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第99話 スシネバーダイズ後編③

前回のあらすじ:

鳥路流の本手返しが速度、精度共に帯刀の握りを上回った。


◆◆◆


 本来のスシバトルとは外れた早握り対決。もはやプライドのぶつかり合いのようなものにも感じた。鳥路さんとしては勝負にまで持ち込むつもりはなかったのかもしれないけど、この勝利は帯刀に大きなダメージを与えたに違いない。


「はぁ……はぁ……なぜ最初からその握り方を使わなかった?」


 少し息を荒げる帯刀が鳥路さんに問う。


「……集中力がいる。まだまだ練習不足だ」


 まだ早くなる可能性を口にする鳥路さん。早握り後でも疲れのようなものは見えず、疲労している帯刀と対照的な状態だ。


「早く最後の一貫を握ると良い。勝負はここからだ」


 鳥路さんは本来の勝負のため帯刀に寿司を握るよう催促する。


「……それとも、疲れているのか? 帯刀冴」


「くっ……!」


 鳥路さんのレスバが帯刀を貫く。

 最初に自分が言った言葉をそのまま返されるのは屈辱だろう。


 

 今回俺がより多くの寿司を握る勝負を提案したのは鳥路さんの技術力を見込んだのが一つの理由だったけれど……もう一つは鳥路さんの体力と帯刀の体力に大きな差があると感じたからだ。

 体育祭の時、帯刀がリレー後に息を切らしていたのに対し、鳥路さんは全力疾走後でもすぐに息が整っていた。帯刀は運動神経の割にスタミナに乏しい、ならば長期戦に弱いのではないかと言うのが俺の推論だった。

 結果は……想像以上に当たっていた。帯刀が最後の一貫を落としたのは恐らく疲労が原因。少ない数の寿司を握って完結するスシバトルでは帯刀はかなり強さかもしれないが、帯刀は長期戦に弱い。

 これが何を意味するか。俺はもう一つの疑問への答えも見つける事ができた。


「松風先輩。松風先輩のお父さんが帯刀の寿司を否定したのは……帯刀の体力の無さを見抜いていたからだと思うんです。鳥路さんの体力が異常なのは置いておいて……松風先輩は松風鮨の手伝いで鍛えられて体力はありますよね? 俺達に寿司を握ってくれた時も疲れてる様子ありませんでしたし」


 松風先輩は少し驚きながら頷いてくれた。


「私も今同じ事を考えていたわ。百貫ぐらいで疲れていたら寿司職人は無理よ。ましてや寿司屋なんて他にもやる事が色々あるのに……ただ、帯刀さんの場合はそれだけじゃない」


 松風先輩にはまだ思い当たる節があるようだ。


「寿司に込められている気持ちが……その……よくわからないのよね」


「寿司に込める気持ち、ですか」


 松風先輩の口からオカルトのような言葉が出てきた事は意外だったけど、不思議とその言葉の意味はすんなりと理解する事ができた。寿司は……心で握るものだから。


「二人とも寿司職人とスシバトラーの違いについてよく考察できているわね」


 司先生が俺と松風先輩の会話に加わり、考察内容に花丸をくれた。


「……二人の勝敗を分けるのはそこになるかもしれないわね」


 司先生が鳥路さんと帯刀の方に視線を戻す。

 

 ちょうど呼吸を整えた帯刀が最後の一貫を握り直し、皿の上に乗せたところだった。


「さぁ! 両者の寿司が揃いました! 係員の方よろしくお願いいたします! あとスシバトルに夢中でマグロの一般審査員の方を決められていませんでした! モニターに注目!」


 綿貫さんの指示で少し慌ただしく審査へと移行していく。

 暴徒のようなギャラリーもMCの指示にはそれなりに従順なのがうちの学校の生徒の真面目さみたいなものを感じる。


「まずは白い皿! 鳥路さんのマグロからお願いします!」


 白い皿、鳥路さんの寿司を審査員がほぼ一斉に口に入れていく。


「おおおお! マグロ! すげぇマグロ! マグロだよ!」


「あの速さで握ったのにお寿司屋さんと全然変わらないお寿司じゃない!?」


「それ以上だよ! てかこのマグロ松風鮨のマグロかもしれないんだろ? 高級寿司屋の味なんじゃないか!?」


「俺、寿司イコールマグロだから期待値でかいんだけど……超えてきたわ」


 語彙力が怪しい反応が聞こえてきたけど好評な事に違いはなさそうだ。


「シャリのほぐれ方が見事ですね。握り方を変えたのに良い意味で全く変化を感じません。素晴らしいマグロのお寿司です」


 生徒会長が上品の言葉を並べながら目を輝かせている。審査を見てきて思ったのだけど……この人、相当寿司が好きだな。


「臭みもなくて良いマグロだってわかる。美味しいです」


 臭いが苦手な反応が多かった図書委員の子も高評価だ。


「ザ・マグロの寿司! このマグロが今の俺の最高点になったぞ!」


 漫研の人も良い反応だ。


「う、うまっ……いや、ええ、美味い方だと思いますよ。ま、まぁ早く握れたからと言って何か変わるわけじゃあるまいし……加点には至らな……寿司は接触時間が短い方がテクノロジー的にも正解では? いや! なんでもありません! 次が本番ですからコメントは控えます!」


 ロボ研にしては高評価だったんじゃないか?


