第170話 宝石と寿司①
山本葵がゴールドスター小田原で寿司王と会談した日の前日……
◆◆◆
「おばあちゃん、お久しぶり」
「あら、英莉ちゃん! 大きくなったわねぇ!」
私、鳥路英莉は現在、滋賀県にある父方の祖母宅へ来ている。
おばあちゃんに最後に会ったのは小学生の時だったかな……その時は確かおじいちゃんのお葬式だった記憶がある。おばあちゃんはそんな中でも私に明るく接してくれていた……お元気そうで何よりだ。髪の毛が白くなかったら、もっと若く見られてそうなぐらいに若々しい。肌も綺麗だし。
「お義母さんもお元気そうで! こちらお土産です。英莉が選んだんですよ!」
「桜香さんは相変わらず綺麗ねぇ! 明仁にはやっぱ勿体無いわ! お土産もありがとう……焼売! ここの焼売は久しぶりだねぇ! ありがたくいただくよ」
おばあちゃんが健啖家とはお父さんとお母さんから聞いてはいたけど……お世辞抜きに喜んでくれているようで選んで良かった。神奈川に帰ったら、教えてくれた山本くんにはお礼を言っておこう。
「母さん、夕飯の買い物は大丈夫か? 四人分だし、足りないなら買ってくるよ」
「大丈夫よ明仁。今日は折角だし外食にしようと思っていてね……出前よりもお店の方が英莉ちゃん好きでしょ?」
私の好みだとほぼ一択になるけど……
「今夜は……お寿司よ!」
私達に向かってウィンクするおばあちゃん。
健啖家のおばあちゃんならお店選びもきっと信頼できる。海なし県の寿司屋……面白そう。私は心の中で歓喜していた。
◇◇◇
祖母宅で長旅の疲れを癒しながら、日が暮れるのを待つ。16時の開店までもう少し……この最中、求肥が入ってて美味しい。
「母さん、前にも話したけど、神奈川で俺達と暮らさないか? 母さん一人だと心配なんだよ」
お父さんが珍しく真面目な話をしている。
「二人とも研究馬鹿で休みもろくに家にいないだろうに。それなら、住み慣れた滋賀でええ」
お父さんもお母さんも苦笑いで反論できない。事実ではあるけども……
「おばあちゃん、私がいる」
一応自分の存在はアピールしておこう。
「英莉ちゃんも高校生でしょ。ババアの相手する暇あらへんやろ?」
去年はそうでもなかったけど……今年からは何とも言えない。
「それでも……一緒に暮らしていれば今よりずっとお話しできる機会は増えると思う。一人の時間は少し寂しいって、私も最近思うようになったから……」
おばあちゃんと真っ直ぐ見つめ合う。
「……ええ子に育ったなぁ、明仁、桜香さん」
おばあちゃんはお茶を啜りながらお父さんとお母さんを見る。
「ああ、自慢の娘だよ」
自覚が無い分、褒められると恥ずかしい。
「最近は家にお友達を連れてきたりしたんですよ、お付き合い前提の」
「お母さん!?」
どういう文脈? や、山本くんは別にまだ彼氏とかそういうのじゃなくて友達であって……
「……それは本当かい、英莉ちゃん」
おばあちゃんは笑顔だけど目が笑っていない。
「お、お友達だから……本当に」
「男か?」
「男の子ではあるけど……」
どうしてこんな流れに……お母さん、笑ってないで何とかして。
「……話が変わった。寒くなる前に神奈川に越すよ。ジジイも田舎より都会の空気が好きだろう」
「母さん!」
おじいちゃんの遺影を見ながらおばあちゃんが引っ越しを決意してくれた。何で?
お父さんもお母さんも喜んでるから良いけど……
「英莉ちゃん、神奈川に行ったらその男を紹介してね。私が見極めたるわ」
……山本くん、ごめん。お土産買って帰るから、その日が来たら許して欲しい。
◇◇◇
開店の時間の少し前に家を出て、おばあちゃんが予約した寿司屋へ向かう。家族で外食自体が久しぶりな気もする。緊張はないけれど、どこか浮ついている自分がいる。
到着したお店の名前は鮨の翡翠。年季の入ったお店だけど、手入れが行き届いており、汚いといった印象は一切ない。期待できそうな雰囲気。
「いらっしゃい! ……って鳥路の婆さんか! 店で会うのは久しぶりだなぁ!」
店主と思われる男性とおばあちゃんは知り合いらしい。
「ふふっ、たまに来て味が落ちてないか確かめにゃならんからね」
「そん時は店じまいだな! で、言われた通りカウンター席の予約はとってあるけど……良いのか? 座敷も空いてるぞ?」
「この子が寿司好きでね。私よりよっぽど味にうるさいかもだよ」
おばあちゃんは私の肩をポンと叩き、店主に紹介してくれた。
「……寿司が好きなだけです」
味には拘りたいけど、それで舌を縛っては損をするだけだ。私は今この場にある寿司を楽しみたい。
「おお……なんか鳥路の婆さんより迫力があるな。へへ、今日は気合い入れさせて貰うよ! さ、こっちだ座って座って!」
店主の案内で家族四人でカウンター席に座る。まだ開店直後で他のお客さんはいないようだけど、テーブルやお座敷に予約の札がちらほら置かれているので、直に賑やかになりそうだ。
店員の人が運んできてくれたおしぼりで手を拭き、一緒に運ばれた熱いお茶を少し口に入れる。苦さがちょうど良い。
「コースのご予約なので順番に握って行きますが……食べたい寿司ネタがあれば言ってくださいね!」
店主がカウンターに立つと言葉使いが丁寧になった。切り替えが早い。
食べたい寿司ネタ……やはり滋賀県に来たら、今が旬のあれは抑えておきたい。
私は小さく右手を挙げて、店主に確認を取る。
「ビワマスの握りって、コースに含まれていますか?」
感想・評価をいただけると、執筆の励みになります。
◇◇◇
こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




