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正しさを求めて  作者: カチョー
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急展開

「イギリス時刻十八時は、日本時刻で……三時? いや、これ朝の三時だ。うわー。これまじで行くの?で、近くの公園ね。うーん、まあ行ってもいいかな」


 自宅へ帰る途中で手紙のことをスマホで調べ終え、空を眺めて道を歩いていた。

 空はすっかり雲に覆われて、今にも雨が降り出しそうだった。


「紅陽が今の空を見たら、『私には分かる。この世の闇が。私には見える。この世界の真理が。空を見よ。暗き門より霊水は溢れ、世界に混沌をもたらすだろう……』とか言って、僕が振り向いたらもう居なくなってるんだろうな」


 紅陽がいることによってなんとか僕はこの平凡な日常にも耐えることができているなら、紅陽には感謝しなきゃいけないのかもな。

 静かな空気にはさっきの呪文の余韻と僕の足音だけが響いていた。すると、林の茂みからガサガサと物音が聴こえ、華奢な人影が近付いて来た。


「君、今頃にもなって厨二病を発症したのか?少し、いや、凄く見苦しいよ……」


 その声を聴き、僕は思わず息を呑む。


 泉から湧き出た清水のように冷涼で澄んだ声と、聴く者の耳を魅了する、風鈴のように涼やかで聴き心地の良い声色。そして、まだ少女のあどけなさが残っているが、少し無愛想で、静謐な雰囲気を纏った顔。完璧に均整の取れた顔立ちをしている。白銀に輝く艷やかな長い髪、碧眼のまなこはどこまでも澄んで見える。


 彼女が身を包む白銀のローブは風が少し吹くたびになびき、体の曲線をありありと感じさせる。

 しばらく見惚れていたが、ニュースのことを思い出して咄嗟に声をかける。


「レ、レイナ? 行方不明になってるって……っ! その腕の傷は?」


 血は止まっているようだったが、腕の辺りをスコップで浅く掘ったように皮膚が削られているのを見て思わず眉をひそめ、少し声を荒げてそう言うと


「そんなに大声を出さないでくれ。少し厄介事に巻き込まれただけさ。私は君に用事があって来たんだよ、サトル君」


 なんのことだがさっぱり分からない。


「……僕に?」


「ああ、君の自宅に、お父さんが残した絵画があるはずだ。私はそれを探しているのさ」


「『カイガ』? 聴いたことないけど……」


 なんの話をしているのだろうか。

「フフ、そうだろうさ。君の父親は非常に誠実な人だったよ。おっと、こんな話をしている暇はないんだった。案内してくれないか?」


「え? いや、待ってよ。何がなんだか分からないんだけど。レイナのほうがよっぽと厨二病に見えるよ。何が起こっているの?これ、現実?」

 矢継ぎ早に僕が言うと


「そうさ。でも、ここで話すと長くなる。後で話をしようか」


 現実ではあまり聴かないセリフだったが、その瞳には強い意志が感じられた。それに気圧されて、僕は頷いてしまった。


「とりあえず分かったよ。腕のケガ、すごく痛そうだし……家はすぐそこだから。ほら」


 そう言って家の中へと彼女を招き入れる。

とりあえず腕の治療を、と思っていた僕は救急セットのあるところへと早足で向かい、すぐに持って帰ってくると、レイナがこう尋ねた。


「君のお父さんの部屋は?」


 腕のケガは気にならないのだろうか?流石に手当てしたほうがいいと思い

「いや、まずケガを治療したほうが……」


 僕がそう言うと、レイナは言われるまで気が付かなかったとでもいうような声の調子で


「ああ、そうだったね。ありがとう、サトル君」


 と、言って腕の治療を始めた。

 治療が終わるまで、と思いレイナの横顔を眺めていると、その様子は離れ離れになった頃からまるで変わっていないように見え、まるで世界の美しさが全てレイナに集まっているようだった。


