第60話 ネコマタズシクライシス⑨
前回のあらすじ:
スシバトルの審査員の一人が寿司を食べない。
◆◆◆
「な、何しに来たんだあの女!? お茶を飲みに来たのか!?」
「神聖なスシバトルの場でなんたる狼藉者か!」
「代われ! 俺の方が上手に審査員できる!」
一人の審査員のまさかの審査拒否に困惑するギャラリー。
そしてそんな周囲の様子を無視するように平然とお茶を啜る審査員!
何だろう……鳥路さんと似てるなこの感じ。
「ひ、一人いないくらいで結果は変わらない! 他の審査員は美味しかった方の札を掲げなさい!」
笹垣にとってもイレギュラーな存在だったらしいが、どうやら無視して進行することにしたようだ。と、とにかく最低でも俺達は二票以上獲得しなければいけない! 引き分けとかあるのか知らないけど!
審査員が一斉に札を掲げる!
「寿司王国二票! ねこまた寿司一票! 寿司王国の勝ち……いや、おい! まだ札を選んでないやつがいるぞ!」
「良い加減にしろ! 気持ち良くスシバトルを見せろ!」
ご立腹のギャラリー。札を掲げていたのは笹垣に買収されていた男子二人、賀集さんの知人っぽい女子一人。それぞれ推しの札を手に取っている。
そして、まだ札を選んでいないのは恐らく買収されていたと思われる男子。彼は両手に札を握りながら苦悶の表情を浮かべている。
「お、俺は! 寿司王国を選ぶべきなんだ。で、でも、俺は、ねこまた寿司の方が……しかし、だがしかし! こんな俺のために握ってくれたんだ、ねこまた寿司は! はぁーっ! はぁーっ! 俺は……! 俺は!」
「な、何悩んでるのよ! 早く札をあげろ馬鹿! 怪しまれるだろ!」
彼もやはり笹垣に買収されていたようだ。しかし、彼はそれ以上の価値をねこまた寿司、いや、賀集さんの寿司から得たようだ!
「俺は! ああああ! これが俺の答えだああああ!」
悩んだ結果、彼が選んだ札は……ねこまた寿司!
「うおおおお! 二対二の同点!? スシバトルに引き分けってあるのかよ!?」
「どうなっちゃうの!? こんなのガイドブックに書いてないわよ!?」
盛り上がりながらも混乱するギャラリー。奇数で絶対勝敗が決まる人数で審査員を選んでるのに今は実質偶数だもんな。同点になる想定はされてなかったらしい。
「き、きみ!? 何やってるのかね!? 寿司王国の顔に泥を塗るのですか!?」
「こんなの契約違反! 契約違反ですよ!?」
「俺は自分の舌に嘘をつきたくねぇ! お前らだってねこまた寿司美味いって思ってたくせに! その腐った性根と舌を引っこ抜いてやる! オタクに優しいギャルは実在するんだよぉ!」
取っ組み合いの喧嘩になる審査員の男子三人!
「ちょっ! マジやめなよ! 暴力はダメだって!」
それを止めようとする女子の審査員!
「……」
それらを無視してお茶を啜る寿司嫌いの審査員!
も、もうめちゃくちゃだ! こんな混乱しかないスシバトルをどうやって収束させれば良いんだ!? 鳥路さんも静観してるし!
「……来ましたか」
寿司嫌いの審査員がそう言って静かに立ち上がる。
来たって……誰が!?
家庭科室の扉が力強く開かれる音が響く!
「遅れて申し訳ありませんわー! 急に職員室に呼ばれたり、ご学友に相談されたりして身動きできませんでしたの! ごめんあそばせ!」
か、金星さん! 部屋に入っただけでギャラリーと暴れていた審査員が静かになった! すごい影響力!
