第96話 スシネバーダイズ前編⑨
前回のあらすじ:
笹垣の邪悪な笑みが山本の情緒を破壊する。
◆◆◆
鳥路さんと帯刀が用意したマアジを取り出し次々に捌いていく。どちらのマアジも鮮度は良さそうだし、帯刀と比較しても鳥路さんの包丁さばきに何か問題があるようには思えない。
では、なぜ笹垣は笑ったのか。言い様の無い不安がゆっくりと俺に焦燥感を与えてくる。
その不安が的中してしまったかのように、鳥路さんの手が止まる。
「……やられた」
鳥路さんは帯刀の捌いているマアジと自分のマアジを比べてから、辛うじて聞き取れる音量でそう呟いた。
鳥路さんの作業する手は止まらないがその表情からは焦り、いや、動揺が見えている。
「と、とりっじ大丈夫……だよね?」
賀集さんが鳥路さんのその表情を見て不安そうに俺に話しかける。
「わからない……でも、何かが起きているはずだ。賀集さん、マアジはスシバトル部から貰って、そのまま持ってきたの?」
賀集さんは首を横に振る。
「ううん、ちゃんと鳥路さんと司先生で鮮度に問題が無いか確認してるよ。貰ったマアジを比べて鮮度が悪そうなモノのは弾いてたし……」
その二人が適当な仕事をするはずがない。ちゃんと鮮度や品質チェックしてスシバトルに持ち込んでいたようだ。
……比べて?
「賀集さん! 比べたって、もしかしてスシバトル部が持っていたマアジだけでやったの!?」
思わず声が大きくなり賀集さんを驚かせてしまう。
「そ、そうだよ。ほとんど買い占められてたし、それで仕方なくスシバトルする事になったの。だから比較は貰ったマアジだけでやってたよ」
じゃあ、今目の前にあるスシバトル部はマアジをどこで仕入れてきた?
鳥路さん達が買うより前に既に確保していたのか?
だったら、わざわざ買い占めたアピールをしてスシバトルなんかしなくても良くないか?
大して強くないスシバトル部四天王に高品質のマアジを託す意味がわからない。
そんな事をせずに逃げた方がマアジの勝負で簡単にスシバトル部は有利を取れる。
そんな事をする理由は……!
「笹垣っ! お前! 豊洲でのスシバトルはこっちを油断させる罠か!? とっくにお前達は品質の良いマアジを確保していて、俺達に少し品質の劣るマアジを押し付けるために! 最初からあのスシバトルに意味なんてなかったんだ!」
もはや怒鳴るように笹垣に向かって叫ぶ。
俺の声に驚き、笹垣の反応を待つかのように静かになるギャラリー。
その笹垣は……静かに笑ったかと思うと、突然高笑いを始めた。
「キャハハ! 今更気づいたのぉ? ざっこぉ! そうよ! あのスシバトルには何の意味も無い! あんたらは最初からハズレを引かされてたってこと! どうしてそんなことするのぉ? って顔してるぅ! 良い子ちゃんの賀集にはわからないでしょうねぇ!」
「俺達の絶望する顔を見たいがためにやったのか……!」
意味不明なモノを見て驚く賀集さんの代わりに俺が笹垣の目的を口にする。
「性格が悪い奴は察しが良いわね。でもでもぉ! 今気付いてももう遅いわけ! 勝負の決まった無様な寿司を最後まで握るしか無いの! 鳥路英莉はねぇ!」
何とか審査の前に相手の罠に気付けた。もしかしたら、ここから鳥路さんはリカバリできるかもしれない……!
無常にも。
俺の目に映ったのは。
苦しそうに寿司を握っている鳥路さんの姿だった。
「キャハ! キャハハハハ!! その表情が見たかった! 何言っても表情筋が死んでる奴の絶望する顔! 自分の選択で自分の首を絞めてるってどんな気持ち! ねぇ! 教えてよ!」
「良い加減にしろ笹垣!」
調子に乗る笹垣を一喝したのは……根木さんだった。
「スシバトル中の精神攻撃はある程度黙認されるものと書かれていたが……やり過ぎだ! 観客の心象を悪くするだけだぞ!」
根木さんの言葉を聞き、周囲のギャラリーの様子を確認する。
「や、やり過ぎじゃない? スシバトルって、もっと、こう、ねぇ!?」
「そこまでして勝ちに拘るものなのか!?」
「こんなのエンタメじゃないよぉ!」
行き過ぎた笹垣の行いにギャラリーから非難の声が聞こえる!
