第204話 カースドツインズスシナイヴズ前編④
前回のあらすじ:
イナリスカウト=紫心陽=榎本さん(鯖江さんのマネージャー)
◆◆◆
鯖江さんの発言は会場に混乱を生む。
寿司業界の関係者が集まる会場、紫心陽を知る人達はいても、配信業……それも裏方のマネージャーである榎本さんの名前を聞いたところで誰かわからないのは当然だ。
「ど、どうしたんだシメサバのねえちゃんは? 急に何を言い出すんだ?」
「黒鷲の所有者は紫心陽だろ……? 榎本って誰だ?」
「緊張しすぎて混乱してるんじゃない?」
ギャラリーから聞こえてくる声もそんな感じだ。
イナリスカウトが紫さんだとわかった事で考える事を放棄していたけど、イナリスカウトが山田さんの予定を抑えて行動できていたかの謎が解けた。同じ会社に所属する榎本さんならスケジュールを把握するのはそう難しくないはず。
俺達の前で頑なにお面を外さなかった事も、鯖江さんが審査員になってから口数ちょっと減った事も全て納得が行く。
苗字が違うのは偽名、もしくは旧姓とか? ここは司先生に聞けばわかるかもしれない。とにかく、イナリスカウト……いや、紫さんの現在の姿は榎本さんだ。
……一つだけ気になるのは榎本さんと紫さんの雰囲気が全然違う事……榎本さんは真面目だけど気さくな社会人って感じで、紫さんも真面目ではあるけどどこか冷酷さを感じる人だった。仮面だけでなく、表の顔と裏の顔を使い分けていたとすると恐ろしい。
「……私が何者か。審査には不要な要素ではありませんか?」
沈黙を守っていた紫さんが口を開く。
確かにその通りだし、紫さんが鯖江さんのマネージャーさんだったとしても状況はあまり変わらない。そうだ、何も変わらないのに何故紫さんは正体を隠すんだ?
「それは……その通りだね。鯖江くん、不用意な発言は避けて貰えるかな」
寿司王が紫さんの言葉に同意を示す。その表情はどこか複雑そうだ。
「し、失礼しました! 声がそっくりだったので……あと、仕草とかも。あー、こういうのが駄目ニャンねぇ! イナリスカウトさん勝利おめでとう! 決勝でも頑張ってほしいニャン! 勅使河原涼葉さんにも拍手! どちらの寿司も美味しかったニャン!」
強引に話を戻し、頭の上で力強く拍手する鯖江さん。会場からも再び拍手が送られ、この混乱も収束したようだ。
ガチガチに緊張していたのに観察眼が鋭いな……鯖江さんは俺が思っている以上に凄い人なのかも。
決勝は鳥路さんと紫さん、白蛇と黒鷲のぶつかり合いだ。
まるで初めからこうなる事が決まっていたような展開にすら感じる。
これも、呪われた包丁が成せる運命力なのかもしれない。
◇◇◇
「悔しい悔しい悔しい! 悔しいです! 心陽お姉様に勝てませんでした! しっかり血抜きされたカワハギの肝を生臭いなんて言う人がいたのも想定外です!」
なぜか鳥路さんの控え室の床で悔しさを爆発させる涼葉さん。
スシバトル中は大人っぽいというか、しっかりしてるのに……
「紫さんはシメサバキャットさんが生臭いの苦手な事を知ってたんですよ、マネージャーだし……だから徹底した臭み消しをしたのかと。粕田が悪事を働いてなかったら、涼葉さんが勝っていたかもしれないですよ」
暴れる涼葉さんに見解を伝えつつ、ヨイショしておく。
「……いえ、それでもきっと勝てませんでした。寿司の現場から離れて腕が落ちていたならともかく、昔よりも腕前が上がっている心陽お姉様に涼葉が勝つのは難しかった思います」
そこは冷静なんだな涼葉さん……
「心陽が例のシメサバさんのマネージャーって本当なの、山本くん?」
金星さんの撮影した映像を見ながら、司先生が俺に質問する。
「間違いないかと……色々辻褄が合いますし、メガネを取ったら紫さんに似てる気がしてきました」
榎本さんを知っている鳥路さんも頷いてくれた。雰囲気だけで誤魔化されるものなんだな……あの日は山田さんの印象の方が強かったからそのせいもありそうだけど。
「そうだ。司先生、榎本って苗字に聞き覚えあったりしませんか?」
「……心陽の母親の旧姓よ。両親が離婚してからは母親側に行ったのね。無理もないわ」
「そんな事に……」
カメラを見る手を止めてから司先生が答えてくれた。
旧姓か。お父さんに問題がある感じなのは今ので察したけれど、詳しく聞くような話では無さそうだ。
榎本か紫かでややこしいし、これからは俺も心陽さんと呼ぼう。
「色々と話は聞いてきましたが……その、心陽さんに鳥路さんが勝つ必要は本当にあるんですの? 悪い人ではないのですよね? 包丁で死人が出るとは思えませんし……」
俺達が心陽さんと接触した事は寿司同好会のメンバーにも一応伝えている。
ただ、オカルト関係については金星さんは懐疑的だ。
「でもぉ、ガラスケースが爆発して、とりっじに使えって言ってきたよね? やっぱり何かしらの力を持った包丁なんだよ!」
「それはそうなのですが……」
賀集さんの反論に押される金星さん。
俺も真面目には信じてはいなかったけど、あんなものを見せられたら、ねぇ?