「……随分と面白い事になってるようですわね。ねぇ志苑さん?」
「金星っ……! どうやって……!」
金星さんの遅刻にはやはり笹垣が一枚噛んでいたようだ。
金星さんが歩く度にそこにいた生徒達が避けていき、次第に審査員席までの道が勝手に出来上がっていた。
金星さんは笹垣さんの問いを聞き流して寿司嫌いの審査員の前に立つ。
「ご苦労様でした蛍。首尾はどんな感じですの?」
「概ねお嬢様の想定通りです。こちらの寿司ですが少し時間が経っているのと先程埃が舞ったのでお召しになられない方が良いかと」
「わかりました。下がって頂いて大丈夫よ」
「はい。では、後はよろしくお願いいたします」
蛍と呼ばれた審査員が一瞬で姿を消す! 何!? 忍者の末裔なの!?
というか思い出した! あの人、金星さんといつも一緒にいるメイドさんだ!
うちの生徒だったの!?
「ちょっと金星! 何勝手に審査員席に座ってるのよ!?」
「志苑さん。私がこのスシバトルの最高責任者ですのよ? 審査員が体調不良やアレルギーでお寿司を食べれない時は最高責任者の私が審査員席に座る……ルールブックにもそう書かれていましてよ?」
「な! あ、あいつ最初からそのつもりでふざけた真似を!」
俺はルールを知らないけど、笹垣が否定しないってことはそうなのだろう。
つまり金星さんは笹垣さんが何をするかわかっていて、あのメイドさんに審査員を任せていたということか。お金持ち仕草と言って良いかわからないけど、そういうのは笹垣より金星さんの方が上回っているんだな……
「大変申し訳ありませんが……お二人とも私のために寿司を握ってくださいますか?」
「は、はい!」
「くそ! なんでこいつはいつもいつも……!」
賀集さんと笹垣が再び寿司を握り始める。
「……これ食べて良い?」
「良いですが……お腹を壊しませんこと?」
「そんなにヤワじゃない」
鳥路さんがこっそり金星さんと交渉して残ったお寿司を貰ってきて食べ始める。
本当に自由だなこの人。
金星さんの前に二つの寿司が並ぶと金星さんはすぐに寿司を食べ始める。
「志苑さんのはこれサクラマスですわね。素晴らしい鮮度に品質……しかもこの身の感じは天然でして? とにかく大変美味しいですわ!」
金星さんは寿司王国のサーモンをサクラマスと見破った!
「サクラマスって何? サーモンじゃないの?」
「いや、あの色はサーモンだろ? サーモンに違いない」
「あ、寿司王国の期間限定の寿司ってサクラマスじゃなかったっけ? あれってサーモンなの?」
ギャラリーがサクラマスに疑問を抱く! いいぞ! サーモンがサクラマスじゃないとなれば笹垣はルール違反で……
「サクラマスをサーモンとして扱うのはまぁ良いでしょう。曖昧な話ですし」
金星さんがサクラマスをサーモンとして許諾してしまった。残念。
「賀集さんのお寿司は……昆布締めに笹の葉の香り……鱒寿司を参考にしたのかしら? 元のサーモントラウトと相性が良くてこちらも美味しいですわね!」
金星さんはやはり舌が凄い。食べただけで全部わかってしまう。これがお金持ちの味覚……! とにかくどちらの寿司も高評価だ。金星さんはどちらに軍配をあげるのか……全員が金星さんに注目する。
「賀集さんのお寿司の工夫は大変素晴らしいですし私好みのお寿司なのですが……やはり高品質のサクラマスには一歩及ばないというのが正直な感想ですわね」
え、嘘だろ?
「す、寿司王国の勝ちだ!」
「うおおおお! スシキン最高! スシキン最強!」
金星さんの審査結果に今日一の盛り上がりを見せるギャラリー。
その一方で無慈悲な結果に打ちひしがれる俺。
「ご、ごめん……とりっじ……」
今にも泣き出しそうな賀集さん。
「……」
鳥路さんの表情は変わらない。ただじっと金星さんの方を見つめている。
「あはっ! 結局私の勝ちってわけ! 無駄な努力ご苦労様! ねこまた寿司の社員でもないくせにでしゃばりやがって! この結果を聞いたらお爺さまはどぉんな顔をするのかしらねぇ!」
笹垣っ! 俺達は本当にこんなやつに負けたのか? 金星さんはやはりスシバトル部だから……違う! そんなことする人じゃない! これは……俺達の実力負け! 敗北したんだ俺達は!