これは……笹垣の失敗! 帯刀の足を引っ張る形になっているのでは!?
そう思って、帯刀の方を見たが……俺は、ゾッとした。
今までの流れなんてどうでも良いかのように寿司を握っている。
集中して聞こえてないとかではない。興味がないんだ。
そ、それでも、流石に笹垣にとって、この状況はよくないはずだ!
「雑魚共が何を言おうが関係ないわ。勝負はねぇ! 勝つ事に意味があるの! その為には徹底的にやる! スシバトルは遊びじゃない! そもそも私が何をしようが部長の寿司が完璧なのは変わらない! 審査員は感情の乱れに惑わされずに美味い方を選べば良い! 私、間違った事言ってるかしら!? ねぇ!? 審査委員長!」
「た、確かにそうだが……」
笹垣の圧力に根木さんが押される。
悔しいが笹垣が言っている事に間違いはない。審査員は味だけで勝敗を決めるべきだ。
俺は……あの時気付けていなかった。
スシバトルの火に狂っているのは帯刀だけじゃない。
笹垣も! 帯刀と同じ狂気を孕んだ目をしている……! 勝ちに拘る異常な執念!
「えっと、ええっと! はいはい! ヒートアップしすぎですよ! あの、その、そろそろ! そろそろですね! 鳥路さんも帯刀さんも握り終わりそうですし! お寿司食べましょう! ね!」
放送部のMCが空気の悪さに耐えかねて俺達の言い争いを止める。
「俺、難しいことわかんねぇけどよ。美味い方が正義だよな?」
「そうかなぁ……そうかもしれないけど」
「観客が欲しいのは熱いエンタメスシバトル! 必要なのは美味い寿司! それだけだろ!」
少しずつギャラリーの喧騒が戻ってくる。
考えてみればギャラリーはスシバトル部の悪事を知らないはずだ。
エンタメを楽しみにして来ているわけだし、俺達の事情なんて興味ないだろう。
知って欲しいけど……今はどうしようもない。
「はい! アジの一般審査員はこの方々!」
ステージのモニターに審査員の名前が表示される。
味で勝負と言っても既にスシバトル部のマアジの方が品質が上であるという情報がギャラリーや審査員に公開されている状態。こちらが先に寿司を出す事になるので違いも比較されやすい。状況的にもこちらが不利だ……そんな事を考えている内に二つの寿司が審査員の前に並んでいく。
「それではまずは白いお皿! 鳥路さんのアジからお願いします!」
MCの合図で鳥路さんの寿司を食べ始める審査員達。
「……うん? いや美味しいぞ!」
「臭みも無いし、脂ものってるし……美味しい!」
「飾り包丁で見た目も食感も素晴らしい!」
高評価ではある。高評価ではあるのだけど……
「スシバトル部はこれより美味いって事だろ?」
「うーん、楽しみだ」
先攻だからどうしてもこうなってしまう!
「丁寧な仕事で好感が持てます。美味しいです」
「十分に美味しいけど……うーん」
「美味い! が! どうしても次が気になってしまうな! 耳を塞いでおくべきだったか!?」
「ふふふ、これは前座! 前座ですからね! この後美味いアジの寿司が待っているのですから仕方ありませんねぇ!」
「鳥路の寿司は十分完成度が高い……だが……」
特別審査員も一般とそこまで変わらない反応。根木さんはどうなるか予想できてしまっているようだ。それは根木さんが預言者であるからとかではなく、俺も感じていることだ。
「続いて、赤の帯刀さんのアジの寿司です! よろしくお願いします!」
MCに従い帯刀のアジの寿司を食べる審査員。ほぼ全員が硬直する。
「う、美味い! こんなに違うのか!? 脂も味もこっちが上だ!」
「ほとんど変わらないのに……素人の私でもこっちが美味しいってわかる!」
「飾り包丁もバッチリ決まってる……これは、勝てないよ!」
想像していた反応だ。恐らく、特別審査員も……
「……明確に違いますね。美味しいです」
「美味しいけど……ちょっと脂が強いかも……好みの問題かな」
「うん! 俺はこっちが好きだな! 美味い!」
「いやぁ! 鮮度と品質の違いが明らか! テクノロジーの観点でも美味さが違います! 見事のアジの寿司ですよ、これは!」
「……鳥路のも美味かったが……これは文句無しに美味い!」
根木さんの賛辞にギャラリーが湧き上がる!