「私が勝てば憂いは消える。理由なんてそれだけで十分」
白蛇を置いて、俺達の会話に参加する鳥路さん。
「流石は鳥路さん! 涼葉は全力で応援しますよ!」
涼葉さんの激励に鳥路さんはクールに頷いた。
鳥路さんの言う通りだ。勝てば良い話、俺達はそこに集中するべきだった。
「それで……白蛇はどんな感じ? 使いこなせそう?」
テーブルの上には色々試行錯誤された刺身がいくつも並んでいる。
どの刺身もしっかりカドが立っており、白蛇の切れ味の良さを物語っている。
「慣れてきた。いつも通りの調理はできると思う。」
鳥路さん的にも十分な出来栄えのようだ。
「変な包丁だけど良いものよ。昔の包丁とは思えない切れ味だし。鳥路さんも短期間の割に十分使いこなしていると思うわ」
司先生が包丁の性能と鳥路さんの腕を認める。決勝で使う分には問題ない感じかな。要らぬ心配だったようだ。
「ただ、この包丁ばっかり使っていると普通の包丁に戻る時に大変そう」
鳥路さんの視線が折れたスッシーフィンに向かう。伝説の包丁よりも使い慣れた相棒の方が良いというのが鳥路さんの感想か。
それより、普通の包丁に戻る時に大変そう……? 癖の強い包丁に使い慣れたら、普通の包丁を使う時に大変なのは感覚的にも理解できるけど、そうじゃなくて……なんか引っかかるんだよな……覚えた感覚が他の包丁で役に立たなくなる……?
そんな事を考え始めた瞬間、控え室の扉が勢い良く開かれる!
「お邪魔するわよ! まずは決勝進出おめでとう、鳥路! 部長に勝ったんだからこれくらいしてくれないと困るわ!」
志苑!?
「う、うん。ありがとう」
鳥路さんも突然の志苑の登場に驚いている。
「おま……大丈夫なのか? お姉さんは?」
恐らく鳥路さんも俺と同じ事を考えていたと思う。
「キャハっ! 私を誰だと思ってるの? 回転寿司の女王、笹垣志織の妹よ! いつまでもメソメソしてるわけないじゃない! 想像力がお雑魚さんねぇ!」
「お、おう……」
夏休み中、ずっと曇ってた志苑だったけど……ここにきて夏休み前に戻ってきたな。この感じだと、お姉さんとはちゃんと話せたっぽい。うざいけど、こっちの方がらしくて良いや。
「賀集! 金星! どうせ決勝まで暇でしょ? 面貸しなさいよ!」
「えっ!?」
「私達に用でしたの!?」
賀集さんと金星さんが志苑の突然の呼び出しに驚く!
何をする気だ、志苑の奴?
「……このまま、なあなあは良くないから。ちゃんと、二人とは話をしたい。お姉様も自分の罪と向き合った……私だけ逃げる訳には行かないわ。でも、これは私の単なるワガママ。二人が断っても文句は言わないし、恨みもしない。賀集と金星に任せる」
真面目な表情に切り替わる志苑。これもまたこいつの本質なのかもしれない。
「はぁ……やれやれですわ。一方的に嫌われてた理由がようやくわかりますのね。賀集さん、よろしいですわよね?」
「うん! どこでお話しする? ここのホテルの喫茶店、実は気になってたんだよね!」
……この二人は優しいし、やっぱ大人だよな。
あ、志苑がちょっと泣きそう。堪えた。
「や、山本! 何ニヤニヤしてんのよ! 馬鹿! と、とにかく二人は借りるわよ! 先生も良いでしょ!?」
「ええ、大丈夫よ。ちなみにここの喫茶店……高いわよ?」
司先生からも許可が降りる。が、司先生はスマホでホテルの喫茶店のメニューを俺達に見せてくれた。ゴールドスター小田原の飲み物価格に近いゾっとする価格帯だ。
「うっ! まぁ、大丈夫、これぐらい……決勝までには戻りますから!」
そう言って控え室を出ていく志苑。賀集さんと金星さんもその後を追う。
ここの関係性もきっと改善するだろう。
俺も鳥路さんの決勝に集中できる!
「よくわかりませんが、よかったですね!」
事情を知らない涼葉さんが良い感じにまとめてくれる。
「鳥路さん、あと少しだ。俺は応援しかできないけど……! 勝つって信じてる!」
「うん、任せて」
鳥路さんは白蛇をぎゅっと握り、包丁の練習に戻る。
がんばれ、鳥路さん……!
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




