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それは個性か、それとも異端か。「インカのめざめ」

独断と偏見で語るじゃがいも品種のお話。


5つめ、最後の品種として、「インカのめざめ」を語ろうと思う。最後の品種としてはこれ以上の役者はいないだろう。だって、こいつは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからである。


品種として「インカのめざめ」に親しんでいる人は驚くと思う。コレがじゃがいもでないかもしれないってどういうことだ。と。助走を兼ねて少しゆっくり話そう。


人間の科学力はありとあらゆる生命に、大まかなくくり、分類の概念を与えた。じゃがいもであれば、大きく分ければナスの仲間で、ナス科ナス属、その先にラテン語で綴られた、学名というより細かい分け方が続く。


さあ、ここで冒頭の問題が出てくる。私たちがジャガイモと呼ぶ植物は、ラテン語の学名で"Solanum tuberosum”(発音としてはソラナム・トゥベローサムというのが近いか)と呼ぶのだが、実は男爵をはじめほとんど全てのジャガイモ品種をカバーする"Solanum tuberosum”に、「インカのめざめ」は入っていないのだ。インカのめざめは、学名を"Solanum stenotomum”という。後半の単語が違うのがお分かりいただけるだろうか。こんな横文字のチーム分けで、普通のじゃがいもとインカのめざめの何が違うんだよという話だが、次の話をすると一気に分かりやすくなる。


「この2種類の植物は、交配して子を残す事がほとんど不可能なんですよ」


可能性の上で全くのゼロではない。が、インカのめざめと男爵であるとか、インカのめざめとメークインの子というものが出来る可能性はほとんどない。ヒトの人種よりも大きな差……というのは不正確ゆえ理系の人にはブン殴られそうだが、通りがいいので使わせていただく。モンゴロイドやコーカソイドというくくりよりもっともっと大きな、生物種としての違いが、じゃがいもである男爵とインカのめざめの間にあるのだ。不思議なものだ。


ちょっと助走が長かったが、いよいよいつもの栽培と調理の話に入ろう。

家庭菜園でインカのめざめの栽培にチャレンジした人は、大抵経験済みのことだと思うが、インカのめざめは大変小粒で、しかも全然収量が取れない。私が栽培したときは、男爵と比べたとき重量比1/4くらいか……と思った。ピンポン玉くらいの芋ができていればいいほうで、ミニトマトくらいの大きさで収まるものも多かった。暇庭もそりゃ育て方がうまい方ではないが、それにしたってこれは……。貶すような言い方をして申し訳ないのだが、それはじゃがいもとして食うにあたって、あまりにもさみしい収量だった。


だが知っている人は知っているはずだ、インカのめざめは、そもそも量を期待して育てる芋なんかではない。


インカのめざめっつうのは、なかなか難儀なイモだな……と思いながら、小さいのでよく土を洗い落として丸のまま炒め煮にする。砂糖を加えた甘みそで味付けをすると、カンプラという料理になる。小芋でどうしようもないイモを食べる最終手段であり、基本的にじゃがいもにとって名誉のある食べられ方ではないよな……と、暇庭は思っている。


思っていた、のだが。


「うん!?なんだこの味の濃さ?」


口に運ぶなりたまげる。インカのめざめの真価は味にあった。確かに小さくて頼りない芋だが、なんと。なんと強くて豊かな風味なんだろう。

栗じゃが、などという言葉がある。風味が濃く甘みがあるじゃがいもを指す褒め言葉で、通常は私はキタアカリにその言葉を使う。

インカのめざめは、ハッキリ言おう、キタアカリなんか比較にならなかった。まず香りが違う。でんぷん質ながら、ナッツを思わせる深くて香ばしい香り。炒ってないんだぞ。どういうことなんだ。続けて甘み。その味はじゃがいもの枠からほぼ完全に逸脱していた。今でもあれをなにに例えればいいか分からない。さつまいもにも近いかもしれないが、それでは説明にはならない。じゃがいもの味の輪郭は確かにある。あるが、概念の檻の中にいることは我慢ならぬと言わんばかりに芋自身の濃厚な甘みが甘みそをも押しのけて前へ出てくる。なんなのだこれは。これは、まるで……


「嗜好品みたいだ……」


言葉が迷走して、自分でも妙なことを言ったかもしれない。いや、だが、今振り返ればその印象は大きく実態を外してはいなかったかもしれない。


とにかく、味について美味であることは疑いようがなかった。ほかにこの風味をもつ野菜を私は知らない。ナッツ系の香りに、じゃがいもらしからぬ濃く強い甘さとうまみ。

認めよう。量が取れないという非合理をおしても、この品種を作って味わいたい人間の心情を、暇庭は否定しきれない。

この味にハマった人間は、ほかのじゃがいもを作ったほうがはるかに収量が上がることを知りながらこれを作り続けるはずだ。

何が違う?カロリー源にはならないと知りながらそのカフェインや、心を動かす風味を求めてコーヒーを育てること、あるいは健康度外視の幸福な一服のためタバコを育てることと、採れないとわかっていてもインカのめざめの美味を求め心血を注いで育てることは、何が違う?


冒頭のテーマを繰り返そう。じゃがいもではない。こいつは、インカのめざめは、生物種としてもじゃがいもとは言い難く、その味を求めて非合理な栽培を続けられるところを言葉にすれば、「畑の嗜好品」なのだ。暇庭から見たとき、その存在意義はともすれば、異端にすら見える。収量の上がらない小さい芋。しかしその、他の品種を隔絶したインカのめざめの抜群の風味に、魅了される人は今後も一定数いるだろう。それが個性なのか異端なのか。暇庭にも、他の誰にも、結論は出せないのかもしれない。


さて、これにて、「じゃがいも品種いろいろ〜独断と偏見を添えて〜」も、最終話となった。おかげさまで最後まで無事に書き切ることができて、暇庭は今本当にほっとしている。品種の話はいつ語っても楽しい。今まであまり品種気にしたことなかったなという方も、これを期にお気に入り品種を探してみるのも楽しいかもしれないし、既に品種にこだわりがある人も、新しい品種を試すきっかけになったなら、そんなに喜ばしいことはない。


読んでくださった皆様、感想をくださった皆様、応援してくださった皆々様、今回の連載もこれにて無事に終了できます。本当にありがとうございました。よろしければまた、暇庭宅男の作品にお立ち寄りください。お待ちしております。

インカのめざめは栽培時から他の品種とは少し違う様相を見せる。葉っぱの縮れがやや強く成長の勢いも弱い。花ははっきりした濃い紫色で、快晴の空の下だとメークインより青みがかって見えるかもしれない。


調理法について補足だが、インカのめざめこそ、あれこれと調理しすぎずに蒸してそのまま食べたりしたほうが良さが引き立つだろう。あの素晴らしい味わいは、料理の中よりもそれ単体で主人公としてメインを張れるだけの力がある。


返す返すも暇庭はノープランの連載ばかりしていて、書くのに追われるたび自分の生き当たりばったりが恨めしくなる。次こそ、次こそ、ちゃんと連載は始めるときと終え方を考えてから始めるぞ。決心を忘れぬよう後書きにも自戒の証を書いておく。

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― 新着の感想 ―
「インカのめざめ」は美味しいですね。栗の様に甘くてじゃがいもらしくないなと思いましたが学名からして違うのですね。納得です。 長崎で「インカのめざめ」の改良種を出している様ですが種としてかけ離れていると…
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