第191話 ザスシクイーンネバートラスツエニワン④
前回のあらすじ:
出刃包丁の見た目をした柳刃包丁、白蛇。
柳刃包丁の見た目をした出刃包丁、黒鷲。
誰が何のためにこんな包丁を?
◆◆◆
「勝者! 勅使河原涼葉ー!」
司会者の勝利宣言による会場が盛り上がる。実力差がはっきりと出たスシバトルだった……鳥路さんよりも一つ下なのに、やはり環境が涼葉さんを育てたのだろうか。
それにしても、勝負中の涼葉さんからは鬼気迫る何かを感じた。殺意とか物騒な物じゃ無いんだけど……余裕が無い? それも違うか……
「流石は寿司王の孫だな。もう本店の裏で握ってるって話だっけ?」
「宗鮨のカウンターは男衆しか見た事ないぜ。あれだけの実力があるのに、やっぱ女だからかね」
「いやいや、今回は寿司王が審査員なんだからその補正勝ちだろ。相手は運がなかっただけさ」
「おい、寿司王が寿司で舐めた真似をする訳ねぇだろ。不敬罪でウチクビクラスの発言だぞ」
「す、すまん」
ギャラリーからは物騒な会話が聞こえる。涼葉さん、普段は活発で無邪気な感じだけど、生まれ育った環境による世間からの重圧は俺には想像出来ないほど重いものなのかもしれない。
涼葉さんがこちらに気付き、鳥路さんに向かってピースをする。鳥路さんの無言のピースを確認すると涼葉さんは満足気に会場から出ていった。
次の試合は……紫さんか。
◇◇◇
「強い、強すぎる! 本日二人目の審査員三人の票を獲得! 勝者は、イナリスカウトだぁ! 仮面の下は何者なんだ!?」
司会者の勝利宣言で会場が騒つく。
「お、おいマジかよ……丸吉の親父が負けた?」
「宗鮨や松風鮨に肩を並べる江戸前寿司の親方が……あんな得体の知れない女に……」
「いや、黒鷲を持ってるって事は……相当な腕前のはずだ」
「じゃあ、中身はやっぱ行方不明の紫心陽なのか? でも何で寿司罵倒の連中の格好を……」
紫さんが負かした相手は腕の良い寿司職人のようだ。丸吉は俺も聞いた事がある。
一部のギャラリーもイナリスカウトの正体が紫さんだと疑っている。
「わしの完敗だ……しかし、おめぇさん……宗ちゃんとこの冬の心陽だろ? なぜそんな仮面を被って戦う? 寿司罵倒の連中は、仇とか聞いていたが……」
俺達から近い所で丸吉の親方が紫さんに話しかけている。宗ちゃんって寿司王の事だよな。結構親しい間柄っぽいな。
「何もかも終わらせるためですよ。丸吉のおじさん」
紫さんはそれだけ言って、立ち去ろうとする。
振り向きざま、イナリスカウトの仮面の下の目が鳥路さんを睨んでいるように見えた。紫さんは本気でこの継承戦を勝ちに来ている。その現れなのだろう。
……鳥路さんは何も言わず、拳をギュッと握り締めていた。
◇◇◇
「か、回転寿司が寿司屋に劣ると誰が決めた!? 寿司王国、笹垣志織! 堂々の勝利です!」
司会者の勝利宣言に歓喜と困惑の声が入り乱れる。
「ま、マジかよ……寿司王国の役員の女が何で寿司を握れるんだよ!?」
「寿司王国の寿司って、別に職人が握ってるタイプじゃ無いよな? 型抜きしたシャリにネタをのせただけみたいな……」
「このレベルの職人が監修してる回転寿司って事じゃねぇの? あそこの寿司、普通にうめぇし」
「うおおおお! スーシキン! スーシキン!」
熱心な寿司王国ファンはどこにでもいるらしい。
「白蛇さんの継承者は絶対女性になる感じだねぇ」
賀集さんが現状の継承戦の状況を呟く。しかも全員何かしらの因縁持ちだ。
