【第10話】新たな門出
異世界に転生してしまった元社畜の主人公が、特別な力を持ちながらも英雄や勇者を目指すことなく、平凡で穏やかな「村人B」としての人生を送ろうとする。
何気ない日常の中で経験値を獲得し、少しずつ成長していく主人公。 しかし、本人はあくまで平穏な生活を望んでいるようで……?
果たして彼は、望み通りののんびりした人生を送ることができるのでしょうか。
どうか、主人公、ミナモ・アステルの第二の人生を温かく見守っていただければ幸いです。
それでは、異世界で始まる彼の物語をお楽しみください!
「はぁ、ただいまー。」
適性鑑定を終えた俺は、いつもより重たい足取りで家に帰ってきた。
出来れば鑑定結果なんて夢だった事にしたい。
全職業適性あり。
能力値は同年代を大きく上回りおまけに首席。
……はぁ、どうしてこうなった。
「おう、ミナモ! 帰ったか!」
居間から顔を出した父さんが、俺を見るなり笑顔を浮かべた。
「鑑定はどうだった? お前ならきっとすごい結果を出すと思ってたぞ!」
「父さん、ちょっと期待しすぎじゃない?」
「ガハッ!いいから聞かせてみろ!」
逃げ場はなかった。
俺は諦めて、鑑定で起きたことを説明した。最初は楽しそうに聞いていた父さんだったが、話が進むにつれて口が開き、最後には目を丸くして固まってしまった。
「――全職業適性ありだと…?」
「うん」
「しかも、バーデンセリア学園に首席だと!?」
「……うん」
「そりゃすげぇじゃねえか!!」
家が揺れるんじゃないかと思うほどの大声が響いた。
「あなた、声が大きいわよー。」
母さんが苦笑しながら注意する。
「いやいや、これが喜ばずにいられるか! 俺の息子が学園の首席だぞ!」
「僕としては、もう少し普通の結果が良かったんだけどね…」
「何を言ってるんだ。お前が頑張った結果だろう?」
父さんは豪快に笑い、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
母さんも隣に来て、優しく微笑む。
「改めておめでとう、ミナモ。
どんな結果でも、あなたが頑張ったことに変わりはないわ」
……二人とも、本当に嬉しそうだ。
それを見ていると、さすがに文句ばかり言う訳にもいかなくなる。
首席なんて望んでいなかったけれど、両親が喜んでくれるのは素直に嬉しかった。
その日の夕食は、いつもよりずっと豪華になった。
父さんが腕を振るい、母さんも料理を手伝う。
食卓には普段なら誕生日などの特別な日にしか出てこない料理まで並んでいた。
「さあ、今日は祝いの日だ! 遠慮せず食え!」
「いや、こんなに食べたら動けなくなっちゃうよ……」
「育ち盛りなんだから問題ないのだ!」
結局、俺はお腹がいっぱいになるまで食べさせられた。
平穏な「村人B」を目指している俺としては、先行きが不安になる祝いの日だった。
△
それから一ヶ月。
村では、驚くほどいつも通りの日々が続いた。
朝は起きて、食事をして、家の手伝いをする。
空いた時間には村を歩き、いつもの三人と遊んでいた。
(まぁこの時にも経験値は溜まっていってるんだけどねぇ…)
ただし、以前と少し違うこともあった。
「なあ、ミナモ!
学園ってどんなところなんだろうな!」
そう聞いてくるのはダンマだ。
「まだ行ってないんだから、知るわけないだろ。」
「そりゃそうか!」
「…全くお前、何を聞きたかったんだよ。」
思わず突っ込んでしまった。
隣では、カミルが考え込むように腕を組んでいる。
「でも、魔法の授業はあるんだよね。
どんな魔法を習えるのか、ちょっと楽しみだなー。」
「俺は剣の授業が楽しみだぜ!
