第194話 ザスシクイーンネバートラスツエニワン⑦
前回のあらすじ:
山本葵が笹垣志苑を泣かせた。
◆◆◆
銀座の寿司王国での昼食は短い時間ながら英気を養えた感じがした。ねこまた寿司と同じ回転寿司ではあるけど、ネタのクオリティがかなり高く、寿司が握られていないぐらいしか欠点がなく美味しかった。その分お高めなのだけど……志苑の優待券が無かったらゾッとする金額だったと司先生は語る。ちなみに美味しくなったと言われているガリは鳥路さんの説明を受けても良くわからなかった。良いガリだな、ぐらいの感想。
昼食を終えホテルに戻るとエントランスで寿司王が待っており、鳥路さんの新しい包丁選びは観客の前で行うと説明された。一応、不正が無いようにとの事らしいけど、粕田の提案らしく、嫌な予感しかしない。
午後の部の開始まで10分程度……会場入りして待機する鳥路さんと関係者席で鳥路さんを見守る寿司同好会の面々。志苑の姿も確認できたけど、今日は隣に桐谷さんがいない。そもそも会場に来ているのかもわからないけど……
「鳥路さんのメンタル面を心配していたけど……杞憂だったわ。強いわね」
勝負に集中する鳥路さんを見て司先生が感心する。
「……そうですね」
俺だったら大事な物が壊されたらもっと引き摺っていそうだ。でも、鳥路さんのダメージもゼロでは無いはず。継承戦が終わったら、何とかしてあげたい……
「うお! 来たぞ! 回転寿司の女王、笹垣志織!」
「まさか経営だけじゃなく寿司の腕前まで一流とはな……」
「お、おい! 対戦相手の方に向かってないか!? 宣戦布告か!?」
まだ始まってもいないのに盛り上がるギャラリー。そして、笹垣姉は鳥路さんの前に立つ。
「……妹が迷惑をかけたみたいね。姉として一応謝っておくわ。でもお気の毒、包丁は折れちゃったんだって? そんな状態でまともに戦えるわけ?」
申し訳なさゼロの態度のまま、言葉だけで謝罪を済ませ、その口で煽ってくる笹垣姉。お前がやったんだろと言いたいけど、この件に関しては証拠が無い。
鳥路さんの包丁が折れた事を知らないギャラリーから困惑の声が聞こえてきた。
「問題ない。それに、私も謝っておく事がある」
「あら、何かしら?」
鳥路さんは笹垣姉の煽りに動じない。
「お前の午後の予定はここで終わりだ。二日間、無駄な時間を過ごさせて申し訳ない」
「こいつ……!」
鳥路さんの返しに笹垣姉の顔が僅かに引き攣る。このレスバ力、いつも通りの鳥路さんだ!
「うおおおお! なんだか知らんがバチバチだ!」
「宣戦布告だ! 気合いの入ったスシバトルになりそうだぞ!」
ギャラリーは当然盛り上がる!
「……函館の福福寿司の件、スシマニュアルの強奪、そして私の心を折る事……お前は全部失敗している。笹垣志苑の姉と聞いて身構えていたけど、要らぬ心配だった」
「チッ、私の邪魔ばかり……それに何? 私よりあのバカが優れているって言いたいわけ? 笑わせてくれるわね」
鳥路さんが急に周囲を見渡す。
「……一人で来たのか? 部下は沢山いるのに寂しい奴だ。志苑にも友達や部活の仲間ぐらいはいるぞ」
確かに笹垣姉を応援する声は聞いた覚えがないし、寿司王国側の関係者席には誰も座っていない。
「馬鹿馬鹿しい。そんなもの必要無いのよ。所詮は赤の他人、何の役にも立たない。それに失敗がどうこう言ってるけど、別に無能どもが失敗しても私の計画に影響はないの。わかる? 初めから失敗する前提で動いているからよ! 他人を信用しない、他人に期待しない……あんたが社会人になったら私が正しいって気付くわ」
チャラ男の暴走で函館まできて始末しに来たのも想定内だったのかは気になるけど……笹垣姉は一人でできてしまうが故にそういう性格になったのだと、何となく察せる会話だった。
それにしても、両者の睨み合いは少し離れた所にいる俺が冷や汗をかくぐらいの緊張感だ……
「え、ええっと。笹垣さん、そろそろ戻って頂けると。ぼちぼち始まりますのでぇ……」
司会者の女性が申し訳なさそうな感じで笹垣姉に戻るように指示をする。
「……真の天才は常に孤独。負けてもらうわよ」
笹垣姉はそれだけ言い残して、自分のスペースに戻って行った。
……孤高の天才って奴か? 自認するだけの力が笹垣姉にあればの話ではある。
それに鳥路さんは天才というより、日々の努力の結晶みたいな印象が強い。いや、身体能力は天賦の才を感じるな……寿司にしか使ってないけど。
「皆様、お待たせしました! これより継承戦本線、第二回戦、第一試合を始めます! が、その前に! お昼休み中に鳥路さんの包丁が折れるというトラブルがありましたので、大会規定に則り、今から代わりのこのホテルにある包丁を選んで頂きたいと思います!」
騒めくギャラリー!
