第166話 ゴーストオブスシ⑥
前回のあらすじ:
蒲焼vs湯引きのハモのスシバトル。
同じ食材、異なる調理方法……勝利の女神はどちらに微笑むのか。
◆◆◆
「おお、二人の握りが始まりますね! どちらを見るべきか、いや交互に見るべきでしょうか」
「お互い高い技量……握りの技も期待できますな」
二人の握りにギャラリーの注目が集まる!
俺は……涼葉さんの握りを見ておこう。三貫だと場合によっては一瞬で終わる。
さぁ、始まるぞ!
涼葉さんが右手でシャリを手に取る。
手早くシャリ玉を作ると、左手にのせた湯引きのハモと組み合わせる。
パッ、パッと流れ作業のように動く手によって、気付けば綺麗な形の寿司がお皿に乗せられていた。山田さんの小手返しのように手数が少ないわけではなく、ひたすらに無駄がなく早い感じ。握り方のスタイルは鳥路さんに近いかもしれない……何にせよ、宗鮨の厨房を任されるだけの技量である事は明らかだ。
涼葉さんが三貫握り終えたタイミングで慌てて雑喉谷の方を見たが、そちらもほぼ同じタイミングで三貫握り終えていた。お皿に乗った寿司は綺麗な形、速さも考えると涼葉さんと互角……! 握りの技術に恐らく差は無い!
「兄貴とがきんちょの寿司が仕上がったみたいだな……よし、これより審査を始める!」
雑喉谷の部下がその場を取り仕切る。両者の寿司が出揃った。涼葉さんの湯引きのハモの寿司には梅肉のソースが添えらていて、夏らしい爽やかな見た目。一方、雑喉谷のハモの蒲焼の寿司は見ただけで香ばしさが伝わる魅力的なビジュアル……どちらも美味しそうだけど、ガツンとタレを使った蒲焼の方が少し美味しそうに見えてしまう。あっさり目が好きなら涼葉さんの寿司で決まりなんだけど……こうなってくるともはや審査員の好み……! 勝負の決め手はそこになってしまうのだろうか。
「へへ、じゃあ、審査員は……」
「おう、康。無駄な工作は不要だ。八月生まれのお客さんはいるか? そいつから選ぶぞ」
「兄貴!? それじゃあ、作戦と違っ、いや、事前の打ち合わせと……!」
ギャラリーに仲間を忍ばせていたな? だけど、雑喉谷本人がそれを止める。
「サボタージュを捨てた段階でこの女と俺の一騎打ちだ。余計な真似は寿司への冒涜……康、お前と言えど邪魔は許さねぇ」
「あ、兄貴! わかったよ! 信じてますぜ!」
雑喉谷は本気で正々堂々の勝負を挑んできている。
そんな会話の中、八月生まれのギャラリーがおずおずと手を挙げ始める
「こん中に仕込みの部下はいねぇ。好きな奴を選びな」
雑喉谷は涼葉さんに審査員を選ばせるようだ。これなら確かにフェアか……本当に仕込みがいなければだけど、今の雑喉谷はくだらない真似をしないという凄みがある。
「では、手を挙げた順番に……そちらと、そちらの方……最後はあなたにお願いします」
涼葉さんに選ばれたギャラリーが前に出る。男性二人に女性一人。格好はカジュアルな感じだけど、佇まいから富裕層の人達だと俺でも察することができた。
「我々は運が良いですね」
「行動力の速さも実力の内かもしれませんがな」
「この勝負の勝敗を決める事になるなんて……緊張しますわ」
うん。普段のギャラリーからは想像できない上品さだ。
「こうも寿司の経路が違うと食べる順番で変わってくるな……おい、味が濃い俺を後攻にした方が良いと思うが、そっちはどうしたい?」
雑喉谷は勝敗よりも寿司を美味しく食べれる順番を優先する。
本当にマシンガン乱射してた奴と同じ人か?
「いえ、私が後攻で。その方が……効くので」
涼葉さんも後攻を選択! 味が濃い寿司の後に薄い寿司を食べるのはセオリーから外れるのに……
「ほう……おもしれぇ。なら俺の先攻だ! 審査員! 俺の蒲焼の寿司から食べてくれ! 見た目通りそのまま食べて問題ない!」
雑喉谷の指示に従い、審査員の三名は雑喉谷の寿司を手に取り、そして口に入れる。どうだ……美味しそうな見た目だったけど……味は!?