くそ! 皿の枚数を数える前に勝負が決まっている!
結果を聞いてかどうかわからないが帯刀が満足そうに笑っている。
笹垣は結果より俺達の顔を見て笑っているな! こいつ……!
「さぁ! 早速審査に移りましょう! 審査員の方々! 美味しかった方のお皿を掲げてください!」
ほとんど……赤!
「おおう……ええっと、一般審査員が白4枚、赤21枚で……特別審査員は白1枚に赤4枚……鳥路さん18pt! 帯刀さん82pt! 帯刀さんが大差をつけて勝利です!」
驚きの声が混ざりながらも盛り上がるギャラリー!
想像以上の大差が付いてしまった……ポイント差で何があるわけでは無いけど、この負け方は良くない。それに……マグロを前に向こうに2pt先取されてしまったのはかなりまずい!
鳥路さんもそれに気付いており顔色が良く無い。決して金星さんを信頼していない訳ではない! あくまでこの場にまだマグロが来ていない事に対する焦り!
「ここまでで帯刀さんが五本勝負の内二本を勝利! 次勝てばこのスシバトルに決着が付きます! 鳥路さんはここから巻き返せるのか! 注目の次のお題の前に……一度、休憩時間を取ります! チルタイム!」
助かった! サンキューMC! これで金星さんが間に合う可能性も……
「その必要はないわ!」
さ、笹垣っ!?
「え? スシバトル部の笹垣さん? なんでしょうか?」
「休憩なんて必要無いって言ってるのよ。だってぇ……もう勝負ついてるから!」
騒めく会場! ギャラリーは「笹垣は何を言ってるんだと?」いう反応!
だが、俺達には……その意図がわかる!
「ど、どういう意味ですか? 笹垣さん?」
「そんなの……自分達の口で言ってくれない? ねぇ、寿司同好会? 答えてあげなよ」
スシバトル部は俺達がまだマグロを確保できていない事を……当然知っている!
だって俺達が買える市場のマグロをあいつらが買い占めているから!
「うっ……くっ……!」
鳥路さんが言葉を詰まらせる! お、俺が何かフォローしなきゃ! でもどうやって!? 何を言えば時間が稼げる!?
「さぁ! 鳥路英莉! 答えて頂戴! 次のマグロの勝負ができない理由を! あんたの口から!」
鳥路さんの拳が強く握られているのが遠目でもわかる。
言えない、言いたくない。でも、もはや……時間切れ……
こんな形で……終わってしまうのか。
◇◇◇
スシネバーダイズ前編 おわり
体育館の扉が力強く開かれる!
会場にいる全員が扉を開けたその人物に注目する!
「遅れて申し訳ありませんわー!」
いつもの優雅さは忘れず、でも、その目にはクマがはっきりと見える。
そして……その手には扇子ではなく、布に包まれた何かしらの塊を大事そうに抱えていた。
決して大きくはない。でもそれと同じような大きさの物を後ろに立つ司先生と蛍さんがいくつも持っている。
「金星さん!」
俺より先に鳥路さんがその人物の名前を叫ぶ。
金星さんの声を聞いて安堵で倒れそうになってしまった賀集さんを俺は咄嗟に支える。
「ここで終わるのはエンタメとして最低ですわ……! 最後まで付き合って貰いますわよ! 笹垣さん……いえ、笹垣志苑!」
「金星瑠璃子ぉ!!」
思い通りにならず歯軋りをする笹垣。
……その様子を気にも止めず帯刀が静かに鳥路さんを睨む。
鳥路さんが帯刀の視線に気付くと……真っ直ぐに、そして力強く帯刀を睨み返す!
勝負は……ここからだ!!
◇◇◇
スシネバーダイズ後編につづく
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