スタッフが包丁が何本も乗ったワゴンを転がして鳥路さんの前にやってきた。出刃包丁に柳刃包丁、万能包丁みたいなものもある。中華包丁は流石に違うか。
鳥路さんは包丁を手に取って状態を確認していくが、どれもしっくり来ずという表情のまま一周してしまった。同じ万能包丁でも違うものだろうし、簡単には決められないか。でも、普段なら他人の包丁でも使いこなしているよな、鳥路さん……
「早く決めてくれませんかねぇ! 私には評論家としての仕事がこの後もあるのです! これ以上の遅延行為は罰則! 罰則ですよ! そもそも包丁を折るなんて職人失格!」
粕田はよぉ……
「右利き用の包丁は無いんですか? ここにある包丁は全部グリップが左利き用に調整されています」
鳥路さんが他に包丁が無いかを確認する。それで微妙な顔していたのか。
「か、粕田くん。鳥路くんは右利きと伝えたはずだが!?」
寿司王が粕田に詰め寄る。会話とかこれまでの流れを見るに、運営を取りまとめてるのは粕田らしい。
「いえ、もちろん! もちろん! 聞いておりますとも! ですがねぇ、ホテルにはホテルの営業がありますからねぇ! 予備の包丁がそれしかなかったんですよ!」
粕田ぁ! 嘘だろ絶対!
「いやいやいや! そんなはずないだろ! スタッフさん! 右利き用の包丁の手配を急いで!」
寿司王も粕田の嘘に気付いてくれたようだ。流石にあるはずだ普通の包丁。
「早くしろー! まだ待たされんのかよ!」
「一時間も待たされてるのよ! 包丁なんてどうでも良いじゃない!」
「宮本武蔵気取りかぁ!?」
ギャラリーから罵声が飛んでくる。銀座なのに客層の治安が悪くない? もしかして、これも粕田の仕込み? あと、宮本武蔵は関係ないだろ。
伝搬して声が大きくなってくる。戸惑っているギャラリーも多いけど、完全に早くしろの空気だ。
左利き用の包丁じゃ絶対不利だし、かといってこれ以上ギャラリーを待たせては空気がアウェイになって無駄に不利になりそうだ。アウェイについてあ鳥路さんは気にしないだろうけど……万全な状態ではない。
寿司王も司会者もこの状況をどうするべきか悩んでいる。
他に包丁は無いのか? いや、あるけど……ガラスケースの中の白蛇は流石にダメだよな……白蛇の継承者を決める戦いなんだし。
ピシッ
喧騒とした会場にも関わらず、耳に入る何かがひび割れる音。
……白蛇を囲んでいるガラスケースにヒビが入ってないか?
直後、爆発音と一緒に白蛇を守っていたガラスケースが粉々に吹き飛ぶ!
何!? 何が起きた!? テロ!? いや、爆発で吹き飛んだのはガラスケースだけだ! 中身の白蛇は奇跡的に無傷っぽい。どういう演出!?
……まさか、白蛇が鳥路さんに自分を使えとでも言ってるのか?
いやいやいや、そんな話ないない……ないよな? 起きてるけど?
ええっと、マジで呪われた包丁なの?
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




