第192話 ザスシクイーンネバートラスツエニワン⑤
前回のあらすじ:
鳥路さんのスッシーフィンが無惨な姿で発見された。
◆◆◆
「何という事だ……こんな事が起きてしまうとは……」
鳥路さんのスッシーフィンが折られた件はすぐに運営に報告され、寿司王も駆けつけて来てくれた。
「警備は何をやっていたのかね!」
寿司王が警備の不備を疑い、担当者に確認を取る。普段の朗らかな雰囲気は無く、明確に怒りがこもっている声だ。
「警備の担当が背後からスタンガンを使われ、控え室で縛られていたようです。偶然、女の子に発見され、すぐに事態は発覚しましたが……」
会場スタッフが答える。ちゃんと警備の人が居たのに……
「……計画的な犯行のようだね……盗まれた物とかは無かったのかね?」
「財布とかの貴重品は一切手付かずで、鳥路さんの包丁だけ狙われていたみたいです」
俺が皆に代わって寿司王の質問に答える。
まさか包丁をへし折るためだけに侵入してくるなんて誰も想像できない。
かといって会場に包丁を持ち歩く訳にも行かなかったし……
「鳥路くんは……大丈夫なのかい?」
寿司王の視線の先には落ち込む鳥路さんを励ます賀集さんと金星さん、その様子を心配そうに見つめる司先生の姿があった。
「お父さんとお母さんに買ってもらった包丁らしくて……スッシーの名前を付けるぐらい大事な物だったのに……こればっかりは……」
弱々しく椅子に座って頭を抱える鳥路さん。何と声を掛けて良いのか……俺自身も冷静な大人の振りをしていないと、めちゃくちゃな感情で頭がどうにかなってしまいそうだ。
「何とかしてあげたいが……今すぐには無理だね……犯人と思われる人物を目撃した人は居ないのかね!?」
寿司王は周囲に目撃者がいないか確認する。
「それも縛られた警備員を発見した女の子が!」
発言した会場スタッフの女性や周囲の人間の目が一人の女の子……笹垣志苑の方に向く。
どうして志苑がここに居たのか……場合によっては志苑の状況はかなり悪いぞ。
「……君は笹垣志織くんの妹の志苑くんだね? 寿司王国の関係者名簿にも記載されていない君がなぜ桶ヶ丘高校寿司同好会の控え室に?」
「き、狐の仮面を被った二人の男が鳥路さんの控え室のある通路から出てきて……嫌な予感がして、駄目だとわかっていたんですけど、その……控え室の様子を覗いたら……拘束された警備の人と折れた包丁が……」
イナリスカウトの犯行! そんな気はしていたけど寿司罵倒の連中の仕業か……!
「他に狐の仮面を被った男を見た人はいないのかね?」
「それが……誰も。ですが、その子が控え室の通路に一人で向かっていたのは私が見ました」
寿司王の問いに会場スタッフが答える……最悪だ。この状況じゃ志苑が嘘の証言をしていると思われかねない。
「笹垣志織の妹? 確か次の試合って鳥路と笹垣だよな? じゃあ、妹を使った妨害の可能性も……」
「寿司王国ってめちゃくちゃするらしいじゃん? 有り得るんじゃない?」
「姉の方は黒い噂を聞くけど、妹もやっぱり……」
ヒソヒソと聞こえてくるそんな声……話が悪い方向に転がっていく。
俺は志苑が鳥路さんの包丁を折るような奴じゃないとわかっている。
でも、SNSのコメント削除程度では拭えない姉の悪事の代償が、無関係の志苑に降りかかってしまっている。
ハンドバッグの紐をギュッと握り締め耐える志苑……見ていられない。
「な、なぁ志苑。俺に用事があって偶然近くにいたんだよな? スマホで連絡くれれば良かったのに」
首を横に振る志苑。違うのかよ。だったら何故……
「……誰かと待ち合わせしていたのか?」
俺の質問に志苑はビクッとして俺から目を逸す。
どうして無言なんだ? 別に待ち合わせの相手がわかっても犯人に繋がる訳では……
今この場で隠す必要がある相手。志苑にとってそんなの笹垣志織しかいない。
笹垣志織は何でこんな所に志苑を呼び出したのか。
そして、どうして志苑だけが狐の仮面の男達を目撃しているのか。
違う。志苑に目撃させたんだ。意図的に。
姉を疑っている志苑が鳥路さんの控え室の近くで狐の仮面の男達を目撃したら、どう行動するのか……全部、計算尽くだとしたら。
誰か、誰か……答えを教えてくれ! こんな推理外れていると!
こんな仕打ちを受けても姉の名前を出さない志苑を助けてくれよ!
恐らく、志苑もわかっている。わかっているからこそ名前を出さない。
意味がないから。姉を信じているから。最悪な姉でも、家族で、大事なお姉様だから!
あの姉が志苑のこの感情すら利用してるいるなら最悪だ! だから、こんなのは違うって、誰か、誰か否定してくれ……!
