第109話 スシロボメカマシン①
「えー、このように、IKASUSHIには様々な技術が組み合わさって作られていることがわかったかと思います。こうしてIKASUSHIは工業的な寿司ではなく、より人間に近い方法で寿司を握る事ができるのです」
オープンキャンパス当日、階段状に机が並ぶ大きな講堂で俺と鳥路さんは模擬講義を受けている最中だ。模擬という事で内容は高校生向けに簡易になっているっぽいけど、目の前で講義をしている教授は本物。松木教授は人工知能の分野ではかなりの有名人らしい。
癖っ毛でもじゃもじゃしていて研究一筋の博士っぽい見た目だけど、素人の俺が聞いていても話はわかりやすいし、専門的な部分はスラスラと喋るので良くわからないけど凄い人なのは理解できる。鳥路さんも熱心に話を聞いているし。
講堂の大型モニターにはふざけたデザインのイカ型ロボットが映っている。四本のシリコン素材のようなものが被さったロボットアームがヌルヌル動いて寿司を握る映像はなんともシュールさが残る。
「さて初めに少しお話しましたが、IKASUSHIの動作制御にはこの大学で開発されたAI、FaiNが採用されています。注文内容を解釈して意図した寿司を握ったりできるのは彼女のおかげです」
FaiNは知っている。今年公開されたチャット型のAIだ。FaiN-miniというアプリが俺のスマホにも一応入っている。調べ物に対して正しい情報を教えてくれるので重宝しているのだけど、スシバトルについて聞いた時は存在しないって言ってたのになぁ……
それに彼女ってことはFaiNは女性という設定なのかな。AIに性別なんてあるのかという疑問はあるけど、声とか見た目が女性ならまぁ女性になるのか……
「彼女は今でこそIKASUSHIで寿司を握っていますが……実は色々と応用が効くAIなんです。と、その前に、僕の研究室でこの技術をFaiNの研究とIKASUSHIの開発をしている学生をご紹介しましょう。鳴海さん、お願いします」
学生が作ってるの!? ど、どんな人が来るんだ……と思っていたら松木教授の発表スライドを操作していた女性が松木教授とバトンタッチする形で壇上に上がった。
この人が……年上のはずなのに同い年ぐらいに見える……身長のせいだろうか。どことなくリスっぽく活発な雰囲気を纏っており、俺のイメージする研究者とはかけ離れている印象だ。ただ彼女の表情は非常に大人びており、できる側の人間である事に違いはなさそうだ。
「ご紹介に預かりました、修士一年の鳴海瑠奈です。FaiNの世話……じゃなくて、最適化とAIと人との物理的な交流について研究をしています」
AIの調整とかをメインにやってるのかな? 愛着が湧くとお世話にみたいになるものなのだろうか。全然イメージできないけど……プログラミングとかその辺に詳しくなるとそうなるのかもしれない。
「松木教授の説明にもありましたが、IKASUSHIは実際のお寿司屋さんのようにお客さんと会話をしながら、お客さんの望んだ寿司を握る事が可能です。おまかせもできますし、マグロを食べたい、ワサビは抜いて欲しいなど、細かい注文を受けてから作業する事もできます。ロボットと会話を通じて未来の日常生活を実現していくのが私の夢です」
パンフレットとネットの記事とかでも確認したけど、実際かなり凄い技術だと思う。単に作るだけの寿司ロボットではなく、SF世界の会話する寿司職人ロボットが現実に飛び出してきたような印象だ。
「寿司を握るところからスタートしている研究ですが、FaiNによる動作のトレースとコミュニケーション能力を応用すれば様々な分野での活用ができると考えています。専門的な知識が必要な作業には資格が必要だったりするので、実現が難しい部分も当然ありますが……法律を考えていたら夢のある研究なんてできませんからね!」
夢のある研究……この人はやりたい事をやるために院にまで進んで研究しているんだろうな。将来の夢なんて、小学生の作文で書いたっきりで高校生になってまともに考えた事がなかったな。自分がやりたい事……か。
「本日、知能コースの模擬講義に参加してくださった皆様には、この後展示スペースで実際にIKASUSHIが握った寿司を食べて貰うことができます! 入場時に配ったチケットを展示の担当者……まぁ要するに私に渡してくださいね! 二貫程度でお腹は膨れないので、お昼食べてからでも大丈夫ですよ! 本日は食堂も開放されていますので、ぜひご利用ください!」
鳥路さんの目が輝く。やはり寿司が目的か……いや、俺も凄い気になるし、鳥路さんの気持ちは理解できる。
入り口でもらったチケットは手作り感溢れるチープなものだけど、しっかりIDが振られており、複製を許さない情報系大学としての強い意志が見える。
「ナルが朝市で買ってきた新鮮な寿司ネタをご賞味できますよ! 是非、IKASUSHIの展示スペースで私の寿司を食べに来てください! そしてアンケートにIKASUSHI最高と答えてくださいね!」
鳴海さんの声でも無い、ましてや松木教授の声でも無い知らない女性の声が講堂のスピーカーから聞こえてくる。話の内容的にIKASUSHI……いや、FaiN喋っているのか!?
そういう演出かと思ったけど、右手で頭を抱える鳴海さんを見る限りそうじゃないっぽい。松木教授は……ニコニコしてるからこの人の仕業かな?
「えー……はい、フレ、FaiNもそう言ってますので、よろしくお願いします。松木教授にマイクをお返ししますね」
鳴海さんは壇上に残ったまま、戻ってきた松木教授にマイクを手渡す。
「ふふ、お茶目なAIでしょう? では質問がある方は遠慮なく手をあげてください! IKASUSHI関連は鳴海さん、他は僕が答えますよ! どんな質問でも大丈夫!」
やる気のある参加者が一斉に手を上げる。鳥路さんも手を挙げていたが他の人に質問権が渡ったようだ。これだけいると時間内に全員の質問に答えるのは厳しそうだ。
俺はIKASUSHIがどんな寿司を握るのか期待を寄せながら、参加者の質問と松木教授と鳴海さんの回答をぼんやりと聞いているのであった。