「……ところで! このサクラマスのお寿司は明日も寿司王国で食べれますの? 私、大変気に入りましたわ!」
金星さんの一言で家庭科室が再び静かになる。
「……は?」
不意を突かれた笹垣から間抜けな声が出る。
「これだけ高品質のサクラマス! しかも天然もの! さぞ仕入れに苦労されたのでしょうね!」
「そ、それは、そうだけど……ま、まぁ? 明日ぐらいなら食べれるわよ。期間限定だけど」
「言い方を変えましょう。この場にいる皆さんはこのお寿司を食べれますの?」
笹垣の顔がひきつる!
「そうだよ! これ、寿司王国で食えるんだよな! 食ってみてー!」
「今から行っちゃう? スシバトル見てたらお腹空いちゃった!」
ギャラリーがサクラマスの寿司の話題で盛り上がる。
びしっと扇子が開かれる音で再び静かになる。
「……無理ですわよね? こんな希少な魚を安定して提供するなんて。どうせ品切れで誤魔化すつもりだったのでしょう、限定品という言葉に甘んじて。ねぇ、志苑さん?」
扇子で口元を隠し笹垣を睨む金星さん。
「そ、そんなの……そんなわけっ! ああああ! そもそも! そんなのスシバトルと関係ない話でしょ!? それに勝負は」
「私、まだ札をあげてませんことよ?」
「……ああ!?」
そうだ。まだ金星さんは札を掲げていない! 俺達が勝手に勘違いしていただけだ!
「私、許せない事が何個かありまして……食べれると思った物が食べれない事もその一つでしてよ。本当に大人気で品薄なら諦めもつきますが……客寄せの餌程度の数しか用意していない物など論外も論外……そんなものは《《仕入れられている》》とは言いませんわ」
「あー! あるある! すげぇわかる!」
「早くお店に行っても品切れ! ってなったらどうなってんの!? ってなる!」
「何しに来たのか分からなくてその後の寿司の味わかんなくなっちゃうのよね」
金星さんの意見にギャラリーが同意を示す。俺もそっち派だ。
「金星ぃ! お前! お前お前! お前は! いつも! 私の邪魔ばかりしやがって! 誰の味方なんだよ! スシバトル部だろうがよぉ! お前は!」
笹垣がブチギレる。この二人、根深い確執がありそうだな……
「賀集さんのお寿司はねこまた寿司で食べれるようになりますわよね?」
金星さんが笹垣を無視して賀集さんに話を振る。
「え、えっと……私にそういう権限はないんだけど……これぐらいの仕込みならレギュラーメニューにもできるんじゃないかな? 今度お爺ちゃんに聞いてみるね」
手間はかかってるけど昆布に挟んでから笹の葉で保管してるだけだもんな……元の食材はねこまた寿司のサーモンだし。実際の手間賃とか人件費とかはよくわからないけど。
「賀集さんはこのお寿司は当然お好きなのですわよね?」
「え? うん! 昨日試食したんだけどすごく美味しかった!」
「じゃあ、話が通ればすぐレギュラーメニューになりますわね」
ねこまた寿司の味は賀集さんの舌で決まっていた過去がある。なら、今の賀集さんの舌で選ばれたものもそうなる可能性は非常に高い。金星さん、まさか……そこまでわかっていたのか!?
「お、俺! ねこまた寿司のサーモン気になってたんだよな!」
「私も食べてみたかったの! 嬉しい!」
「いつからになるんだい!? 待ちきれないよ!」
ギャラリーがねこまた寿司の話題で盛り上がる。
寿司王国の空気からねこまた寿司の空気に変化している!
「さて……もう良いでしょう。札を掲げるまでもありませんわ。ルール違反で寿司王国の負け。このスシバトルはねこまた寿司、賀集さんの勝利ですわー!」
金星さんの勝利宣言にギャラリーが沸き立つ!
か、勝った! 賀集さんの寿司の勝利だ!
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




