第124話 スシバレットトレイン④
前回のあらすじ:
寿司王が存在しなかった九品目、涙巻きを注文!
◆◆◆
「ねぇ、涙巻きって普通にあるものなの?」
小声で鳥路さんに確認する。もちろん、山葵をすりおろしながら。
「あるにはあるけど、頼んでいる人なんて見た事ない……」
ワサビ巻いただけだもんな。この感じだと鳥路さんも頼んだりした事は無いようだ。
「とにかく、俺は細巻きにできるぐらいすりおろせば良いんだよね? それで時間がかかるって言ったんでしょ?」
「それもあるけど……味の想像をした時にどうにも美味しくならないと言うか……」
鳥路さんは口に手を当てながら、涙巻きの完成予想図を思い浮かべているようだ。
鳥路さんが何かを握る時に迷う事なんて無いと思っていたけど、こうやって悩む時もあるんだなぁと……
「普通の寿司だと脇役だもんね。でも、すりおろさないで一本丸ごと巻くものじゃ無いだろうしなぁ」
そんなことしたら食べれなさそうだ。
「……それだ」
「まぁ、やらないよね……え!? 本気で丸ごと行くの!?」
冗談が鳥路さんに採用され、驚いて普通に大きな声が出てしまった。
「流石に丸ごとはしないけど……ちっ、包丁がないんだった」
鳥路さんはワゴンから新しい山葵を取り出す。山葵を包丁で加工したいようだけど、危ないからという理由でこの場に包丁は無い。
「……山本くん、卸金借りても良い?」
「え? 大丈夫だけど、何に使うの? こっちですりおろそうか?」
金属製のおろし器は山葵の皮をこそぎ落とす役割で使っていた。本来の用途で使う時が来たのだろうか。
「山本くんはそのまま鮫皮ですりおろしていて」
違う? 何にせよ今は使っていないので鳥路さんに卸金を手渡す。
鳥路さんは山葵の皮を卸金の先でこそぎ落とし終わると、小さいまな板の上にその山葵を置いた。右手をタオルで包んで卸金を持ち、左手で山葵を押さえ、そして、そのまま、卸金を持った右手を大きく振りかぶった。
ダァン!
鳥路さんはギロチンのように山葵の茎と根の境界を卸金で切断!
結構大きな音が出だ事で、寿司王も少しびっくりする!
「ちょ!? ど、どうしたの急に!?」
「……やりすぎた」
鳥路さんは振りかぶるのをやめ、卸金で押し切るように山葵を輪切りにしていく。
それが終わると、輪切りの山葵を包丁代わりの卸金で一枚ずつ丁寧に細切りにする。
少し時間はかかったけど、しっかり山葵の細切りが完成した。
鳥路さんがご乱心したのかと一瞬ドキッとしたけど、いつも通り丁寧に細巻きを作る鳥路さんの姿を見てホッとした。具材は俺がすりおろしたワサビとたった今細切りにしたワサビの両方を使うようだ。
今回は包丁を使わずに済むよう、初めから短めに細巻きを巻いていく鳥路さん。イレギュラーな調理が続くけど、出来栄えはいつも通りで流石としか言いようがない。
細巻きが終わると、鳥路さんは残りのホタテとマグロの赤身をさっと握り終え、出揃った寿司を寿司王のテーブルに置いた。
「大変お待たせしました。ごゆっくり」
器の横に醤油とガリの小袋を添えながら寿司王に完成を告げる鳥路さん。
寿司王をそれを見て頷く。見た目はまぁ合格って感じの反応で良いのかな?
「食べる前に……君は本手返しで握っていたが、どこの寿司屋で修行をしたのかね?」
寿司王は鳥路さんの握りのルーツを確認する。
「動画を見て覚えました」
「ど、動画……」
鳥路さんの回答に動揺する寿司王。
あと、なんか視線を感じると思ったらグランクラスのお客さん達がほぼ全員俺達を見ている。スシバトルだ! って言わなかったのは相手が寿司王だからかな?
「見ただけでは、わからない事も多いはずだが……いや、これ以上は食べて判断すべきだろう」
寿司王はホタテをそのまま醤油をつけずに一口で食べる。
目を瞑って鳥路さんの寿司を分析するように味わう寿司王。
「……ふむ、この程よいシャリのほぐれ方……かなりの鍛錬を積んでいるね?」
寿司王の目の前に鳥路さんはいない。鳥路さんは使った道具をワゴンに収め撤退しているからだ。さも当然のように立ち去ろうとしていたので、誰も何も言えなかった。
「ちょ、ちょっと!? 待ちたまえ! まだ終わってない! 終わってないからね!? 戻ってきなさい!」
慌てて鳥路さんを呼び戻す寿司王。
「何かありましたか?」
鳥路さんはワゴンを掴んだままバックする感じでこっちに戻ってきた。
スシバトル宣言を誰かがしないと鳥路さんはこれをスシバトルだと認識していないっぽい。いや、俺も勝手にこれがスシバトルだと思っていたのは良くない。
「なんで帰ろうとしてるの!?」
寿司王が鳥路さんの行動にツッコミを入れる。
「他人に食べている所を見られるの嫌じゃないですか?」
……一理ある。鳥路さん自身は気にしてない派だと思うけど。
「いや! おじさん慣れてるから! そういうの! だから最後まで話を聞いて欲しいな!」
何だろう。寿司王に親近感を感じてしまう。
「……わかりました」
鳥路さんは寿司王のご要望を承諾。
鳥路さん、案外こういう職業も向いているのかもな……ある意味だけど。
「ごほん。ホタテを頂いたが、素晴らしい握りだった。お名前をお聞きしても良いかな」
寿司王の言葉に周囲が騒つく。
「寿司王だろあの人!? 名前を聞かれるなんて相当な名誉だぜ!」
「やるな! あの嬢ちゃん!」
そういう事か。鳥路さんの寿司は寿司王に認められるレベル!
……なんだけど……鳥路さん本人は、その、喜んでるとかそんな感じは一切感じられない。
「……田中仁です」
「え!?」
「え!?」
偽名! 俺と泉さんが驚いて声を上げると鳥路さんは黙ってろと言わんばかりに俺達を睨む!
「失礼……その、それは男性の名前ではないかね?」
寿司王が恐る恐る指摘!
「田中仁です」
鳥路さんは押し通す気だ!
「あ、はい」
押し通った! 寿司王!? 女性に弱いのか!?
わ、わかった。鳥路さんが寿司王相手にも平静だった理由! そして、サービスは平等だと言った理由!
とっとと終わらせて帰りたいだけだこれ!
これ以上面倒な事に巻き込まれたくないから! 駅弁早く食べたいから!
定時帰りしたい学生とか会社員のそれ!
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




