第189話 ザスシクイーンネバートラスツエニワン②
前回のあらすじ:
AIのくせに眠そうな奴から色々ヒントを貰った。
◆◆◆
継承戦二日目。会場は昨日と同じ銀座のホテル。
会場から参加者が減り、観戦目的のお客さんが増えている印象だ。日曜日の朝からスシバトルのために集まるのか……人の事言えないけど。あとは、9時からの開幕式で白蛇がお披露目されるのでそれが目的の人もいるのかな。
「鳥路さん、体調は大丈夫?」
「万全」
昨日同様、調理白衣を着た鳥路さんが軽いストレッチをしながら快調である事を俺に教えてくれた。いつもそうだけど頼もしい。
「そう言う山ちゃんはお疲れみたいだけど?」
「寝不足ですの?」
「ま、まぁ、少しだけね。でも大丈夫! 居眠りとかはしないから!」
賀集さんと金星さんに寝不足気味の顔を指摘される。
事実、白蛇と黒鷲の考察が楽しくなって色々考えていたら日付を跨いでしまい、ちゃんと寝れていない。
一応、寝る直前に志苑に言われていた継承戦のルールを見直したけど、二点を除いては基本的な内容しか書かれていなかった。
一点目は使える包丁はエントリー時に登録した一丁しか使えない事。もし、不慮の事故で使えない場合は会場にある包丁を貸してくれるそうだけど……包丁が使えなくなる状況が稀な気がする。鳥路さんのスッシーフィンは年季は入ってるけど、手入れがしっかりしていて壊れる気配は無い。
二点目は食材の交換について。提供された食材に不都合があった場合、申告すれば交換して貰えると言うルールだ。予選のような傷んだイワシとかそう言うのを想定しているのだろうけど……相手より良い食材を掴むチャンスだと俺は考えた。
「鳥路さん、ルールは把握していると思うけど……食材交換は積極的に利用した方が良いと思う。食材が相手より劣っていそうな時は特に」
「……うん、わかった。留意しておく」
鳥路さんは少し考える仕草を見せたけど、頷いてくれた。
「私もそのケースは無いと信じたいけど、寿司罵倒協会が会場に潜んでいるかもしれないし……鳥路さんだけじゃなく、私達も注意しましょう」
司先生も警戒しているようだ。何してくるか本当にわからない連中だし、しかも二戦目は笹垣姉との対決になるはず。尚のとこ油断できないだろう。
……スシバトル本戦で俺ができるのはこれぐらいかな……あとはスシバトルの様子をカメラに収めるだけだ。
鞄から鯖江さんから譲って貰ったビデオカメラを取り出し、バッテリー残量や動作の確認をする。昨日の夜にも確認したけど問題なさそうだ。
「お、使ってるニャンねぇ!」
この特徴的な語尾は……
「鯖江さん! どうしてここに!?」
いると思ってなかった人が目の前にいて、咄嗟に疑問の言葉が出る。
「こんな見応えのありそうなスシバトルを見逃すなんてあり得ない話ニャン! 浬烏ちゃんも来てるぞ!」
山田さんも来てるのか。姿は見えないけど……どこかで会えるだろう。それにしても朝からテンション高いな。
「あなたが鯖江さん? 動画を拝見させて頂きましたが、面白かったです」
司先生、例の動画に目を通してたのか……意外、いや、生徒の出演を許可したし、それが普通か。
「その声……あなたが司先生ですか? 鳥路さんと山本さんの出演許可を頂き、ありがとうございます! 視聴者にも非常に好評で嬉しい限りです! お礼は改めてさせて頂く予定でしたが、こうして直接お会いできて良かったです!」
「いえ、中々経験できない事ですし、未成年だけの配信だと危険な事も多いので……しっかり配慮頂いた良い例として紹介できるので、こちらも助かります」
社会人モードの鯖江さんだ。というか、司先生もだ。これが社会人の正しい姿……
「ね、ねぇ、山ちゃん? この人って、もしかしてシメサバキャットさん本人、だよね?」
賀集さんが鯖江さんのチャンネル名を口にする。
「そうだよ。鯖……いや、シメサバキャットさんだよ」
