第171話 宝石と寿司②
前回のあらすじ:
滋賀県の寿司屋に訪れた鳥路一家。スシバトルの気配は現状確認されていない。
◆◆◆
「ハモの握りです。酢橘を絞ってからどうぞ」
店主の握ったハモの握りが寿司げたの上に置かれる。
ホタルイカの酢味噌和えといった先付けの後に出てきた一貫目はハモ。関西だとメジャーだけど、北海道では一度も見た事がなかったし、神奈川でもまだ出会った事がなかった。
添えられた一切れの酢橘を絞り、醤油を少しだけ付けて口に入れる。
さっぱりとしながらもコクのある白身……湯引きも良い感じ。酢橘の香りも相まって爽やかな一品。
「美味しいです」
素晴らしい仕事。流石はおばあちゃんが選んだお店。
「食べる所も様になってるなぁ……鳥路の婆さんのお孫さんって感じだわ」
店主が私の食べる様子を見て感心している。なぜ?
「そりゃどういう意味だい。可愛いって意味で受け取っとておけば良いかい?」
「はは……何でもねぇっす」
店主とおばあちゃんは親しい間柄に見えるけど……どういう関係なんだろう。
「日本酒と寿司……最高ね、明仁さん」
「先付けだけで飲み干しそうだったよ」
お母さんとお父さんは寿司を肴に冷酒を飲んでいる。
私とおばあちゃんはお茶で寿司に集中している。
「おばあちゃんはお酒飲まないの?」
お酒は飲まないのかとおばあちゃんに尋ねる。
「酒とタバコはやらない主義なのよ」
おばあちゃんの健康の秘訣かもしれない。
「でも母さん、ギャンブルはやるんだよなぁ……」
「春のG1も三連単を当てたんでしたっけ、お義母さん」
……そういえば、おばあちゃんの家にかわいい馬のぬいぐるみがいくつも飾ってあったな。
「トラブルなく順当な着順だったからね。簡単だったよ」
「その順当な着順ってのを当てるのがむずいんですよ! あ、次のレースも頼りにしてますんで!」
「外れても文句言わんでおくれよ」
店主とおばあちゃんの関係がわかった。私にはまだ少し早い話題のようだ。
「さて……コハダです」
店主は話しながらもしっかり手を動かしており、二貫目が良いタイミングで提供された。
そうか、シンコの旬からコハダの旬に切り替わるような時期か……シンコは食べ損ねたなぁ。
切れ目が入っているのとほのかに香る酢の匂いで酢締めされている感じ。これも醤油を少しだけ付けて口に入れる。
心地の良い脂がシャリと合わさって美味しい。酢の塩梅もちょうど良く、ハモとは違うさっぱりとした寿司だ。
「これも美味しいです。もうコハダの時期なんですね」
「シンコは今年、早く終わっちゃった感じです。でも、シンコのとろける柔らかさと違って、味がビシッと決まるコハダは夏の寿司って感じで季節を感じますよね」
店主の言葉に私は強く頷いた。シンコはまた来年食べよう。
三貫目は何が来るだろう。ビワマスはちょっと早いかな? 出てくるとは教えてくれたけど、どこで来るのか……この店主なら美味しく握ってくれるという信頼感がある分、ワクワクする。
「日本酒に合う……!」
「明仁さん、次これ行きません?」
お父さんとお母さんは何でもお酒に合うんじゃないかな……美味しそうに食べてるから良いのだけど……そんな二人を見て微笑んでいるおばあちゃんの横顔がちょっと印象的だった。
気が付けば、お店の座席にはお客さんが埋まっており、他の職人や店員さんの接客で賑やかになっていた。カウンター席で寿司に集中していると結構よくある。集中できるお店はやはり名店が多い気がする。個人の見解だけど。
とにかく今はこの幸せな時間を満喫しよう。
「シカゴピザが食いてぇ!」
大きな音を出しながら扉が開き、男の大声が店内に響く。何!?
「うちは寿司屋だ……な、そ、その仮面は!?」
男の顔を見た店主が驚く。仮面?
入り口の方に目線だけ動かすと、そこには白い狐のお面に黒いコートを着た……イナリスカウトにしては大きすぎる。男性? イナリスカウトは女性だったはず……誰だこいつ?
