第175話 宝石と寿司⑥
前回のあらすじ:
関西イナリスカウトにインタビューだ!
◆◆◆
鮨の翡翠の二階にある個室……関西イナリスカウトと私達家族はそこに移動した。
おばあちゃんと私とお母さん、お父さんと関西イナリスカウトで対面する形に座る。
「さて……うちらの目的やったな。単刀直入に言うと寿司屋の保護って事になるかな」
関西イナリスカウトはお面の顎の部分を右手で撫でながらそう語った。
……寿司罵倒協会は寿司屋を目的のために潰すような集団。それが寿司屋の保護とどう繋がるんだ?
「寿司罵倒協会は寿司屋を平気で潰そうとする連中……そんな言葉は信じられない」
私は率直な意見を述べた。
「主語が良くなかったなぁ……うちらってのは単に寿司罵倒協会のイナリスカウトじゃなくて、サキ派のイナリスカウトって事。嬢ちゃんが言っとるのは恐らく寿司罵倒協会の主にガキ派のイナリスカウトやな」
サキ派とガキ派? 派閥争いでもしているのか?
確かに関西イナリスカウトはこの寿司屋を守ろうとしてくれていた……信用して良いのだろうか……
「サキ派は寿司罵倒協会の弱体化を狙っとる言わば抵抗勢力。ガキ派は寿司罵倒協会の推進派……犬ぐらいで覚えておけばええかな」
「どうして抵抗勢力と推進派が同じイナリスカウトとして活動しているんですか?」
私の質問を聞いて、関西イナリスカウトはお茶を飲もうとしたが、自分が仮面をつけている事を思い出して飲むのを止めた。
「……サキ派はスパイって言った方が早かったか。内部から崩壊させるためにこんな格好しとるねん。そもそもイナリスカウトは全国に存在する寿司の亡霊みたいなもん……寿司罵倒協会の手足でありながら直接の指示は受けない集団。共通する思念は寿司屋への強い恨みだけ……伝わるかな?」
「……あなたも寿司屋に恨みがあるんですか?」
「恨みはあったけど……それが寿司罵倒協会のマッチポンプなら話は違うやろ?」
「あなたも寿司罵倒協会の被害者、と言う事ですか……」
おばあちゃんとお母さんはじっと関西イナリスカウトの目を見つめている。
お父さんは……頭を抱えている。お父さんの方が正しい反応かもしれない。
「まぁ、私の話はええねん。そろそろこっちも質問してええか?」
私が聞いてばかりでは良くないか……まだ聞きたい事はあるけど……
「わかりました。どうぞ」
「嬢ちゃんには山本葵って男の友達おるやろ? イナリスカウトに撃たれた子。後遺症とかは無い感じ?」
山本くん? 今は普通に元気そうだけど……
「う、撃たれた!? 山本くんが!?」
「日本で銃被害に!?」
お父さんとお母さんが驚く。
撃たれたと言う文字列から本物の銃を連想したようだ。
「あ、本物ちゃうねん! 塩粒を高速で打ち出す道具の事です!」
関西イナリスカウトが慌てて弁明する。
「山本くんは元気そうですし、後遺症とかも無いと思います……でも、どうしてあなたが、その事を気にするのですか? まさか……」
このイナリスカウトが桶ヶ丘に出没したイナリスカウトなのか?
「……うちの、いや、サキ派のボスがその件でずっと気に病んどるねん」
サキ派のボスという事はその人がサキ? それより、気に病むって……
「普通に私達を脅していた人ですよ。ビジネスとか言ってましたし……気に病むような人とはとても……」
私の言葉を聞いて関西イナリスカウトが頭を抱える。
「……神奈川の一件はガキ派の連中の仕業でな。子供を巻き込むのはちゃうやろって……ただ、珍しく寿司罵倒協会の幹部からボスに直接指示が出てて、表向きはそういう風に動く必要があったんや。監視もされとったらしいし」
「だからって人にあんなものを撃つ必要はなかったはず!」
一歩間違えれば山本くんはもっと酷い怪我を負っていたかもしれない。
「ボスは最初から外すつもりやったけど……その山本って子が急に飛び出してきて、それに驚いて撃ってもうんたやと……本気で嬢ちゃんを怪我させるなら続けて撃てば良いのに、撃ってないはずやろ?」
そんな事……あの時は確かに一発だけ撃って退散したけど……函館のイナリスカウトは三発ぐらい連続で撃っていた。
「そんな……今更……! それが本当なら今からでも直接、そのお面を外して山本くんに謝りに行けば済む話では無いのですか!?」
「それが出来ないから……! いや、嬢ちゃんが言いたい事はわかるんよ! わかるんやけど……! 事情があるんやって!」
「そう思えば気が楽になるから! そんなお面を被っているから! 責任から逃げようとしているだけだ!」
パンッ! と手を叩く音で我に返る。
……おばあちゃん?
「英莉ちゃん、落ち着いて。目の前の狐さんにいくら言ってもしょうがない話だよ」
「でも……!」
おばあちゃんは私の目をまっすぐ見据える。
……私は、間違っているのだろうか……おばあちゃんの目はそう言っている。
「……すみません。頭に血が上って……」
関西イナリスカウトに頭を下げる。感情的になりすぎた……確かにこれはよくない。
「いや、嬢ちゃんの気持ちはわかる。それに、こればっかりはボスが悪いのは事実。継承戦が終われば……必ず詫びを入れるようにうちからも言っとく」
「継承戦? 伝説の包丁の継承戦の事ですか? それにそのイナリスカウトも出るのですか?」
継承戦……白蛇を寿司罵倒協会が狙っていて、イナリスカウトも出るとは勅使河原さんも言っていたけど、まさかあの時のイナリスカウトが……
「せや、寿司罵倒協会の代表としてはうちのボスが出る。それと……これはイナリスカウトじゃなくて、うち個人のお願いになるけど、聞いてくれるか?」
「……どうぞ」
この人のお願いならまぁ……
「嬢ちゃんが白蛇を手に入れてくれ。イナリスカウトに持たせたらあかん」
「……それはどうしてですか?」
難しい話だ。やれるだけはやるけど……それに、寿司罵倒協会はともかく、抵抗勢力が持つ分には問題無いのでは?