「山本くん……? 大丈夫かね? 君も顔色が良くないようだが……」
寿司王に声を掛けられ、思考の渦から意識が戻ってくる。
「だ、大丈夫です。俺は……大丈夫です」
大丈夫じゃないけど。そう返すしかない。どう説明すれば志苑の無実を証明できる? さっきの妄想を話せば良いのか? 証拠も何も無いのに?
「……あとは運営本部で詳しく話を聞かせて貰いましょうか」
会場スタッフに右手を掴まれる志苑。まずい、今ここで志苑を孤立させるのは……
「待ってください」
俺じゃない。
この状況に待ったをかけたのは……鳥路さんだ。
「……そいつは勝つためなら何でもするし、嫌がらせも躊躇しない性格」
鳥路さんが立ち上がる。
「でも、仲間を裏切ったりは絶対にしない! 友人なら尚の事……! 私の包丁を折ったのは笹垣志苑じゃない!」
鳥路さんは言い切った。自分が一番辛いはずなのに……
「鳥路さんの仰る通りです。褒められた性格ではありませんが……彼女は人の道具を壊すような真似はしませんわ。短い間ですが、同じ部活にいたのだからそれぐらいわかります」
金星さん……この中でスシバトル部の志苑に一番詳しいのは金星さんだったな。
「私は……笹垣さんに嫌われてるし、良くない部分も知ってる……だけど、笹垣さんは友達に優しいのは知ってる! 口は悪いかもだけど! だから、上手く言えないけど、違うと思います!」
賀集さんが必死に訴える。スシバトルで直接対決した二人……か。
……金星さんも賀集さんも志苑にそんな感情を抱いていたんだな。志苑本人がどう思ってるかわからないけど、俺は好意的な評価だと思う。
「桶ヶ丘に器物破損をするような野蛮な生徒はいません。笹垣さんの言う狐のお面の男達の仕業でしょう」
司先生が教師として、大人として、周囲の人間に志苑の無実を伝える。
「で、ですが……狐のお面の男性を見た人は……」
会場スタッフはまだ志苑を疑っている。
……こんな時に頭を使わなくていつ使うんだ、俺……!
「……犯人はスタンガンを使って警備員の人を拘束したんですよね? 志苑、スタンガンを持ってるのか?」
志苑は首を横に振り、ハンドバッグを広げて中を見せてくれた。あるわけがない。
「それに見た目通りの非力な女子が一人で動けない成人男性を部屋まで引き摺るなんて無理ですよ。しかも包丁も折ってるわけだし。協力者がいたなら別ですが……志苑は一人で控室に向かったとあなたは証言しているし……いや、だとしたら、何であなたは出てきた男達の姿を見ていないんだ? 志苑、男達が出るのを見てすぐに控室に向かったんだよな?」
「ちょっと悩んだけど……それでも数秒ぐらいだと思う」
志苑は自分が関係者じゃないからそこも少し躊躇った感じか。
「そんな数秒の合間で志苑だけを見るなんてどういう状況ですかね? スタッフさんがどこで志苑を見たかは知りませんが、この辺りは男性二人を見逃す程広い場所じゃない。あなたは狐の仮面の男性達に出会っていてもおかしくないはずだ……本当に見ていないんですか?」
「な、何を言っているの!? そうだと言ってるじゃない! 子供のくせに、大人の……会場スタッフの私を疑っている訳!?」
最近は色んな大人を見てきたから、この人がどっちの大人なのかは……感覚でわかる。
「……あんたが志苑を嵌めるために用意された三人目の狐だ。ホテルなら監視カメラぐらいあるだろうに、あんたは一言も口にしなかった。会場スタッフなら普通それぐらい把握してるだろ」
「こ、このガキ! 憶測でモノを語るなよ! ちょっと忘れていただけよ!」
「そうですね、憶測は良くない。勅使河原さん、監視カメラを見せてもらえないか、ホテルの人にお願いできますか?」
「うむ、そうした方が早そうだね」
寿司王は俺の考えに賛成してくれているようだ。
……目の前の会場スタッフが犯人の仲間である事に。
「や、や、やめろ! そんな、必要は無い! う、く、クソがっ! 話と違うじゃない! ちっ! どけっ!」
「きゃあ!?」
「危なっ! 何をしやがる!? あっ!」
志苑を押し飛ばし、その隙に逃げ出す会場スタッフ。志苑が転ぶ前に何とか支える事はできたけど……このままじゃ逃げられる!
「鳥路さん!」
咄嗟に鳥路さんの名前を叫ぶ。ほぼ同時に鳥路さんが走り出す。
逃げる会場スタッフ。でも、それを遥かに超える速度で追いかける鳥路さん。
「う、うわああああ!? なんだこの女!?」
鳥路さんが飛びかかり、会場スタッフを床に押し倒した!
「うげぼっ!?」
見事に会場スタッフを取り押さえた鳥路さん! 女性とはいえ、大人相手にこれか……観念したのか会場スタッフは抵抗をやめる。
こいつに聞きたい事は山程あるけど、素直に答えてくれるかどうか……とにかく、これで志苑の濡れ衣は晴れたって事で良いだろう。
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




