第70話 フィクショナルスシポリス③
前回のあらすじ:
鳥路さんと根木さんがスシバトルのために色々準備中。
◆◆◆
短いようで長い準備時間……冷凍されたマグロの方は根木さんがキッチンペーパーで余計な水分を取り除き少し冷蔵庫で休ませている状態。シャリの方は鳥路さんを中心に作業が進み、現在は寿司同好会のメンバーでいつぞやに貰ったスシキン団扇でシャリを冷ましているところだ。
「これだけ冷めれば問題ない。味見して」
鳥路さんに呼ばれた根木さんがシャリを少し手に取り味を確認する。
「悪くないな。マグロもぼちぼち良い感じだろう。もっと時間を置いても良いんだが」
根木さんは冷蔵庫からマグロを取り出してから自分の持ち場に戻り、左手で握った包丁でマグロのサクを真っ二つにした。適当に切ったにしてはちゃんと綺麗に二等分されている。
「ま、どっちも変わらんが……好きな方を選びな」
前回の根木さんだったら不利そうな方を鳥路さんに渡していそうな状況だ。今回の根木さんはフェアプレイで挑む気概が見られる。
「……こっちで」
鳥路さんは自分《鳥路さん》から見て右側のマグロを選んだ。
根木さんは指定通りのマグロを皿に乗せて滑らせるように鳥路さんの方に流す。
「んじゃ……始めるか」
「わかった」
静かに二人のスシバトルが始まった。
松風鮨の時と同じ、関係者だけのスシバトル。ギャラリーがいないだけでここまで緊張感に差が出るものなのか。
包丁でマグロが切られる音なんて普通のスシバトルでは耳に入ってこないぞ……普通のスシバトルってなんだ?
と、とにかく鳥路さんと根木さんが向かい合わせで似たような作業をする様子はまるで鏡合わせのような光景にも見える。鏡合わせ……?
「根木さんって左利きだっけ? 前見た時は気づかなかったけど……」
あの時違和感を感じなかったということは、根木さんも鳥路さんと同じで右利きだと思っていたはず。じゃあなんで……
「登緒子は左利きでーす!」
栄寿司でバイトをしているサブリナさんから回答を貰えた。
「……ですが私とのスシバトルの時は右利きのように振る舞っていました!」
「え!? 利き手じゃない方でスシバトルしてたってこと!?」
「バイト中の賄いバトルで登緒子とスシバトルした日があったんですが、左モードの登緒子に私は手も足も出ませんでした! 久々に使ったソルトガンも全部避けられました!」
ソルトガンまだ捨ててなかったんだ……それより、根木さんが利き手握った時の実力! も、もしかして鳥路さんと初めてスシバトルした時も利き手と逆で!?
「今日は遊びじゃねぇからな……!」
根木さんが手に握っていた何かを制服にしまうとその手を酢水で洗い握りの態勢に入る! 左手でシャリを取り、右手に乗せたネタと合わせて握る!
……右利きの鳥路さんとは逆!
そして何より、速い! 鳥路さんや帯刀さんが舞のような優雅さのある握りなのに対し、根木さんの握りは舞は舞でも剣舞に近い! 力強さや荒々しさの中にも繊細な握りの技術が込められている!
「……随分と演技派だったのね」
鳥路さんは少し驚きながらもペースを崩さずに寿司を握る。
「演技指導の愛美が優秀だっただけの話さ! お前が遠慮なく喧嘩を買える立ち振る舞いはあいつから教わったんだよ!」
誰だ愛美って。あ、もしかして、最初に絡まれた時に根木さんと一緒にいた女子?
根木さんはその子の指導であんなスシバトルの挑み方してきたって事!?
「まなちゃんって不良漫画の主人公とかそういうキャラが好きなんだよね」
賀集さんの知り合いらしい。そして納得の理由である。
「私は鳥路さんの実力を知りたかっただけなのですが……あそこまで悪辣にならなくても」
金星さんが困惑している。やはり注文時に不良ムーブは含まれていなかったようだ。
「でもちゃんとわかっただろ、こいつが噂のスシバトラーだってな!」
根木さんと鳥路さんがほぼ同時に四貫の寿司を握り終える! 速さは互角!
握られた寿司の形を比較してもどちらも綺麗な形をしており四貫それぞれの大きさも揃っている!
栄寿司の娘……これが根木さんの本来の実力!
「さあ、こっからが本番だ。なあ鳥路?」
「ええ」
レスバではないのに二人の言葉の一つ一つに強い力を感じた。
そして審査員である俺達の前にほとんど同じ形状の寿司が二貫ずつ並ぶ。
同じ寿司ネタ、同じシャリ、違うのは二人の握り方だけ。
果たして俺はその違いに気付く事ができるのだろうか……それもどちらが優れているかまで……
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