本名バレを避けようとしたけど、手遅れな事に言ってから気付いた。
「あ、あの、もしよろしければサインとか……」
「ん? シメニャンのファンガールかニャン? プライベートでもファンサは欠かさないのが弊社のモットー! サインぐらい問題ないニャン!」
「ありがとうございます!」
ストリーマーモードに切り替わる鯖江さん。賀集さんがシメサバキャットのファンだったとは……そして、何でサイン色紙を持ち歩いてるんだ賀集さん……小さいサイズだけどさぁ。
「この方がシメサバキャットチャンネルの……動画のままですわね」
金星さんがサインを書く鯖江を見ながらそう呟く。まぁ、加工とか普通にやられてる世界だもんなぁ。
「金星さんも知ってるんだ。よく見てるの?」
「もちろん。スシバトルを悪用しようとする配信者がいないか目を光らせていますから! おほほ!」
扇子で口を隠し笑う金星さん。目が笑ってない。そう言う理由ね……
俺は見なかった事にして、鯖江さんと賀集さんの微笑ましいファン交流の様子に視線を移すのだった。
「ふん、随分と賑やかな連中だ。これから負けるとも知らずにな」
突然男性に話しかけられ、全員が声の方に振り向く。寿司職人の格好……参加者だろうか。
「俺の名前は今市爽太! 自他共に認める富山一の寿司職人だ! 過酷な予選を勝ち抜いた対戦相手がどんなもんかと挨拶に来たが……拍子抜けだな」
いきなり絡んできて失礼な人だな。この人が初戦の鳥路さんの相手か……
「……私より予選の点数が低かったのに、大きく出ますね」
鳥路さんが俺達の前に出て、今市に事実をぶつける。
「なっ……あんな物は偶然だ! 予選を通過すれば何も問題ないだろう!」
まぁ、一理あるか。審査員に怪しい奴が混ざってるようだし。実際、鳥路さんはもっと高得点だった可能性がある。
「何も問題ありません。予選の結果で次の勝敗が決まるとは限りませんから」
鳥路さんも同じ見解のようだ。あまり気にしてるようには見えなかったけど、昨日の採点に思う所はあるらしい。
「……だが、私は食材を無駄にするような奴に負けるつもりは一切ない。ポン酢への謝罪は済ませているんだろうな?」
鳥路さんの態度が一変する。こ、こいつか! 昨日の予選でポン酢をわざと捨ててた奴! 確かにこんな顔だった!
「はっ、甘ちゃんが! 勝つためには何だってするのが大人だ。それに俺はペナルティ無しで予選を通過しているんだが? つまり運営が認めた方法だって事さ。何が悪いのかねぇ?」
睨み合う鳥路さんと今市。バチバチと音が鳴っていると錯覚するほどの気迫だ。
「ちっ、度胸だけは買ってやるよ。素人の寿司がプロの寿司に勝てないって事を、今日はその身を持って味合わせてやるぜ」
捨て台詞を吐いて、立ち去る今市。
「か、感じ悪い奴だニャン!」
鯖江さんが怒りを露わにする。
「……鳥路さん、負けられませんわね」
「とりっじ! やっちゃえ!」
金星さんと賀集さんを怒らせるのはなかなか才能があるぞ、今市。
「相手は富山一の腕前、油断はできないわよ、鳥路さん」
司先生は警戒を緩めない。いつものスシバトルの空気だけど、今日は強い人しか残っていない。楽なスシバトルにはならないだろう。
「間も無く、開幕式が始まります! 参加者の方は入場をお願いします!」
昨日の司会者の人のアナウンスが入る。もうそんな時間か……開幕式が終わればすぐに一回戦が始まる。
「鳥路さん、勝とう!」
シンプルなメッセージで良い。伝えたい事を伝える。
「うん」
鳥路さんのシンプルな返事。
でも、いつもより、感情が乗っているように感じる。
今市の後に待っているのは間違いなく笹垣姉、そこを超えたら涼葉さんか紫さんだろう……涼葉さんが勝ち進めば気持ちが少し楽になるな……とにかく、寿司同好会の気迫は十分!
がんばれ、鳥路さん!
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




