第182話 スシマニュアル⑦
前回のあらすじ:
このままでは鳥路さんが継承戦で紫さんに勝利するのは難しいらしい。
◆◆◆
「紫さんに勝てない……!? 鳥路さんが!?」
桐谷さんが言い放った言葉を繰り返す俺。
確かに紫さんは司先生の元ライバル。紫さんをボスと呼ぶ桐谷さんの腕前は本物だと証明された……紫さんは強敵に違いない。でも、鳥路さんが勝てないと言い切れる程の力量さがあるのか?
「総合的には鳥路とうちはそこまで変わらんが、うちとボスに差があると言ったらわかりやすいか」
紫さんは何も言わない。桐谷さんの言っている事が正しいからだろう。
紫さんの実力はわからない……わからないけど、時折放つ寿司圧が強者のそれである事は素人の俺でもわかる。
「継承戦、うちのボスに腕前だけで太刀打ちできそうな寿司職人は寿司王の孫と鳥路ぐらいしかおらんやろうな。笹垣志織は腕前よりも何してくるかわからん点で要警戒やけど……」
桐谷さんは志苑を見ながら、笹垣姉を警戒している胸中を明かす。
「お姉様は本気で白蛇を狙ってる……手段は選ばないと思います」
妹がそう言ってるんだ、絶対に試合は荒れるだろう。どこかで戦う羽目になるだろうけど、極力避けたい。
「さて、話を鳥路に戻すが……さっきは足りんのが自由とは言ったけど、もう一つ足りんもんがある」
ま、まだあるのか……
「この継承戦に懸ける執念や」
桐谷さんの指摘に鳥路さんと志苑がハッとした表情を見せる。
鳥路さんは寿司王からの推薦で参加しているだけ、白蛇も必要としていない。
寿司罵倒協会への怒りはあるけども、今回の継承戦は鳥路さんよりも遥かに強い怒りと執念を持つ紫さんが参加する……意気込みの段階で負けているのか……
「執念……必要ですか? 継承戦は技術のぶつかり合いでは? もちろん現時点で私の技量が紫さんと並んでいるとは思っていません」
鳥路さんは精神論を否定する。
「大抵の場合はそうやな。ただ、土壇場で勝利をもぎ取るには執念が必要ってだけ……ただ、その執念については……うちが君らに与えてやれん事も無い」
「ぎ、技術じゃなくて、執念の方ですか?」
桐谷さんが俺達に執念を与えるって、どうやって?
逆ならわかるんだけど……
「飛鳥。何が目的ですか?」
紫さんが厳しい声色で桐谷さんに問う。
しかし、桐谷さんはその制止を無視する。
「……うちのボス、いや、紫心陽はこの継承戦に勝って死ぬ気や」
「死ぬ!? どうして!?」
咄嗟に声が出る。スシバトルで命を賭けるとか意味がわからない! しかも何で勝ってから死ぬ必要が!?
「白蛇と黒鷲の伝承……二丁揃えれば願いは叶うけど、持ち主が望む結果にはならない……その結果が死ぬという意味なんですか?」
鳥路さんがこれまでの話を整理して、今の状況と照らし合わせる。
確かに志苑もそんな事は言っていたけど……
「鳥路には話したが、うちはそう考えとる。管理の目を掻い潜って白蛇と黒鷲を揃えたアホは全員早死に……これは偶然やない。」
偶然も何回も起きれば呪い……二丁が揃わないように管理されているのは事実だろうし。それでもそれを無視して揃えようとする人達がいるくらいには、あの伝承は多くの寿司職人に信じられている話なんだな。自分は死なないという慢心か油断が生んだ悲劇……
「私が黒鷲を持って姿を隠した理由の一つです。おかげで寿司職人の不審死はほぼ無くなりましたね」
……紫さんはどんな表情で今の言葉を発しているのだろうか。
「それよりも飛鳥。あなた、どういうつもりですか? あなたは私の仲間だと思っていたのですが……まるで私に継承戦で負けて欲しいような振る舞いですね?」
桐谷さんを詰める紫さん。表情はわからないけど、冷酷な口調はどんな表情よりも感情を表している。
「心陽の寿司罵倒協会をぶっ潰す考えは今でも賛成しとる。でも、継承戦の話は別や! 何で心陽が死ななあかんねん! そもそも本物の寿司職人がこんな所で燻っててええ訳無いやろ!」
桐谷さんが感情を爆発させる。きっとこれが本心だ。
心陽さんを一人の人間として大事に思っているんだ。
「本物の寿司職人……ふ、そんな人間、本当にいるんですかね。所詮はビジネス。時代と共に姿形を変えて生き残るだけの職業に過ぎません。少なくとも、私は時代に取り残された亡霊。本物ではありません」
「そんな事は……!」
「飛鳥。あなたは私にスシバトルで負けて約束したはずです。決して私の邪魔はしないと」
「う……ぐう……!」
紫さんが桐谷さんを黙らせる。桐谷さん、紫さんを止めるためにスシバトルを……
気まずい沈黙がスシバーに漂う。
「……くだらない」
「鳥路さん!?」
その沈黙を鳥路さんが打ち破る!