「何見てるんだい? 少し顔が赤くなっているような……」


 僕の方へ少し顔を寄せ、少し微笑して挑発気味にジト目でそう言う。


「い、いや、なんでもない。父さんの部屋はこっちだよ」


 レイナから顔をそらし、自分の感情を隠すように言い返す。

 薄笑っているレイナを後ろに引き連れ、部屋へと移動する。

 からかわれているのに昔を懐かしむ気持ちの方が大きいのか、不快感を感じない自分が少し気持ち悪かった。

 部屋の扉を開け電気を付けると、ドアを開けた拍子に小さなホコリが無秩序にふわふわと舞っていた。


「連れてきたはいいけど、ちゃんと説明してよね」


「もちろんさ。君はこの世界において大切な役割をいずれ果たすからね。いやがおうでも知ってしまうだろうさ」


 僕が? 傍観者としてなら厄介事に巻き込まれてもいいけど、当事者はちょっと……と考えていると、レイナはなにやら豪華な額縁を取り出した。


「多分この額縁じゃないかな。っと、お、当たりみたいだね」

 と、額縁を操作するようにしながら言うと、額縁の内部が生き返ったようにパーっと光を放った。


「ほら、これが絵画だよ」


 僕はその聞き慣れていない「カイガ」という言葉を脳内で反芻し、額縁へと視点を移すと、そこには一枚の風景を切り取っているようなものがあった。写真で撮った画像、と表現したかったが、それとも違った。だが、風景だと分かる、現実の風景とは全く異質で異様な美しさを醸し出していた。


「これが、『カイガ』……」


「気に入ったかい? ヨハン・ヨンキント作の『ドルトレヒトの月明かり』だね。君のお父さんのお気に入りだったんだってね。あ、君に言っても分からないか」


 父さんの記憶はあまり残っていない。母親によると、僕が幼い時に突然消えてしまったらしい。父親の話を聞いてふと昔を思い出した。

 すると、レイナが手を叩いた。

「さあ、お待ちかねの質問タイムとしよう。なんでも知りたいことを聞くといい」

 こちらへ向き直して楽しげに言い、僕は少し考えてからこう返した。


「僕は、その『カイガ』ってやつを今見るまで一度も知らなかったし、見たことがなかった。レイナは知ってるみたいだったけど……これは、どうして? あと、―」


 僕が続けようとすると、レイナに遮られた。

「質問は一つずつ答えるよ。」


 彼女は「そうだな」と小さく呟き、円を描くように歩き始めた。


「少し衒学的に始めよう。この世界にはない言葉だけど、オスカー・ワイルドはこんな言葉を遺している。

『芸術が自然を模倣するのではなく、自然が芸術を模倣する。』ま、端的に言うと芸術が自然を真似して描かれているものであるはずなのに、自然よりも芸術の方が美しく描かれているから、自然を芸術へと寄せる必要がある、と彼は言ったのさ」


 そこで歩みを止め、僕の目を見た。


「……だが、これは、傲慢な考えだよ」


 ささやくようにこう言ったが、辺りの空気感が重くなる程に暗い口調だった。

 レイナは感傷的になっているようだったが、僕は話の続きが気になって素朴な疑問を投げる。


「それが、どうしたの?」


「まあ、そう結論を急がないで。さっきの話の続きをしよう。芸術が―」


 レイナが話を続けようとした時、僕のスマホに電話がかかってきた。母さんからだ。


「母さん、どうしたの?」


「サトル〜、家の鍵忘れちゃったから、玄関の鍵開けて〜」


 気だるそうな口調にあった行動をしてくれる。なんてドジな母親だ。せっかくいいところだったのに。


「はいはい、分かったよ母さん、今行く」


 面倒な気持ちを隠そうともせずにそう返し、レイナに今のことを話す。


「母さんが鍵を忘れたから、玄関の鍵を開けてくるよ。あ、レイナはこのまま家にいる?」


「まあ、この場にいて起こる不都合も特にないからな……まったく、こっちは世界の命運に関わる大事な話をしているというのに。さっさと済ませてくれ」


 呆れた様子のレイナに背を向けて僕は玄関へと向かった。


 カチャ。


「はい、母さん、開いたよ―」


 ドアを開けると、そこには見知らぬ男がいた。警察の服を着ていたが、服の色は赤色で全身の輪郭がぼやけていた。


「内宮了、お前を現実擁護罪で逮捕する。来てもらおう」


 低い声で男は定型文を喋るようにそう言うと、僕の右腕をガシッと手で掴んだ。張り付くように僕の右腕をつかんでいて、僕は左手で力を振り絞りどかそうするが、全く動かない。


「げ、現実擁護罪? そ、そんなの知りませんよ!」


 慌てて僕は返すが


「いずれ分かる……」

 と、相手は至って冷静にそう言い放ち、唐突に腹部を殴ってきた。


「ッ!」


 声にならない叫び声を挙げ、腹部の痛みに全神経が集中し、耐えきれなくなって前に倒れた。その拍子に指先に雨粒が落ちる感覚が伝わってきた。


「レ……イナ……」


 僕の遠のく意識の中でおぼろげに見えたのは、こっちへ急いで向かっているレイナの姿であった。

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