強くなって、いつか魔物を倒してみたい!」
ダンマが拳を握りしめる。
フォートも静かに頷いた。
「僕も楽しみだよ。村では学べない事もきっとたくさんあるだろうしね!」
三人とも、学園に行くことを心から楽しみにしていた。
適正鑑定に合格し全員同じ学園に通えることが分かった時、三人はとても喜んでいた。
俺としても、知っている顔がいるのは心強い。
……ただし、目立たずに過ごしたいという俺の計画に、三人がどこまで協力してくれるかは別問題だった。
「ミナモは首席なんだから、入学したらすぐ有名になるんじゃないか?」
カミルが何気なく言った。
「ちょっと…その話は忘れてくれ。」
「無理だろ! 全職業適性があるんだぞ!」
ダンマが笑う。
「しっ!声が大きいよ!」
俺は慌てて周囲を見回した。
幸い、近くにいた村人は畑仕事に夢中で、
こちらの会話は聞こえていなかったようだ。
……やれやれ頼むから、
学園では普通に過ごさせてくれ。
そんな願いを胸に、俺は残りの日々を過ごした。
村の景色も、家族との食事も、幼なじみとの他愛ない会話も、明日になれば当たり前ではなくなる。
そう思うと、少しだけ寂しかった。
△
そして、出発の日がやってきた。
朝早く、家の前に一台の馬車が停まった。
バーデンセリア学園へ向かう子供達を送り届けるための馬車だ。
荷物をまとめて外に出ると、母さんが何度も持ち物を確認していた。
「着替えは入れた? お金はちゃんと持った? 食事はきちんと取るのよ。体調が悪くなったら、無理をしないでね!」
「大丈夫だよ、母さん。全部入ってるから。」
「本当に?忘れ物はない?」
「大丈夫だよ!」
心配してくれるのはありがたい。
でも、これではいつまでたっても出発できそうにない。
父さんは俺の肩に大きな手を置いた。
「――ミナモよ…」
「なに、父さん?」
「学園に行けば、今まで知らなかった事をたくさん知るだろう。
すげぇ奴らにも出会うだろうし、思い通りにならねぇ事もあるはずだ。」
(はい。現実もう思い通りになってないです…)
俺は心の中で呟く。
そして父さんは、いつもの豪快な笑顔を少しだけ和らげた。
「だがな、何があっても自分を見失うなよ。周りが何と言おうと、お前はお前のままで良いんだ。お前が帰る場所はここにある。
分かったな?」
その言葉に、俺は少し驚いた。
父さんは俺の能力を誇らしく思ってくれている。けれどそれ以上に、俺自身のことを見てくれているのだ。
「……うん。ありがとう、父さん。」
「おう!それと、飯はちゃんと食えよ!」
「最後にそれ!?」
「大事なことだろうが!」
「もう、あなたったら……」
母さんが呆れたように笑う。
俺もつられて笑ってしまった。
やっぱり、この家が好きだ。
この村で暮らす日々が好きだ。
だからこそ少しだけ離れがたい。
「ミナモー!」
声のした方を見ると、ダンマ、カミル、フォートがこちらへ駆けてきた。
三人とも旅支度を済ませ、出発を待っていたらしい。
「早く乗ろうぜ!
どんな学園なのか、今から楽しみだぁ!」
「ダンマ、まだ出発もしていないよ。」
「分かってるって!」
カミルとフォートも笑っている。
俺はもう一度、家族の方を振り返った。
「それじゃ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、ミナモ…」
母さんが俺を抱きしめた。
父さんも、少し不器用に俺の頭を撫でる。
「元気でな!」
「うん!」
馬車に乗り込むと、三人が俺の隣に座った。
やがて馬車が動き出す。
窓の外には、見慣れたアステル村の景色が広がっていた。家々が遠ざかり、畑が小さくなっていく。家族の姿も、少しずつ見えなくなった。
胸の奥が、ほんの少しだけ痛んだ。
けれど、いつまでも寂しがってはいられない。
これから向かうのは、バーデンセリア学園。
勇者を目指す子どもたちが集まり、
剣技や魔法を学ぶ場所だ。
俺には全職業適性があり、能力値も高いらしい。(まぁ固有能力もあるしな…)
しかも首席余計な肩書きまでおまけでついてきた。
……はぁ、不安要素しかない。
それでも、隣にはダンマ、カミル、フォートがいる。
きっと、楽しいこともあるだろう。
きっと、面倒なこともあるだろう。
そして、おそらく…
俺が目立たずに済む可能性はかなり低いだろう。
「……いや、まだ諦めるな俺!
学園では絶対に目立たないぞぉ!」
「ん? ミナモ、何か言ったか?」
「ん?何でもない…」
ダンマに聞き返され、
俺は窓の外へ視線を戻した。
――頼むから、学園では普通に過ごさせてくれよ…
読んでくださりありがとうございました。
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