笹垣姉は周囲の声など雑音に過ぎないといった感じで、反応を示さずに会場から出て行こうとする。
「ま、待て! こんな勝負、無効だ! どうして質の違うスズキで勝負しなきゃならないんだ! フェアじゃない!」
対戦相手の男性が笹垣姉を呼び止める。
だけど……残念ながらそれは……
「言い掛かりは良くありませんねぇ! ルールに目を通していらっしゃらない!? 最初に配布された食材に不満があれば交換できるのですよ! それをしなかったのは怠慢! 怠慢ですよ! 恥を知りなさい! 笹垣さんはちゃんと交換していましたよぉ!?」
「な、何だと!? いつの間に!?」
腹立たしい感じで粕田が罵倒するが、言ってる事はその通りだ。ルールを確認していなかった男性が悪い。
ただ、男性がそれに気付かなかったのには理由がある。笹垣姉は男性がスズキを捌くのに集中したタイミングで、静かにスズキの交換を申し出たのだ。しかも係員もそれを想定したいたかのように円滑に新しいスズキを笹垣姉に渡していた……司会者も気付いてなかったし。怪しい動きではあったけど、指摘するのが難しい。あと何か粕田がしゃしゃり出て来て擁護してるのが怪しさを加速させている。
「……負け犬が」
笹垣姉はそう吐き捨てて、会場から去って行った。
色々言いたい事はあるけど、笹垣姉の寿司の腕前は本物だった。志苑の上位互換ぐらいに考えていたけど、包丁さばきも握りも比較するようなレベルじゃなかった。鳥路さんが簡単に勝てる相手では無い。
「鳥路さん、次、あの人とだけど……勝てそう?」
「……勝つ」
俺の不安が馬鹿らしくなるぐらいの頼もしい鳥路さんの回答。寿司への思いはビジネスライクな笹垣姉より鳥路さんの方が絶対に上だ。大丈夫、鳥路さんなら勝てる……!
「一回戦、全ての試合が完了しました! 勝ち残ったのは……全て実力派の女性! 凄い事になってきましたねぇ! 注目の準決勝、決勝の試合は午後から! 今からお昼の休憩に入ります! 再開は13時からです!」
司会者のアナウンスが耳に入る。予定表だと笹垣姉との対決は午後の一戦目。
まずは鳥路さんの栄養補給タイムだな。言わなかったけど、隣でちょっとお腹鳴ってたし……とりあえず、控え室に戻ろう。
◇◇◇
「鳥路さん、お昼食べたいものあるかしら?」
「寿司」
「遠慮って知ってる?」
司先生と鳥路さんがそんなやり取りを見ながら控え室に戻る俺達。
……何か騒がしいな。控え室の区画は人が少なかった気がするんだけど。
「や、山本! 鳥路! どこ行ってたのよ!?」
人集りから志苑が飛び出してきた。人集りの先は……鳥路さんの控え室?
「な、何だよ血相変えて……普通に皆と一緒に試合観戦してただけだよ」
「鳥路の……鳥路の包丁が!」
鳥路さんの包丁がどうしたんだ?
……いや、嘘だろ?
鳥路さんが先に動く。人集りの隙間を縫うようにして、控え室に入っていく。し、身体能力がやっぱ凄いな。
「す、すみません! この控え室の関係者です! 通して! 通してください!」
俺も鳥路さんを追いかけるけど、当然そんな真似できないので、人に退いて貰いながら控え室に向かう。
「鳥路さん! どうなって……ああっ!?」
鳥路さんが呆然と立ち尽くす、その目線の先には……
真っ二つに折られた包丁、スッシーフィンがテーブルの上に置かれていた。
感想・評価をいただけると、執筆の励みになります。
◇◇◇
こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




