第61話 ネコマタズシクライシス⑩
前回のあらすじ:
ねこまた寿司と寿司王国のスシバトルはねこまた寿司の勝利!
◆◆◆
「ねこまた寿司の勝ちよ!」
「スシキンに勝ちやがった!」
「俺は最初からねこまた寿司が勝つと思っていました!」
満足気に勝敗について会話を始めるギャラリー。それをみて俺は安堵感で力が抜け近くのテーブルに寄りかかった。色々不利な要素が重なって気が気じゃなかったけど……勝てて本当に良かった。
「とりっじ! 山ちゃん!」
賀集さんが駆け寄って鳥路さんに抱きつく。鳥路さんは突然の事だったのに賀集さんを見事に受け止める。体幹が強い。
「賀集さんやったね! 凄いよ!」
「……良い寿司だった」
鳥路さんが賀集さんを抱いたまま褒める。
「でも本当は負けてたかと思うと……」
金星さんがルールを指摘しなければ俺達は負けていた。
賀集さんが素直に喜べない気持ちは俺も少し理解できる。
「あれだけ不利な状況で買収された審査員の心を動かした。その時点で賀集さんの勝ちだ」
確かにあそこで審査員が買収されたままだったら金星さんが来る前に敗北していた。
「寿司を握る上で配慮や気配りは直接寿司の味に大きく影響する物ではない。それでもその小さな積み重ねが人の心を動かす時がある。寿司は心で握る……賀集さんにはそれが最初から身に付いていた」
「とりっじ……ありがとね」
寿司は心で握る……鳥路さんの言葉はしっかり意味があるものだと実感した。
寿司が泣くの意味はいまだによくわからないけど……いずれ俺達も理解できる日が来るのかもしれない。
「金星ぃ! 自分が何をやってるかわかってる!? 一度ならず二度までも、いやもう三度目よ! スシバトル部に不利なジャッジをしたのは!」
笹垣が金星さんに掴みかかる勢いで詰め寄る。
一度目は松風先輩の時、三度目は今回……二度目ってなんだっけ? スシドライバーの時のやつか? いや、あれは……まぁ言われてみればそうか。
「私は正しい判断をしただけですわ」
「調子に乗るなよ! スシバトル部は遊びの集団じゃない。お前の背信行為は必ず部員の怒りを買う! いつまでもパトロンポジで余裕ぶっこいて居られると思うなよ!」
「では、笹垣さんが代わります? ここまで派手に工作するお金があるなら余裕ですわよね?」
「お前ぇ!」
向こうは大変な事になっているな……俺達が金星さんに助けられているのは事実。でも、なんで俺達の味方をしてくれるのだろう?
あ!? マジで笹垣が金星さんの胸ぐらを掴んだ! 流石にまずい!
俺が二人を止めようと動き出すより先に賀集さんが二人に割って入る。
「やめて! 暴力は駄目!」
笹垣もそれを聞いて少し冷静になったのか掴んだ手を離してくれた。
「助かりましたわ、賀集さん」
胸を撫で下ろす仕草を見せる金星さん。だけど、俺には見えていた。胸ぐらを掴まれた時に笹垣さんを憐れむような金星さんの目を……
「ふん! あんたもよ! 賀集! たまたまこいつが裏切っただけで今日の対決は本当は私が勝っていた! 私自身に勝ったと思わない事ね!」
笹垣から余裕が消え口調がかなり荒くなっている。これが本来の性格か、追い詰められた時の防御反応なのか俺には判断できない。
「わかってる。でも、今回は私の勝ち! 私一人じゃなくて寿司同好会みんなの勝利!」
俺は賀集さんを誤解していた。ふわっとした感じで穏やかな人だと思っていたけど、しっかり芯の通った強さがある。その強さは鳥路さんのそれに引けを取らないと思う。
「いつも通り優等生みたいなコメントありがとうね! 一般家庭の癖に! どうしていつもあんたばっかり!」
もう何にでも噛み付く狂犬だ。笹垣は普段から歪んだ性格だとは思っていたけど、もっと、こう、根深い所が歪んでいる気がしてきた。
「……寿司が泣いていた」
「鳥路さん!?」
そこで寿司泣き!?
「寿司が泣くわけないだろ! 馬鹿にすんな!」
笹垣が定番の返しを鳥路さんにぶつける。
「寿司王国の寿司……笹垣の寿司は美味しかった。でも、寿司を握る手が強張って僅かにシャリが固くなっている。重さも量って成形されたシャリなら軽く握るだけで十分のはずなのに……笹垣は何を考えて握っていた?」
鳥路さんが褒めた上で指摘するのは珍しい気がする。
……鳥路さんは本気で悲しそうな目をしている。笹垣の寿司に何があったんだ?
