第72話 フィクショナルスシポリス⑤
前回のあらすじ:
鳥路さんにとって寿司とは……
◆◆◆
根木さんの要求は鳥路さんにとって寿司とは何かという禅問答めいた質問。根木さんにはその答えがあるのか、それとも鳥路さんの思惑を確認するためだけものなのか……
「私にとっての寿司……」
実際に困っているのは俺よりも鳥路さんの方だろう。
ただ、根木さんは急かすような真似はせずにじっと鳥路さんの答えを待っている。
鳥路さんは少し息を整えてから再び口を開く。
「寿司は……救い」
その言葉を否定する者はいない。鳥路さんが真剣に選んだその言葉には十分な重みがあった。
「私にとって寿司は、辛い時でも悲しい時でも、人々を笑顔にするヒーローのようなもの。研究に追われて忙しい父と母も私と寿司屋で外食をする時はいつも笑顔だった」
鳥路さんのご両親……研究職だったのか。北海道から引っ越してきたのもその辺りが理由なのだろうか?
「でも、そんなある日……家族でよく行っていた寿司屋が店を畳むことになった。店主の高齢による引退……惜しまれつつの閉店だった記憶がある」
鳥路さんが小さい時の話だろうか。鳥路さんは寿司屋を失う悲しみを知っていたんだな。
「行きつけの寿司屋が無くなり、その頃の父と母が更に研究で忙しくなった事もあって、気付けば家族の時間が全く取れなくなってしまっていた。小学生の私には……それがとても辛かった」
俺が小学校の時はどうだったろう……でも家に帰っても一人だった時の寂しさは少しの短い時間でも寂しさを感じるレベルだった記憶がある。
「だから私は自分で寿司を握ろうと思った。私が寿司を振る舞えば父と母を仕事から解放できる……当時の私はそう思っていた」
それが鳥路さんの寿司の始まりなのか。
「でも、寿司なんて子供が簡単に作れる料理じゃない。教えてくれる人もいないし、見よう見まね、動画を見ただけではちっともわからなかった」
鳥路さんにもそんな時期があったんだ。
「それでも父と母が同時に帰って来れる日を狙って何とかサプライズで寿司を作ろうと頑張った……でも、できたのは寿司とは言えない刺身と酢飯が混ざった何か。全然上手くいかなくて、自分に才能が無くて寿司が握れないとか、だから両親は私を放置しているんだとか思い始めて感情がめちゃくちゃに。最終的にワンワン泣いてたわ」
すっかり落ち着いた今の鳥路さんからは想像できない幼少期だな……
でも、誰だってそんなもんな気もする。俺も一人だけ逆上がりできなかった時はこの世の終わりみたいな気持ちになったことあるし。
「でも、帰ってきた両親はそんな出来損ないの寿司を見て私を抱きしめてくれた。昔、寿司屋の店主が寿司は心で握ると言っていた意味をその時の私は初めて理解した」
あの言葉にそんな背景が。寿司が泣いている方にも何かしらあるのだろうか。
「それから月に一回は家族で一緒に寿司を食べようという約束になって、私はその度にもっと寿司を上手く握れるようになろうと思ってがむしゃらに寿司を勉強した。お小遣いで色々な寿司屋にも行った」
詳しい時期はわからないけどその頃から鳥路さんの原型が出来上がっていたんだな。
「……心配りを感じない不味い寿司に怒りを感じ始めた時期は覚えてない」
うん、まぁ、そこは確かに知りたいけど、知らなくても良いかな……
「とにかく、それが私にとっての寿司。答えになった?」
鳥路さんの色々なルーツを聞くことができた。根木さん的には今の話はどう感じたのだろう。
「ああ、十分だ」
満足の行く答えだったという意味の十分だろうか、それとも……
「少なくとも……鳥路が寿司警察なんかではないと私は思った」
根木さん! わかってくれたのか!
「だが、鳥路が寿司警察ではないと確実に否定できる材料もない」
鳥路さんのこっちでの活動時期と帯刀さんの寿司屋を潰したタイミングが噛み合ってしまった悲劇だ。せめて、何かはっきりとした証拠でもあれば……
「だからこそ、鳥路はスシバトル部を止め、鳥路の寿司が正しい事を周囲に認めさせる必要がある! 私はお前の寿司の行く末を知りたい!」
鳥路さんの寿司が向かう先……!
「も、もしかして、根木さん! 寿司同好会に来てくれるの!?」
賀集さんがその言葉の意図を汲んで根木さんの考えを確かめる。
「七津、すまないがそれは無理そうだ。金星、スシバトルの審査員の枠は空いているだろ。スシバトル部でも寿司同好会でもない奴が必要なんじゃないか?」
「笹垣さんからも指摘されてちょうど見直す予定でしたわ……」
スシバトル部だったのに寿司同好会の味方をしてくれていた金星さんがこちらに所属すればそういう話にもなるか……金星さんの審査は真っ当だったとは思うけど。
「笹垣の奴にも同意を貰っている。決まりで良いな」
「いつの間に……初めからそのつもりで鳥路さんにスシバトルを? 」
金星さんが言うようにここまで全部根木さんの思惑通り……
「いや、金星が気づかないで引き分けになるつもりで挑んだ。引き分けでも鳥路にとっての寿司を聞くぐらいはできるしな」
そうでもなかった。どうやら初めから根木さんの《《勝ち》》は決まっていたらしい。
「ありがとう根木さん」
鳥路さんが根木さんにゆっくりと頭を下げる。
「礼を言われるような事はしてないさ。それにスシバトルでは私は美味い方の寿司を選ぶ。私情は挟むつもりはないぞ」
「……わかっている」
鳥路さんは顔あげ、しっかりと根木さんの顔を見てから言葉を返す。
「スシバトル部が何かやらかす前に止めてやれ。あんま時間はなさそうだ」
「根木さん、笹垣から何か聞いてるの?」
スシバトル部の動きが活性化して寿司屋が犠牲になるのは何とか止めたい!
根木さんは何か知っていれば……こちらから行動できるかもしれない!
「夏休み前、いや、六月には何か仕掛けてくるだろう。その頃にはテストが始まるしな」
そこは学業優先なんだな……一応部活だからか。
「五月中に自分の寿司を見つける……」
鳥路さんの目標は決まったようだ。だが、自分の寿司を見つけるって具体的にどうすれば……
「一人で抱え込むなよ。お前にはダチがいるんだし……こっちでお前の寿司を一番見てきた奴に聞いてみても良いんじゃないか?」
……何でみんな俺の方を見るんだ。
確かに転校前の鳥路さんのスシバトルにも遭遇しているし、その後の鳥路さんのスシバトルもほとんど見ているような気がするけど……一番見てきたかって言われると……そうかも。
「お、俺かぁ」
全員からお前だよって言われたような目で見られる。
鳥路さんはスマホで何かを確認し終わると俺の方に顔を向ける。
「山本くん、次の土曜日は暇?」
「土曜? 多分暇だよ」
「じゃあ私の家に来て」
「オッケー。鳥路さんの家ね」
……
「鳥路さんの家!?」
男の俺が鳥路さんの家に!? ゆ、許されるのか!?
いや、許されてるのか!? 何を、何をするつもりなんだ鳥路さん!
「オーウ! 山本ボーイ! 鼻の下伸ばしてまーす!」
「サブリナさん!? そんな事ないでしょ!?」
まさか……バカ! いかがわしいことはない! 絶対ないからな山本葵! 多分寿司の話だから!
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フィクショナルスシポリス おわり
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