「かなり無茶な握り方で心配だったが……不要な心配だったな。素晴らしいマグロの寿司だ」


 根木さんの評価を聞いたギャラリーから歓声が上がる。

 よし、全体的に高評価だ! 後攻にプレッシャーを与えられたんじゃないか?

 鳥路さんも少し不安だったのか胸を撫で下ろしている。上手くいって良かった……!


「それではお次は赤の皿! 帯刀さんの寿司をお願いします!」


 審査員が帯刀の寿司を食べ始める。


「美味しい! けど……違いがわかんない!」


「互角って感じじゃない?」


「どっちもうめぇ!」


 寿司ネタや握りに大きく差が開く要素はなかったようだ。笹垣の仕入れたマグロも当然ながら良いものを使っているのだろう。それでも高級店の仕入れを超えられないあたり、買い占めにも限界はあったようだ


「あ……」

 

 声を上げた審査員を見ると口に入る前に寿司が崩れたのか、寿司ネタとシャリがお皿の上に落ちていた。

 その様子が偶然にも多くの目に入ったのか会場が響めく。


「おいおいしっかりしろよ、寿司ニュービーかあいつ?」


「まぁ審査員は緊張するしな!」


「緊張したけど俺はミスらなかったぞ!」


 落としたのは審査員のミスとして捉えられているようだ。


「いえ……その方のミスではありません」


 特別審査員……これまで比較的大人しかった生徒会長がマイクを手にして口をひらく。生徒会長の手には落とした審査員と同じように崩れた寿司が乗った赤い皿。

 

「握りが……甘い状態で提供されています」


 生徒会長の厳しめの指摘にギャラリーが騒然とする!


「そ、そうなのか!? 気づかなかったぞ!?」

 

 漫研の人と隣で頷く図書委員の子は問題なく食べられたようだが……


「いやいやいや! いやですねぇ! 生徒会長! ご自分のミスを棚に上げるのは良くない! よくな」


 生徒会長の鋭い眼光がロボ研を突き刺す!


「ひいっ!」


 椅子から転げ落ちるロボ研!


 こ、こわっ! 遠くにいる俺でも怖かったぞ!? 

 しかもこの感じ……知っている! 寿司にキレた時の鳥路さんだ! 

 というか鳥路さん以上にキレている! 


「早握り勝負……結構。ですが、それは、当たり前に普通の寿司を握れる事が前提! こんな半端な寿司を出すなんて……恥を知りなさい!」


 生徒会長がここまでキレてるの初めて見るんだけど……

 鳥路さんも生徒会長の豹変ぶりに驚いている。鳥路さんもこんな感じだったよ?


「そ、それは寿司同好会が仕掛けてきたことで! 部長はその、仕方なく! それに、握り損ないが一つや二つあっただけで……あ、いえ! 決して生徒会長を蔑ろにしたかったとかではないんですよ!?」


 笹垣が生徒会長の怒りを鎮めるために動く! だけど、その言い訳はかなり苦しそうだけど……


「あなた方にとって私は何人もいる審査員の一人かもしれませんが……その態度なら確実に客を一人失いますよ? 舐めているのですか?」


 生徒会長の冷たい視線が笹垣を黙らせる!


「帯刀。お前らしくないミスだ……あの時、休憩を取るべきだったかもしれないな」


 根木さんも帯刀のミスが体力不足によるものだと感じているようだ。


「大変申し訳ない。私が完全に悪い。不快な気持ちにさせてしまったことを心からお詫びする」


 生徒会長と他の特別審査員、そして、一般審査員とギャラリーに頭を下げていく帯刀。自身の失態に対して誠実な姿は敵ながら素晴らしいと思う。

 

「……票を決するまでもない。四本目のマグロ勝負は私の負けだ」


 え? い、良いのか? ということは……


「帯刀さんの申告で……よ、四本目のマグロ勝負は鳥路さんの勝ちだぁ!」


 戸惑いながらもマイクを握って進行する綿貫さん。

 まばらな歓声に混ざり困惑する声が聞こえてくる。不完全燃焼ではあるけど……勝ちは勝ちだ。

 ……鳥路さんは表情を変えずに帯刀を見ている。


「完全に負けを認めた訳ではない。最終戦で決着を付けるまでだ」


 帯刀の闘志は消えた訳ではない。静かに、そして確かに燃えている!


「……もう一度聞く。本当に私が先攻で良いのか? 私は最後の勝負……締めの寿司を出す。もし、お前に理由がないなら私を後攻にすべきだ」


 鳥路さんが情報を少し開示して改めて先攻後攻について帯刀に確認する。なぜそこまで順番に拘るんだろう……締めの寿司と言うからには最後に食べるべきものなのだろうけど……


「一度決まったものは変更不可能だ。私の後攻は変わらない。これ以上の会話は不要。続きは寿司で語れ」


 帯刀はそう言って調理場を片付け始め最終戦に備える。やはり順番を変えてはくれなかった。

 


 鳥路さんは帯刀のその姿を……悲しそうな、憐れむような目でしばらく見つめていた。

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◇◇◇

こちらの作品はカクヨムからの転載版です。

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