「う、うまい!」
「深みと旨み……すごいタレですよ!」
「何個でも食べられそう!」
高評価! 雑喉谷の寿司は本物だ!
「ふっ、では……勅使河原宗十郎の孫の実力を見せて貰おうか」
続いて涼葉さんの寿司。審査員の人はお茶を飲んで舌をリセットしているけど、あの味の濃そうな蒲焼ではお茶ぐらいで何とかならない気がする……素人目だと不利……しかし、涼葉さんの表情に焦りは一つもない!
審査員が涼葉さんの寿司を一斉に食べる!
「おお!? な、なんだ、何が起きているんだ!? 美味しいぞ!?」
「湯引きの寿司でさっぱりしているのに……味がぼやけていない! 蒲焼の後なのに、純粋なハモの旨みだ! うまいぞ!」
「この梅肉のソースの爽やかな風味と酸味で……淡白なハモの味を引き締めているわ!」
雑喉谷に負けない高評価!
やはり俺の予想を超えてきた! 凄いぞ、涼葉さん……!
「どういう事だ……俺の蒲焼の香りで繊細な寿司は死ぬはず。それに湯引きで味がボケないだと……いや、流石の腕前と言うべきか……! 審査員! 俺の寿司が良かったら右手、孫の寿司が美味かったら左手を挙げてくれ!」
雑喉谷が審査員に審査を促す!
泣いても笑ってもこれで決着だ……さぁ、どっちだ!?
左手が……三人! という事は……!
「涼葉さんの勝利ですわ!」
金星さんが涼葉さんの勝利を祝福! ギャラリーから温かい拍手が巻き起こる!
「そ、そんな兄貴が負けるなんて……なぜだ!? 兄貴の寿司の何が悪かったんだ!? それとも嬢ちゃんの寿司が、そんなに優れているってのか!?」
康さんが狼狽えながらも、敗北の原因を探している。
確かに審査員の判断が気になる結果だ……
「男性のお寿司も美味しかったのですが……」
「蒲焼の味が吸収されたというか……私はよく分かってないです」
「でも、蒲焼よりも美味しいって感じたのは本当よ!」
美味さだけで勝ち取った勝利……審査員にも気付かれないトリックでもあるというのか!?
「……すまねぇ、俺にも一貫食べさせてくれねぇか」
雑喉谷は涼葉さんに頭を下げて、涼葉さんの寿司を求める。
「もちろんです」
涼葉さんは快諾し、残っていた食材で同じ寿司をさっと握り、雑喉谷に差し出す。
「見た目は普通……何が……だったら味か」
雑喉谷が涼葉さんの寿司を食べると……その目が見開かれる!
「湯引きなのに、絶妙な塩加減で味がボケていない……! そして決してしょっぱくもない……! なんて……なんて繊細な調理だ! それにこの梅肉のソース……細かく刻んだ茗荷が入っている……鮮烈な香りだ! 蒲焼の余韻を吹き飛ばす……いや違う! それすらも味に加味した調整だというのか!?」
すごい。食べただけでそこまで分析できるのか。雑喉谷は何でスシバトラーなんてやってるんだ? 普通に料理人で食っていけそうだぞ?
「後で涼葉も頂きたいのですが……雑喉谷さんのお寿司、蒲焼を二度焼きして味を濃くしたせいで、酢飯との融和が崩れてしまっていた可能性があります。棒寿司やなれ寿司みたいに馴染ませる時間があれば話は変わるのですが……握りだと、どうしても……浮いてしまう。雑喉谷さんの蒲焼は……美味しすぎたが故に、寿司としての完成度が落ちてしまった。審査員の方もそこに気付かれたのではないでしょうか」
涼葉さんは食べていないのに相手の寿司を分析する! 凄いとしか言えない!
「俺の……完敗だ……!」
床に膝をつき、負けを認める雑喉谷。最近、最後の最後で悪あがきする奴が多かったから、それだけで好感度が高くなってしまう。
とにかく、このスシバトル! 涼葉さんの勝利だ!
やっぱ、サボタージュ要素は必要なかったな!
感想・評価をいただけると、執筆の励みになります。
◇◇◇
こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