「黒鷲と白蛇が両方揃うのはあかん。ボスはそれを望んどるけど……うちは反対や。あんな呪物! ろくな事にならへん!」
オカルトの話? 確か山本くんがそんな事をチャットで共有していたけど……
それに揃うって事は……
「もしかして、そのイナリスカウトが黒鷲の本当の所有者なんですか?」
「ああ、本物はボスが持っとる」
だからこの人は本物の黒鷲を知っていたのか。
「……その顔、伝承とか信じとらん人間やろ。白蛇と黒鷲はガチや。過去に死人も出とる」
そんな事言われても……研究者のお父さんとお母さんも流石に訝しんでるし。
そもそも、本当にそんな事になっていたら、もっと有名な話になってると思うのだけど……私も例の伝承は初めて聞いたし。
襖がノックされ、翡翠の店主が姿を見せる。
「こちらの席の予約の時間が近いので……カウンターにお戻り頂けますか? それにご家族は食事の途中ですよね?」
忘れていた。まだ全然食べてなかった……寿司罵倒協会め……
「ん……そうしたら、うちはこれで失礼するかな。今日は嬢ちゃんと話せて良かったわ。継承戦、頼んだで。ご家族の皆さんも貴重なお時間ありがとうございます」
関西イナリスカウトが私達にお辞儀をする。
「帰るなら、これを持ってきな。いつものやつ」
店主が関西イナリスカウトに寿司折を手渡す。いつもの? まさか中身は……
「そ、そんな睨まんでもええやん。中身は稲荷寿司やで! お金は受け取ってないから! なぁ!?」
私はそんな目で見ていたのだろうか。
「ええ、彼女が店に顔を出した時に稲荷寿司を渡すのが寿司罵倒協会傘下になる条件なんですよ」
撃たれた店主が嘘は言わないと思うので、中身は本当に稲荷寿司なのだろう。
「なんせ、うちは……お稲荷さんやからな! じゃ、またな、嬢ちゃん」
右手でキツネサインを作る関西イナリスカウト。ソルトガンを撃ったり、飛び膝蹴りしたりする物騒な部分はまさに神様かもしれない。
別れの余韻もなく立ち去る感じも神様っぽい……いや、そうでもないか。
◇◇◇
「ビワマスです。そのままどうぞ。しかし、あれだなぁ、お孫さんの後だと余計緊張しますねぇ!」
紆余曲折あったけど、滋賀県に来た目的をようやく達成する時が来た。
私が握った物と異なり、店主のビワマスの握りは醤油が塗られている。上に乗っているのは生姜のすりおろしだけど……どのような味わいに……
出汁の効いた醤油? 複数の柑橘系の酸味もある……自家製のポン酢醤油だろうか。ビワマスの風味を殺さずに生かす、良い調味料だ。ビワマスもイナリスカウトもどきが持ち込んだ物と同等の良い鮮度……
「すごく美味しいです」
何より、自分で握ったものより誰かに握ってもらった寿司の方が美味しいと感じる。寿司には握った人の歴史、技術が詰まっている。稀にだけど、寿司を握った人のコンディションも窺い知れる時もある。
私は……そんな寿司が好きなのだ。
「本当かい? はぁ、よかった……」
胸を撫で下ろす店主。私に店主を緊張させるような権限は無いのだけども……
とにかく、右腕を怪我しているのに、美味しい寿司をありがとうございます。
「黄金イクラはまだ早いかね」
おばあちゃんが店主に確認する。黄金のイクラ? 金箔とかではなく?
「あー、九月頃だなぁ……まだ少し早いですねぇ」
「英莉ちゃんに食べて貰いたかったけど、こればっかりは仕方がないね」
「黄金イクラって何ですか?」
黄金いくらの正体について二人に確認する。
「ビワマスの魚卵だよ。サケのより小粒で黄色が強いからそんな名前で呼ばれているんだ。こっちを琵琶湖の宝石って言う人もいるね」
店主が先に答えてくれた。時期じゃないなら仕方ないけど……うーん、惜しい。
「ふふ、時期になったらこっちに来れば良いさ、英莉ちゃん」
微笑むおばあちゃん。
確か前の高校と同じで秋休みがあるから、行けなくもないか……あれ、修学旅行っていつだっけ……二年生の秋か冬だったような……
「お義母さん、神奈川に越すって言ってたじゃないですか」
「おっと、そうだったね」
お母さんとおばあちゃんが上品に笑う。
あの話、本気だったんだ……
「なに、またいつか家族で来れば良いさ。この時間という宝石は永遠になるのだから……」
お父さんはそう言って、おちょこの日本酒を飲み干した。
ちょっと言ってる事はわからない。
でも、またいつか滋賀県に来よう。今度は黄金のイクラを食べに。
山本くんは誘ったら来てくれるかな?
……その前におばあちゃんと面談が先か。
私は苦めのお茶を飲み、舌と一緒に都合の悪い話を洗い流した。
もちろん、次の寿司を楽しむために……
◇◇◇
宝石と寿司 おわり
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