「知るか馬鹿! 寿司なんて良い素材で形になってれば客は美味い美味い言って食うんだよ! 感情なんか知った事か!」
それもそうなんだろうけど……その僅かな差が寿司に影響が出るのであれば鳥路さんはそれを無視できないのだろう。
「つーか、さっきからお前ら全員で私を馬鹿にしやがって……! 良い気になるなよ! 寿司同好会も金星も私が潰してやる!」
鳥路さんが欲しくて始めたスシバトルだったはずじゃ……これ以上何か言ったら笹垣の血管が切れそうだし言わないでおこう。
「さて、賀集さん。スシバトルに勝ったのですからそろそろ志苑さんに何か言ってあげてはいかがです?」
金星さんが賀集さんにスシバトルの慣わしの実行を促す。
勝った時に何を言うか今回も打ち合わせしてなかったな……次はちゃんと決めておかないと司先生からそろそろ怒られそうだ。でも賀集さんがスシバトル部や笹垣に求めるものってなんだ?
「……金星さんにスシバトル部を辞めてもらって寿司同好会に入ってもらう」
「あら?」
まさかの金星さんの獲得。でも、スシバトル部のパトロンを奪うのはかなり良い戦略だ! 鳥路さんだったら絶対に出てこないやつ! 凄い! 賀集さんはちゃんと考えていたんだ!
金星さんは扇子で口を隠しているが少し驚いているようだ。
「あはっ……あはは! そんなので良いのぉ!? くれてやるわよ! そんな裏切り者! どうせすぐに寿司同好会も裏切るに決まってる! あんたらはそいつがいなかったらスシバトル部の力が弱まると思っているんでしょうけど……実際は逆! 私がもっとスシバトル部を強くする! 今日の判断を死ぬほど後悔するといいわ!」
お、ちょっと元気出たかな?
「あら、寂しくなりますわね、志苑さん」
「思ってもいないことを! 余裕ぶっていられるのも今の内よ!」
実際金星さんの目は笑っている。絶対寂しいとか思ってない。
「ふん! せいぜい短い間勝ちを喜んでいなさい! 最後に勝つのはこの笹垣志苑よ!」
笹垣が捨て台詞を吐いて家庭科室を出て行こうとする。
「ああ、志苑さん。最後に一つだけ」
金星さんが呼び止める。
「あ!? 何よ!?」
「部長さんによろしく。あと、まぁ……色々大変だと思うけど頑張って」
「……ふん! どいて! 邪魔!」
笹垣はギャラリーを押し分けて家庭科室を出て行った。
最後の金星さんの言葉は本心だろう。笹垣はこれからスシドライバーみたいな人の相手をしなきゃいけないんだし……
勝負の結果を見届けたギャラリー達が少しずつ家庭科室から撤退を始める。
「改めて自己紹介を……寿司同好会所属の二年生! 金星瑠璃子ですわ! 好きなものは面白いもの! よろしくお願いいたしますわ!」
創作でしか見た事のないスカートの裾をつまんでお辞儀するやつだ。流石にサマになってるなぁ金星さん。
「金星さん。スシバトル部がどうなっているのか教えて欲しい」
鳥路さんが真剣な表情でスシバトル部の内情を金星さんに求める。
「後日ちゃんとお話しますわ。今日はそれよりもやることがあるのでは?」
「……そうね」
「やること? 山ちゃん何かあったっけ?」
「え? いや、この後は特にやる事はないはず」
「賀集さんの初スシバトル勝利記念のお祝いに決まってますわー!」
金星さんが手を叩くとメイド服姿の蛍さんがどこからともなく現れた。その手には優勝おめでとうと書かれたネームプレートが飾られたワンホールのケーキ。いつの間に……
「ささ! 主役はお座りになって! 鳥路さんも下準備が大変でしたわよね! 蛍! ケーキを切り分けてくださいまし!」
「かしこまりました」
「山本さん!」
「え? はい、なんですか?」
「お茶を淹れてくださる?」
「……お任せあれ」
金星さんは俺の事をお茶係だと思っているらしいな。俺は大人しく五人+司先生の合計六個のカップを棚から運んでお茶の準備を始めた。
今のこの扱いは仕方がない。仕方ないけど、次のスシバトルではもっと貢献できるように頑張ろう。そして役職をランクアップさせよう。せめて平部員ぐらいに。
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ネコマタズシクライシス おわり
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




