第167話 ゴーストオブスシ⑦
前回のあらすじ:
レベルの高いスシバトルではあったが、涼葉さんが3-0で見事に勝利した。
◆◆◆
「お爺様! 勝ちました!」
寿司王に手を振りながらこちらに駆け寄ってくる涼葉さん。勝負時の覇者の風格が完全に消え、年相応の雰囲気に戻る。
「うむ、見事な寿司だったぞ、涼葉!」
寿司王は笑顔でそれを受け入れる。基本的に優しいというか温和な人だよな。
それにしても、涼葉さんの寿司の技術は相当の物だ。知識量や味覚、それらを生かした繊細な味付け……この辺りは鳥路さん以上かもしれない。この数ヶ月だけでは鳥路さんの底が見えていない部分があるけども、それは涼葉さんも同じだ。継承戦で鳥路さんと涼葉さんが戦う事にならないと良いけど……
「流石は勅使河原宗十郎の孫……いや、塩一粒の涼葉だな。無礼を働いた詫びもあるが、スシバトルに負けたからにはそちらの要求を飲むのが礼儀だ。何でも言え」
スシバトルのならわしを守る人だ……雑喉谷の口調はまだ荒いが、態度や姿勢からは柄の悪い連中特有の汚さを感じられない。
「スシバトルって面倒なんですね……寿司勝負なら勝敗が決まったその時点で終わりなのに」
涼葉さんは面倒くさそうに腕を組む。そう言えばそんな違いがあったな……
「さぼたーじゅ? でしたっけ、もうそれやめましょう! あなたに必要なかったですよね?」
涼葉さんが恐らく全員思っていた事を言ってくれた!
「ああ……分かった。やはり俺には、向いていなかったな」
雑喉谷はあっさりとそれを承諾。自ら強みを捨てるのには覚悟がいるだろうに……男らしい人だ。
「涼葉の言う通りだ。なぜ君は妨害ありのルールを挑んだのかね? 君には十分な技量があるはずだ。もっとも……寿司職人ではなく、京料理の職人としてだが」
寿司王が雑喉谷の前に立ち、これまでの経緯を問う。あと、雑喉谷は寿司職人じゃないらしい。わかるものなのか?
「流石は寿司王、何もかもお見通しか。ふ、スシバトラーみたいな大した技量がない奴ら相手ならこれで十分と思ったまでよ。スシバトルなど所詮は職人に成れない者達の遊び場……そう思っていたよ」
「ふむ……」
雑喉谷が憎まれ口を叩く。本心からそう言っているのかわからないけど……
ただ、寿司王はその言葉を静かに受け止めた。
「ち、ちげぇんです! 寿司王の旦那! 雑喉谷の兄貴は今回初めてスシバトルをしたんです! サボタージュを選んだのも、自分が板長の座をかけた勝負で妨害されたからで……」
康さんが会話に割り込み、雑喉谷の経緯を語る。そりゃ無敗だわ……最初の口上は全部はったりか。今の雑喉谷を見ていると納得のいくオチだ。
「康! 黙ってろ!」
「あ、兄貴……! でもよぉ!」
言い訳はしないという強い拒絶で康さんを黙らせる雑喉谷。
「恥ずかしい話だ。自分が負けた原因の妨害を使えばどんな勝負でも勝てると思い込んだ哀れな男と笑ってくれ。そもそも、その妨害も嬢ちゃんの前では何も意味をなさなかったがな」
自嘲する雑喉谷。あれは涼葉さんが異常だっただけだとも思うけどな……鳥路さんだったらどうやって反撃したのかはちょっと気になる。
「お二人は……日本寿司罵倒協会の人間なのですか?」
金星さんが扇子で口元を隠しながら、雑喉谷と康さんの所属を確認する。
確かに、そんな感じはするけど……
「いや、入会試験中の身だ。負けたからその話も無しだろう。随分と俺を買ってくれていたようだが……悪い事をしたな。仕込みの審査員まで手配してくれたってのに」
さらっと白状するなぁ……でも寿司罵倒協会としても雑喉谷さんが欲しかったからそこまでしたって事だよな。
「あの、もしかして、イナリスカウト……白い狐のお面をかぶった人に誘われませんでしたか?」
雑魚谷にイナリスカウトを知っているか尋ねる。
寿司罵倒協会、人材確保……イナリスカウトの姿が浮かんだからだ。
「なんだ坊主の知り合いか? あいつそんな名前だったのか……」
や、やっぱり!
「なんつーか、恐ろしい奴だったよ。俺が最初に寿司王に挑んだのも黒鷲の情報を探るっていうイナリスカウトの目的のためだしな。人を丸め込むのは随分得意のようだが……人を駒としか見てねぇぞ、あれは」
山田さんのイナリスカウト評とちょっと違うな……別人か?
それにその感じ……笹垣姉を思い出す特徴だ。
「イナリスカウトが黒鷲を? そんなはずは……」
その話を聞いた寿司王が首を傾げる。
……どういう意味だ?
「宗十郎さん、イナリスカウトが黒鷲を狙っているのが何かおかしいんですか?」
寿司王は黒鷲についてまだ何かを隠している。俺はそれを確かめるために理由を聞いた。
「いや、確証のある話ではないんだ……」
「何でも良いんです! 教えてください!」
「しかし……ううむ……」
何故情報を出し渋るんだ!? 何か都合が悪いのか!?
「……山本さん、お顔が怖くなっていますよ」
「えっ!? あ……ご、ごめんなさい……」
涼葉さんに諭され、ハッとする。あまりにも必死になり過ぎたようだ……
「すまない、涼葉、山本くん。これは私も信じたくない話なんだ。だが……君と金星くんにも心陽くんの話をしたのだ。知っておくべきだろう」
紫さんと関係がある……? ま、まさか!?
「イナリスカウトの正体は……心陽くんだ。少なくとも、私は、そう考えている」
寿司王から語られたイナリスカウトの正体。
それを聞いた俺は……どう反応して良いかわからず、無言のまま立ち尽くすしかなかった。
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




