第168話 ゴーストオブスシ⑧
前回のあらすじ:
イナリスカウト=紫心陽説
◆◆◆
「な、そ、え!? 先程のお話では紫さんは寿司罵倒協会に復讐するために行方知らずになっているとおっしゃっていましたわよね!? なぜよりにもよってその復讐対象の寿司罵倒協会の人間に!?」
イナリスカウトの正体を語った寿司王に金星さんが矛盾を指摘する。
何がどうなってそんな事になるんだ? 話が整理できない!
「理由は涼葉達にもわかりません。ただ、イナリスカウトが心陽姉様である可能性は非常に高いのです」
寿司王の代わりに涼葉さんが口を開く。至って冷静だ。
「何か証拠……涼葉さんは紫さんとイナリスカウトを紐づける何かを知っているんだね?」
俺の問いに涼葉さんは頷く。
すると涼葉さんはポケットからスマホを取り出し、一枚の画像を俺達に見せてくれた。
そこには、黒く長い……柳刃包丁を持って魚を捌くイナリスカウトの姿が写っていた。
「もしかして、この黒い包丁が黒鷲……!? な、何でイナリスカウトが持っているんだよ!?」
思った事を口にしてしまう。でも、確かにこれは……紫さんをイナリスカウトと疑うには十分な証拠だ。
「イナリスカウトが黒鷲を使ってスシバトルをしたのはこれが最初で最後です。この写真は三年前に都内の高級寿司店で行われたスシバトルの様子を偶然居合わせた宗鮨の店員が撮ったものです」
涼葉さんが写真の詳細を教えてくれた。
「ちなみに、その高級寿司店は……どうなったの?」
聞かなくてもどうなったか予想は付くけど、確認は必要だ。
「この勝負の翌日に閉店しました。勝ったのはイナリスカウトだったとその店員も言っていましたし」
「そうだとは思ったよ……」
涼葉さんは淡々と語っているように見えるけど……逆に不自然に感じる。慕っていた人が理解不能な暴挙を繰り返しているんだ。感情を殺しでもしないと話せないのかもしれない。
「話をややこしくして申し訳ないのだが……そのお店は日本寿司罵倒協会傘下だったんだ」
「寿司罵倒協会傘下の寿司屋!?」
寿司王の補足に対して思わず聞き返してしまった。寿司業界の知りたくもない知識がまた一つ増えてしまったぞ!
「寿司罵倒協会のイナリスカウトが寿司罵倒協会のお店を潰したって事ですの!?」
金星さんの言う通りの状況だよな!?
「そう言う事になるね。はっきりとした理由はわからないが、不義理を働いて粛清されたと考えるのが普通だろう。だが、これが心陽くんだとしたら……」
寿司王は可能性の一つを示唆する。紫さんは寿司罵倒協会への復讐を正体を隠して実行しているとでも言うのか?
「こ、このお店が寿司罵倒協会の傘下だってどうしてわかったんですか?」
「写真の壁に見える逆さまの寿司のマーク。それが寿司罵倒協会の傘下である事の証です」
俺の疑問に涼葉さんが写真をズームしながら答えてくれた。
確かに寿司ネタとシャリが逆になったマークが見える……目立たない感じで、わかっていないとスルーしてしまう地味な模様だ。
「心陽姉様は頭の良いお方です。何か考えがあっての事なのでしょう……でも、涼葉達には何も相談してくれませんでした。涼葉には心陽姉様がわかりません……」
寂しそうな目したまま、スマホを仕舞おうとする涼葉さん。
「あ、待って涼葉さん! 紫さんの写真って残ってないの? どんな人かだけ知っておきたい!」
涼葉さんなら持っているはずだ!
「写真ですか? 紙の写真を取り込んだので画質は落ちますが……」
涼葉さんがスマホを操作して、再び俺達に別の写真を見せてくれた。
寿司王の前に女性が三人、全員が笑顔でポーズを取っている。
一人は幼い涼葉さん。もう一人は……格好から司先生だと思われる。全然雰囲気違うな……鉄火の異名がしっくりくる感じだ。
そして最後の一人……この人が紫さんか。クールでカッコイイ雰囲気を纏っている綺麗な人だ。あれ……俺はこの人にどこかで会った事がある? でも、紫なんて名前絶対覚えるし、他人の空似か?
