第179話 スシマニュアル④
前回のあらすじ:
鳥路、山本、笹垣の三人を救ったのは……あの日の襲撃犯だった。
◆◆◆
イナリスカウト軍団から俺達を救ってくれたのはイナリスカウトだった。
それも、桶ヶ丘で俺にソルトガンを撃ってきたイナリスカウト。
鳥路さんから誤射だったとは聞いてるけど……実際どうだか。散々大人の良くない部分を見てきたからなぁ……もちろん良い部分も見てきたとは思うけれども。
「……」
「……」
俺達は先程までいた喫茶店から移動し、イナリスカウトの案内で開店前のバーに避難している。店員は誰一人おらず、四人だけの空間。沈黙が重苦しい。助けて貰った事は感謝しているけど、何から切り出せば良いやら……
「何で三人とも黙ってるのよ……助けてくれてありがとうございましたじゃダメなの?」
沈黙に耐えかねた志苑が話を振ってくれた。やっぱ根が真面目なんだよな……
「いや、うん。笹垣の言う通りだ。危ない所を助けて頂き、ありがとうございます」
俺が頭を下げると続けて鳥路さんと志苑も頭を下げる。
「……感謝は不要。我々は自分のビジネスのために動いたに過ぎない」
素っ気ない返事をするイナリスカウト。そういえば寿司マニュアルはもう一人が持って逃げてしまったからな……そっちが本筋で俺達はおまけ? だとしたら、何で俺達をここに連れてきたんだ?
「寿司マニュアルをどうするつもりですか?」
鳥路さんがまさに奪われた物の所在を確認する。
「もう一人が追っ手を撒いたらここに来る。そうしたら君達に返すつもりだ。次からは持ち歩かずに鍵付きの机とかにしまっておきなさい」
返してくれるらしい。寿司マニュアルを必要としないって事は、二人とも寿司の腕に自信があるという訳か。
「……」
「……」
また沈黙だ。互いに言いたい事を言えずに様子見している感じに思えてきた。
志苑の奴が目で言いたい事があるならさっさと言えと俺に訴えてくるし。
「……俺の事を撃ちましたよね? 本当に誤射だったんですか? 銃口向けて、引き金に指を置いていたら誰でも撃たれるって思いますよ?」
「……」
無表情を貫くイナリスカウト。仮面を被ってるから当然なのだけど。
「いや、本当に、申し訳ない……事情があったとはいえ、謝罪もせずに逃げ出した挙句、無駄に時間だけが経ってしまい……そもそも空砲にすれば良かったのに、それを怠った私の落ち度で怪我までさせてしまって……治療費とかは出しますので……この度は大変……大変申し訳ありませんでした……!」
深々と頭を下げるイナリスカウト。
……急に話すじゃん。無表情は嘘、仮面の下は冷や汗か何かがダラダラ流れてるっぽい。実際になんか水滴垂れてるし……
どうしよう……ここで更に責めたら俺が悪いみたいな感じにならない?
鳥路さんも志苑もイナリスカウトの弱々しい姿に困惑して、俺の方をチラチラと見ているし……
「……もう、そこまで怒ってないですし、事情があったのは本当っぽいですし……」
謝罪を受け入れる自分が不思議と大人のように思える。
「せめてその仮面を取って謝罪すべきではありませんか?」
「鳥路さん!?」
鳥路さんが素顔を晒さない謝罪に強く抗議する!
「本来ならそうしたい……したいのだけれど、まだこの仮面を外す訳には……特に君達二人の前では特に……臆病者と笑ってくれて構いません……むしろ笑ってください……」
こっちが素なのかな……随分とその……ネガティブな人だな……
「……山本、鳥路。この人が本当に司先生の元ライバルなの? そんな雰囲気全然無いんだけど?」
志苑が小声で俺達に話し掛ける。
情報が正しければ……この人が黒鷲の継承者で、司先生のライバル、紫心陽さんのはずなんだけど……冬とか吹雪といった冷たい感じは時間の経過と共に薄れている。
「……白蛇と黒鷲を揃えてどうするんですか? 寿司罵倒協会への復讐のため?」
鳥路さんはどんどん質問をぶつけていく。頼もしい。
「……」
冷たい空気が流れる。冷房じゃない……イナリスカウトから発せられたプレッシャー、いや寿司圧だ。鳥路さんと志苑も俺と同じ感想を抱いている表情を見せる。
「例えこの身に何が起きようとも、願いそのものは叶う。それが白蛇と黒鷲です。復讐の道具として……寿司罵倒協会を討つためにこれ程適切な物はありません」
淡々と、そして、氷のような声で俺達に話すイナリスカウト。
この人は……仮面の奥に更にいくつもの仮面を持っているのか?