「復讐だの、ビジネスだの、人が死ぬ包丁だの……そんなのはもうたくさんだ! 寿司は美味しくて、人を笑顔にする物……それ以上でもそれ以下でもない!」
鳥路さんがここまで怒りの感情を発露させるのは珍しい。本気で怒っている。
「……子供は何も知らないからそんな事が言えるのです。現実はそんなに甘くない。それに、あなたの技量は先程見せて貰いましたが、私に勝てるレベルに達していない。これは感想では無く、事実です」
紫さんと鳥路さんの感情がぶつかり合う!
それに紫さん目線では鳥路さんの寿司すら不十分なのか!? どれだけの技量を持てばそんな事言えるんだ!? それとも怒りに任せた言葉なのか!?
「あなたの寿司を見なくてもわかる……あなたの寿司は泣いている! そんな寿司を握る人に……私は、絶対に、負けない!」
普段のレスバで見せる余裕が鳥路さんから感じられない。
鳥路さんもわかっている、相手が格上である事を! それでも譲れない感情が鳥路さんにはあるんだ!
「……あいつと同じような事を……」
紫さんがぼそっと呟いた。あいつって……誰だ?
「……これ以上の会話は不要。継承戦でお会いしましょう。」
紫さんはそう言って立ち去ろうとする。
「心陽……うちは諦めんからな」
桐谷さんが紫さんの背中に声を掛ける。
「お好きにどうぞ。あなた方が何をしようと私には勝てません、今日、それがわかりました」
俺達では紫さんの邪魔にすらならないとでも言いたいのか。
ドアベルの音が鳴ると、紫さんの姿は見えなくなっていた。
「ぷはっ! な、何なのあの人……!? 抜けてると思ったらいきなり冷酷な雰囲気出して……夏なのに風邪引きそうよ!」
緊張の糸が解けた志苑が感想を漏らす。正直、俺も同じ感想だ。
「ははっ……三人には恥ずかしい所見せてもうたな。心陽がなまいき言っとるだけと思ってるかもしらんが……残念ながら全部事実や。寿司職人で心陽に敵う奴なんておらんのかもなぁ……」
桐谷さんの言う通りかもしれない、それでも……
「桐谷さん、継承戦の日まで私に寿司を教えてください」
鳥路さんはいつも通りのクールな感じで、桐谷さんに頭を下げる。
あれだけ感情のぶつかり合いをした後なのに……凄い人だよ、鳥路さんは。
「うちが? それは構わんけど……あんな事言われた後なのに、ええんか?」
「馬鹿は死んでも治りません。紫さんを止めるには……誰かがわからせるしかない。その誰かが私だとするなら……今やれる事をやるだけです」
鳥路さんはやる気だ……!
「鳥路、お前……」
桐谷さんの目に一瞬涙が浮かぶが、すぐに袖で拭われてしまった。
「というか、桐谷さんが鳥路を焚き付けたんでしょ? こいつ、キレてる時の方が数倍強いのよ。部長もそれで負けたようなもんだし」
「え?」
志苑の一言に鳥路さんが間の抜けた声を出した。まぁ、確かにそうかも……否定できる要素があんまり無いな……
「それに……鳥路にはお姉様にも余裕で勝つぐらい強くなってもらわないと困るのよ。紫さんとお姉様がぶつかれば一番だけどね」
志苑の他人任せのような発言の裏に、志苑の覚悟が見える。
こいつもこいつで、何かを仕掛けるつもりだ。
「……せやな、そっちも油断できん」
桐谷さん的にも笹垣姉は要注意人物のようだ。
「で、山本、あんたはどうなの?」
志苑に急に話を振られ、言葉に詰まる。
俺には……正直、明確な執念というか因縁はない。
継承戦の時には観客の一人になる人間だ。
だけど、今回の件……鳥路さんが勝てば終わりという話では無いはずだ。
鳥路さんの言っていた通り、このくだらないしがらみを全部ぶっ壊す必要がある。
そのために、俺にできる事があるはずだ。絶対に!
「……ああ、やってやるさ。志苑とも約束したしな。寿司罵倒協会の思い通りにはさせない。それに寿司罵倒協会如きのために紫さんを死なせたりもしない……子供だと舐めてる連中に一泡吹かせてやる!」
「桐谷さん、こいつもキレてる時の方がやばい男だから信用して良いわよ」
志苑さん?
「鳥路と同じタイプか……よし、何でも聞いてくれ! 寿司罵倒協会の話ならうちも詳しいからな! てかイナリスカウトだし! なはは!」
豪快に笑う桐谷さん。この人から聞ける話は確かに多そうだ……内情にも詳しそうだし。
「よっしゃ、鳥路! カウンターに入れ! うちの寿司を教えたるわ!」
「お願いします」
寿司担当の二人はカウンターの中に戻り、早速寿司の練習に入るようだ。
「山本、何か考えがあるんでしょ。教えなさいよ」
志苑は寿司担当チームの前の席に座り、隣の席をパンパンと叩く。
俺は考えを整理しながら、その席に座る。
「……まずは呪われた包丁とかいうオカルトの正体を明らかにする。何の価値もない普通の包丁だってわかれば……大体崩せると思う」
呪われた二丁の寿司包丁。
そんなものはこの世に存在しない。
……この継承戦の価値を無くすんだ! 俺達の手で!
◇◇◇
スシマニュアル おわり
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