「なんか話が凄い事になってんな……長くなりそうだし、俺達はホテルに礼だけ言って帰るぜ」
写真に集中していたら話に置いてかれていた雑喉谷が別れを告げる。
「雑喉谷くんと言ったかな。行く宛はあるのかね?」
寿司王が去ろうとする雑喉谷を呼び止める。
「康が俺のために株とかで金の工面をしてたらしくてね。やはり、こいつの世話になる事になりそうだ」
康さん、めっちゃ有能じゃん……
「資本金には兄貴の貯金も含まれてるんですぜ……でも、兄貴ならそう言ってくれると思いましたよ! スシバトラーの誘いを受けた時は焦りましたぜ!」
「男なら新境地を夢見るもんだ。まぁ、向いてなかったけどな! そういう訳だ。オープンしたら来てくれよな……今日のハモの寿司を改良して待ってるぜ」
そう言って爽やかに去っていく雑喉谷と康さん。
いつになるかわからないけど……お店がうまくいく事を祈っています。
◇◇◇
スシバトルの余韻とほんの少し香る炭の匂いを感じながら、食事の席に戻った俺達。料理は片付けられていたけど、置き手紙に「スシバトルのため一度料理をお下げましたが、お声掛けいただければ改めてお出ししなおします」と書かれていた。
雑喉谷さんに包んで貰ったスシバトルの残りのハモの蒲焼はお土産になりそうだ。
「さて、山本くんの疑問は解消されたかね? 少々その過程は遠回りなってしまったが……」
寿司王が中断前の会話を思い出し、俺に話を振る。
「はい。確認したかった事は……それ以上に謎は増えたんですけど。とにかくありがとうございます。色々と知れて良かったです」
スシバトルのせいとスシバトルのおかげでイナリスカウトと黒鷲、あとは寿司罵倒協会について情報を更新する事ができた。志苑の奴にもあとで共有しておこう。
「それは何よりだ。金星くん、お待たせしたね。本題に入ろうか」
「え、ええ、そうでしたわね」
本来は俺の方が添え物だったのに随分と時間を使わせてしまった。申し訳ない。
「スシバトルの競技化にあたって、勅使河原様のお名前をお借りしたいのです。私の無知が産んだスシバトルブーム……競技化させる事でならわしの拘束力を現代のスシバトルから消し去りたいのです」
凄い事を言ってるけど、金星さんの目は本気だ。
「資料は読ませて貰ったよ。やみくもに一般人がスシバトルを行なってトラブルが起きる事を公式という立場で抑止していく……良い案だと思う。私で良ければ協力させて頂くよ」
「ありがとうございます!」
本題はあっさりと解決してしまった。事前にやり取りしていたようだし、この場はあくまで形式的な合意の場だったのかも知れない。それにしても寿司王の後ろ盾はかなり強力そうだ。
「金星さん、良かったね」
「ええ。これから忙しくなりますわよ……!」
どうやら金星さんの戦いはこれで終わりではないようだ。寿司同好会の仲間として何か手伝ってあげたいけど……俺が戦力になれる自信のない領域だろうしなぁ……
「ああ、そうだ! 継承戦の話なんだが、鳥路くんのエントリーは無事通ったよ! 色々難癖付けられると思っていたが、今は時の人のようだからね」
「え、そ、そうなんですね! 良かった!」
寿司王の報告に一瞬だけひやっとした
もう出る事が決まった体で動いていた……これで出れなかったら笹垣姉に何を言われるかわかったもんじゃなかったぞ!?
それにしても時の人か……それだけの実力があるとはいえ、複雑な心境だ。
「ふふ、これで涼葉と鳥路さんはライバルという訳です! 前回の寿司勝負の雪辱を果たすチャンスです!」
……あれって涼葉さん負けた判定だったんだ。今日のスシバトルで涼葉さんの実力はわかった。仮に二人が戦う事になったら……本当にどうなるかわからない。やっぱり決勝とかのタイミングまで対戦カードが組み込まれない事を祈った方が良さそうだ。
「安心したらお腹が空きましたわ……残していた料理を頂いてもよろしいですか?」
「うむ、そうしようか」
「涼葉はデザートを頼みます!」
そういや涼葉さんはほぼ完食してたな……
ホテルの人に頼んで食事を持ってきて貰ったら、量は少し減っていたけど、ほぼ新品の状態で戻ってきた。食中毒とかもあるから仕方ないけど申し訳ない気持ちになった。
今の俺に出来る事は……目の前の料理をしっかり完食する事だな。
難しい話はそれからだ。
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◇◇◇
こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