「どうも、イナリスカウトです。本日は集金にやってきました」
イナリスカウトもどきがイナリスカウトを名乗ると、お客さん達の視線が集まる中、店主にお金を請求してきた。
「な……あんたじゃないイナリスカウトはこのマークを貼っておけば、寿司罵倒協会は手を出さないって言ってたぞ!? その人と話は通してないのか!?」
店主が頭上の紋章を指差して、イナリスカウトもどきに訴える。
寿司を逆さまにしたようなシンプルな模様だ。寿司罵倒協会と関係があるものなのだろうか。
「ルールが変わったんですよ。大人しくこちらの金額をお支払いください。そうすれば大人しく帰りますよ」
仮面の奥でニヤついていそうな声でイナリスカウトもどきが紙を店主に差し向ける。
その紙には何ともバカバカしい高額な値段が書かれていた。
騒つく店内。迷惑にも程がある……やはり寿司罵倒協会は許されない存在だ。
「そんな馬鹿げた金額払うわけないだろ! 目的は何だ!? それとも寿司罵倒協会お得意のスシバトルで白黒付けるって言うのか!?」
店主が店の長としてイナリスカウトもどきに啖呵を切る。頼もしい人だ。
「ほう、それは残念ですねぇ……仕方ありませんねぇ」
イナリスカウトもどきがコートの裏に手を伸ばす! まずい!
「店主さん! 伏せて!」
「えっ!?」
私が叫んだ直後に大きな破裂音が響く。
「ぐ、ぐわああああっ!?」
店主が右腕を押さえて倒れる! 間に合わなかった……!
イナリスカウトもどきの手にはやはり大型のソルトガンが握られている!
銃のような見た目のものから銃声のような音が鳴ったせいか、他のお客さんの悲鳴が聞こえてくる。
「ご安心ください。非殺傷性のソルトガンです。命に別状はありません……その腕ではまともにスシバトルはできないでしょうがね。さぁ始めましょう、スシバトルを!」
このお店で一番の職人を狙った一撃! そして、スシバトル! 卑怯な真似を!
「す、スシバトルだと? 店主に怪我させておいて!?」
「あの腕じゃ無理だろ……この店で次に上手い職人は誰なんだ?」
お客さんもイナリスカウトもどきの暴挙に困惑している。
「くっくっく……私がどれだけの実力者か……この包丁を見ればわかっていただけるかな?」
イナリスカウトもどきは懐から布で巻かれた包丁のような物を取り出し、巻かれた布を取り除く。
出てきた包丁は真っ黒な刃の柳刃包丁……まさか……!
「黒い包丁!? く、黒鷲の所有者じゃないか!?」
「そ、そんな凄腕の職人、俺らじゃ勝てねぇ! 万全の親方だって怪しいぞ!?」
これが……黒鷲! こんな奴が持っていたのか!
「おやおや……ここには弱腰のヘタレの職人しかいないようで。このスシバトル、私の勝利と言う事でよろしいですかな?」
黒鷲の力……私にはわからないけど、現役の職人の方には相当な牽制になっているようだ。こんな形でスシバトルに負けたりしたら、このお店がどうなるか……! 最悪お店を畳んでしまうかもしれない!
「ん? 何だね君は? 私は客に興味はないのですがねぇ。あくまでお店とビジネスのお話しているだけなのだから。部外者なら大人しく座っていなさい」
気が付けば、私は立ち上がってイナリスカウトもどきを睨んでいた。
私は確かにこのお店の部外者。でも、こんな奴らにこのお店を潰されるのを見過ごす程、私は大人じゃない!
「英莉ちゃん、やっておしまい。自信があるのでしょう?」
「お、おばあちゃん?」
「……鳥路の人間は自分を曲げない。いつの時代もそれは変わらないさ」
おばあちゃんが静かに私に語りかけた。
「そうよ英莉、寿司の事はあなたに任せるわ。スシバトルとやらで無礼な男を黙らせる事ができるなら……やるしかないわよ」
「お母さん!」
「暴力沙汰になったらお父さんが何とかしよう。警察に鬼電する準備はしておく」
「お父さん」
……いや、でもお父さんの選択は正しい。
「うん? 家族連れでしたか。家族水入らずの時間がこんな事になったのは、金を払わなかったこの店の落ち度ですからね。私を恨まないでくださいよ」
……私はどこに行ってもスシバトルする運命なのか。
でも、それは、きっと意味があるからこその運命。私に出来る事をするまでだ!
「……お前は私の大事な時間を台無しにした。その代償を支払ってもらう」
「あ? ガキがでかい口を叩かない方が良いですよ。黒鷲の使い手がどういう存在か知らない素人ですか? ならば私の背後の日本寿司罵倒協会も知らないのでしょう。大人しくしてなさい! それとも金が欲しいのですか? お小遣いが欲しい年頃ですよねぇ!」
イナリスカウトもどきが一万円札を私に向かって放り投げる。
私は、それを、右手で払いのける。
「なっ!?」
「私が欲しいのは……お前の敗北だ。勝負しろ、自称イナリスカウト……スシバトルだ!」
私の発言で周囲のお客さんと店員さん達が盛り上がる。もう慣れたけど、みんなスシバトルに飢えているのだろうか……
継承戦の前にイナリスカウトの実力を知るチャンスだ。偽物っぽいけど。
無論、負ける気は一切無い……!
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