「寿司包丁は……復讐の道具ではありません」
鳥路さんが反論する。けど、額から汗が一筋流れている……それだけ目の前のイナリスカウトには凄みがある。
「道具をどう使うかは私が選びます。それに呪われた寿司包丁もそれが本望でしょうに」
笹垣姉とは異なる冷徹さだ。
「それよりも意外ですね。伝承やオカルトを信じる哀れな女とバカにされると思っていましたよ」
実際、俺はそこまで白蛇と黒鷲の逸話を信じている訳ではない。
「そ、そんな話にすがる程、あんたも追い詰められてるって事でしょ?」
志苑は少しビビりながら、いつもの調子でイナリスカウトを煽る。
ただ、煽るというより、共感の方が強く感じた
「……寿司罵倒協会は都市伝説のような存在。そして、寿司業界に蔓延る巨大な病巣。奇跡でも信じていないとやってられないわ」
少なくとも警察を丸め込んでる訳だし、やってる事がヤバイのはその通りだ。
もしかして、神奈川の治安の悪さは寿司罵倒協会が原因なのか?
……関係ないか。
「君達も寿司罵倒協会がどんな連中か理解しただろう? 私との出会いから始まっていたら本当に申し訳ないのだけれど……とにかく、私達が助けに来なかったら、君達はもっと危ない目にあっていた。これ以上、寿司罵倒協会を刺激するような真似はやめた方が良い」
これがイナリスカウトが俺達を連れてきた目的か……刺激するなと言われても向こうから突っかかってくるんだよな……
「……私の寿司を邪魔する連中に道を譲るつもりはありません」
鳥路さんは静かに、そして、力強く言い切った。
「ならば……スシバ」
「なぁにスシバトルで話決めようとしとんねん。このスシバトル馬鹿は」
「とらああああ!? いつからそこに!?」
イナリスカウトの後ろからスカジャンで関西弁のイナリスカウトがすっと姿を見せる。
本当にいつの間にいたんだ……
「たった今戻ったばっかりや。おう、嬢ちゃん、また会ったな。これは返しとくわ」
「あ、ありがとうございます」
関西弁のイナリスカウトが鳥路さんに寿司マニュアルの入ったUSBメモリーを投げ渡した。十人以上いたイナリスカウトから逃げ切ったのか……この人……
「鳥路、このイナリスカウトと知り合いだったわけ?」
志苑が良い所に気が付いた。だから鳥路さんはすんなりこの人にUSBメモリーを渡したのか!
「滋賀県の寿司屋で偶然……偶然だったんですか?」
鳥路さんが関西弁のイナリスカウトに聞く。
「偶然や。まぁ、運命ってのは偶然と必然かわからんけどな!」
豪快に笑う関西弁のイナリスカウト。重苦しい空気がちょっと明るくなってきた。
「……まぁ、全員揃ったし、一応やっておくか」
関西弁のイナリスカウトは何を始めるつもりなんだ?
「何をするんですか?」
鳥路さんが質問。俺と志苑も同じ事を聞こうとしたので、関西弁のイナリスカウトの顔を見ながら頷く。
「うちと嬢ちゃんでスシバトルや」
「えっ!?」
「えっ!?」
「えっ!?」
さっきスシバトルで話を決めるなって言った人の発言か!? これが!?
いや、コート姿のイナリスカウトは最初からその予定だったのか!
「えっ、そんな予定は聞いてませんけど?」
あんたも知らないのかよ!
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




