第106話 スシインザサマー①
夏休み。海に行ったり山に行ったり、部活で汗を流したり家でゴロゴロしたりと、学生の個性が見えてくる長期休暇である。俺、山本葵はどちらかというとお家でゴロゴロ派であり去年の夏は記憶に残らない時間を過ごしていた。
……しかし、寿司同好会に所属した今年の俺は一味違う。
「鳥路さん落ち着いて! 函館に来てまでスシバトルする事は無いよ!」
「わ、わかってる……」
鳥路さんと俺は北海道函館市のとある寿司屋にいた。
現在俺はその寿司屋のカウンター席で隣に座る鳥路さんが寿司を食べてキレそうになっているのをなだめている最中だ。
鳥路英莉。この春、神奈川の桶ヶ丘高校に北海道から転校してきたクラスメイト。寿司への拘りや熱量でこの人を超える女子高生はそう多くはいないだろう。基本的に冷静沈着、善人で常識的な振る舞いをする人ではあるのだけれど……寿司の事になると先程のように感情が爆発する時がある。
そして、なぜ神奈川の高校生の俺達が北海道にいるのか。
それは俺達の目的が函館市の大学のオープンキャンパスに参加するため……という建前で函館市で寿司屋巡りをするためである。
鳥路さんの提案で計画されたこの旅行。まさか本当に二人で行く事になるとは思っていなかったけれど、結果的に来て正解だった。
鳥路さんと一緒だからという理由は勿論あるけど、大学がどんな場所なのかを知る良い機会だったからだ。
今の所、北海道の大学に行くつもりはないけど……まぁ参考にするならどこでも良いだろう。俺はまだ何をしたいかってハッキリ決まってないし……鳥路さんはどうなんだ? もうやりたい事決まってるのかな……
「このイカ……! 皮が……残ってる! 寿司がっムグゥ!」
「と、鳥路さん! 抑えて! せ、鮮度は良いからさ!」
ふ……こうなることは多少想定はしていたけどさ……
実際、鮮度が良くて美味しい寿司なのだけれど……鳥路さんが指摘するようにこのお店は少し仕事が雑なようだ。根木さんが北海道の寿司は鮮度だけなんて言っていた事を思い出すような寿司である。
鳥路さんと出会ってから早数ヶ月……俺もなんだかんだ寿司に詳しくなってしまっていた。
「おう、にいちゃん達。イチャつくなら他でやってくれねぇか? うちは寿司屋でデートスポットじゃないんだわ」
「あ、はい! すみません! ははっ! 気を付けます!」
そしてこの店主の態度である。頼むからこれ以上鳥路さんを刺激しないでくれ!
「むーっ!」
鳥路さんの口を押さえたまんまだった……
「ごめんごめん! と、とにかく次の寿司ネタ頼もうよ!」
「穴子! 二人分!」
手を離した瞬間に鳥路さんが店主にオーダーを入れる!
「あいよ」
ここに来て甘めの寿司……鳥路さんは締めに入ってきていると思って良いのだろうか。それに、寿司屋で穴子が不味かった記憶があんまり無いので、鳥路さん的にも無難な選択をした可能性があり得る。
店主の握り方は慣れた感じではあるものの、ここ数ヶ月で俺の目が肥えてしまったのか大して上手な握り方には見えない。鳥路さんや帯刀さんの技術が世間一般的にも逸脱している事を改めて思い知る。
「穴子お待ち」
俺と鳥路さんの寿司げたの上に穴子の寿司が乗せられ、店主がその上にさっとはけでツメを塗ってくれた。
見た目は悪くないけど……鳥路さんが満足するかどうか……
せめて俺の舌は満足する穴子であってほしい。そう祈りながら穴子の寿司を口に入れる。
甘辛いツメはちゃんとした風味だけど……穴子が煮崩れしてるわりに、全然味が染みてる感じがしない。それになんか……生臭い?
慌てて隣に座る鳥路さんを見ると、箸を握ったまま無言で震えていた。
これはまずい。二つの意味で……!
「寿司が……!」
鳥路さんが握っていた箸をへし折る! 怖い!
「あん? 俺の寿司がどうしたってんだ?」
店主が鳥路さんの異変に気付くも当然この後何が起きるかまでは気付けていない!
鳥路さんが折れた箸をテーブルに叩き付け、席から立ち上がる!
「寿司が! 泣いている!」
鳥路さんがキレた……!
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




