第172話 宝石と寿司③
前回のあらすじ:
イナリスカウト(推定偽物)とのスシバトルが始まる!
◆◆◆
「い、インタラプト・スシバトルだ!」
「あの少女は何者だ!?」
「ね、ねぇ! あの子、動画の天才寿司少女じゃない!?」
お客さん達からそんな声が聞こえてくる。私は別に天才では無い。
「くっくっくっ……無知とは恐ろしいものですねぇ……黒鷲の所持者であるこの私にスシバトルを挑むとは!」
私を見下ろす形で話しかけてくるイナリスカウトもどき。
「帯刀冴、田中仁、山田浬烏、鎌瀬健太郎……お前達の企みはたった一人に邪魔されているらしいな? それが誰か……お前も無知を晒している事に気付いていないようだ」
帯刀さんと山田さんの名前を出すのは失礼だったかもしれないけど、一応イナリスカウトの関係者だし……
「そいつらは……! まさか貴様が例のスシバトラーか!?」
「鳥路英莉……覚えておくと良い。今から黒鷲の所持者を討ち倒す者の名前だ」
店主を痛めつけてスシバトルしようとするような奴だ。腕前に自信が無いに違いない。あと私はスシバトラーじゃない。
「そうか! 貴様が! くっくっくっ! 私は何と運が良い! ここで私が貴様に勝てば大金星! 幹部昇格も夢では無い!」
実体の無い組織の幹部とは……
「この私のホームである滋賀に来たのが運の尽き……琵琶湖特産、ビワマスを使ったスシバトルでいかがでしょうか?」
ビワマスと聞いてお客さん達が湧き上がる。サケは捌いた事があるし問題なさそうだけど……向こうが有利の食材に違いは無い。
「問題ない。ルールは?」
「当然! 美味い寿司を握った者が勝者! 審査員はここにいる客で良いでしょう。勿論、貴様の家族は除いて、だ!」
お客さん達の反応を見る感じ……こいつの仲間が紛れ込んでいる雰囲気は無い。大丈夫だろう。
「わかった。始めよう」
「では、翡翠の皆さん、調理場をお借りしますよ……くっくっくっ……」
カウンター併設の調理場は複数の職人が作業できるようになっており、私とイナリスカウトもどきが同時に作業ができる形になっている。
「……肝心のビワマスは?」
お店にある分はとっくに捌かれてそうだし……まさか、イナリスカウトもどきが用意してる? 一体どこに……
「もちろん準備してありますよ。生食可能なブランドビワマスの最高級品をね」
私の疑問に答える形でイナリスカウトもどきは、コートの中から細長い保冷バックを取り出し、中からビワマスを二匹取り出し、一匹を私のまな板の上に置く。嫌な匂いもないし、活け締めの痕跡もあり、鮮度は良さそうだ。
「あ、あのぉ……私、滋賀県在住のしがない配信者なんですが……スシバトルの様子を録画して、投稿しても良いですか? 声とか名前とかは隠しますので! て、手元だけでも良いので!」
少しおどおどした感じで髪の長い女性が私に話しかけてくる。
「……調理の邪魔をしなければ、お好きにどうぞ」
「も、も、もちろんです! ありがとうございます!」
この人、私より年上っぽいけど……雰囲気はあんまり配信者という感じの人じゃない。ただ、取り出したカメラは山本くんが持っているものよりもお高そうな見た目なので、配信者というのは嘘では無さそうだ。
「くくっ、随分と余裕ですね。私の絶技を見ていつまで余裕でいられるか見ものですねぇ!」
絶技って何だ……包丁にそんなもの必要ないだろうに。
「……店主さん、包丁をお借りしても良いですか?」
店員に介抱されている店主に包丁の使用許可を頂く。
「あ、ああ……俺の代わりにすまない、好きに使ってくれ。それより、お孫さん、気を付けなよ……あの男、黒鷲を所持しているということは、いくつもの修羅場を超えてきた事を意味している……」
「ありがとうございます。ご忠告も感謝します」
丁寧に管理されている包丁を確認すると、研いだりせずにそのまま使えるとすぐにわかった。この人の寿司をもっと食べたかったのに……許せん。
「うん、このままで行ける……私は準備できたけど、そっちはどうなんだ?」
黒鷲とは別の黒い出刃包丁を取り出すイナリスカウトもどきに声を掛ける。デザイン的に同じメーカーの出刃包丁のようだけど……対になるのは白蛇のはずなので、似ている包丁を選んだだけだろうか。
「無論、私もできていますよ。それでは始めましょうか……ビワマススシバトル! 開始ぃ!」
イナリスカウトもどきの大声で勝負が唐突に始まる!
包丁の背で鱗を落とし、三枚におろしていく。余計な力を入れなくても刃が通る。良い包丁に良い手入れをしている……!
おろした身の切れ端の皮を剥いで味見をする。サケの仲間だけあって皮目の脂がやはり美味しい。身もクセがなく、甘みと旨みも強い、脂も口に残らずさっぱりしている。なるほど、琵琶湖の宝石を名乗るだけはある魚だ。可能なら皮を残したままが良いかな。淡水魚だけど炙れば皮も問題なく食べられるはず……鱗とぬめりをしっかり取っているから、変な生臭さもない。大丈夫だ、いける。
……自分が握る寿司をイメージする。皮付きのビワマス……皮に火は通したいけど、身は生が良い。霜降り……いや、焼き霜造りが良いか。この綺麗なオレンジ色は残したい。焼くことで多少は香ばしさも生まれる。
手元にバーナーがあるし……翡翠の店主も炙りを想定しているはずだ。
「ほう……炙りに手を出しますか! 皮を剥ぐ自信が無いと見た!」
「そういう訳じゃ……」
イナリスカウトもどきは皮を剥ぐのか。皮目の脂が一番美味しいのに。
「くっくっくっ……この黒鷲の絶技を見るが良い! はああああああああ!」
静かに料理できないのか。凄い慎重に身と皮を剥がしているようにしか見えないし……まぁでも綺麗に仕上がってはいる。口だけのスシバトラーでは無さそうだ。
「どうです? あまりの絶技に言葉を失ったでしょう!」
特に言う事が無いだけなんだけど。いいや、自分の作業に集中しよう。
氷水を用意してから、ビワマスの皮を満遍なく身に火が通り過ぎないように慎重に炙る。炙り終えた身は氷水で急冷し、熱の伝搬を防ぐ。うん。大丈夫そうだ。
「や、焼き霜造り! 出来上がりも素晴らしい! さ、さすが鳥路の婆さんのお孫さん!」
店主の言葉で盛り上がる周囲のお客さんと店員さん達。焼き霜造りぐらい普通にやるんじゃないの? まぁ……店主も満足する仕上がりなら自信を持って審査員に出せる。
冷やしたビワマスの水気を拭いて、寿司ネタ用に切り分けていく。何人分必要? 余ったら自分で食べれば良いし多めに握れば良いか。
手の温度で脂が変に溶けても嫌なので、両手を氷水で少し冷やして、手数を減らした握り方で行こう。
……集中だ。
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




