広大な校舎や訓練場が見える。正門には、剣と杖、そして翼を組み合わせた紋章が掲げられていた。
「でっけええええっ!」
ダンマが叫ぶ。
「本当にここで魔法を学べるんだ……!」
カミルの目は輝いている。
「施設の道具もピカピカだね!
実際に使うのが楽しみだよ!」
フォートも、いつもより少しだけ表情が明るい。
俺はというと――。
「……帰りたい。」
「え?なんか言ったか?」
「ん?何でもないよ…」
危ない、危ない。本音が漏れた。
しかし、ここまで来た以上、引き返すわけにもいかない。俺は深呼吸を一つして、馬車から降りた。そして、学園を見上げる。
大きい。とにかく大きい。
これだけ広ければ、きっと目立たずに済むはずだ。
生徒は大勢いる。授業も沢山あるだろう。
俺はその中の一人として、静かに生活すればいい。
―――よし、いける。いけるぞ…
俺は心の中で、改めて決意した。
この学園では、絶対に目立たない。
――その時だった…
「ごめんね。
君がミナモ・アステル君かな?」
背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには三十代くらいの男性が立っている。
きちんとした服装に、学園の紋章が入った胸元の徽章。
どう見ても学園の関係者だ。
「はい。そうですけど……」
男性は俺の返事を聞くと、穏やかに微笑んだ。
「よかった。学園長が君をお待ちなんだ。
到着したら、すぐに案内するように言われていてねぇ。」
……。
…………。
………………。
おい。
まだ門をくぐってすらいないんだが?
はぁ…
俺の平穏な学園生活は、どうやら正門にたどり着く前から、雲行きが怪しくなっているらしい。
読んでくださりありがとうございました。
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