24-5.永瀬祈織
『ちょっと話したいから、ホテルのバーで飲まん?』
祈織からメッセージが入り、私はバーに向かった。
祈織や他のメンバーとご飯に行ったことはあるけど、結局、飲みに行ったことはなかったな。そもそも、寄って変な写真撮られたり、出来事を引き起こしたりしたくなかったから、あまりこういう場所に来たことが無い。
バーは私のイメージ通りに薄暗く、大人の雰囲気を醸し出していた。その中を照らす照明の光が、色とりどりのカクテルの中を屈折して、幻想的な光源を演出していた。
「かおる! ここやで。……お疲れさん」
「おつかれさま、祈織」
祈織はすでにバーで待っており、何かを飲んでいた。その姿は様になっている。長い手足も整った顔立ちも、彼の色気を過不足なく構成している。
永瀬祈織は、つかみどころのない男だ。
生きる道を自分以外の何かに依存している。でも、依存しているニンゲン特有な痛々しさはなく、いつも飄々としている。ゆるっとした雰囲気とキレのあるダンスはギャップを生み出し、見る者を夢中にさせる。統一性が無いようで、一貫した人生観を持っている。
祈織は舐める様にカクテルを楽しみながら、横目で私が座ったのを確認した。
「どうやった? 葬式は」
「……卒業ライブの事、葬式って言わないでよ」
「かおるからしたら似たようなもんやろ」
祈織は既に酔っているのか、刺すようなブラックジョークが飛び出す。
「ボクは良い葬式だったと思う」
「……僕もよかったと思う。今までで一番うまく歌えたし、楽しく踊れた」
今日は良いライブになった。
桃井薫の終わりかつ、Aioonの始まりのライブ。
喜びと悲しみ、愛と哀。喜怒哀楽全てが詰まった宝石箱のようなライブ。
私に向けられる目線は様々で、刺すように、抱きしめるように、存在していた。
私の理想は、幕を閉じた。
「寂しくなるなぁ」
「……ありがとう。僕もそう思う」
「Aioonの第一章完結! って感じや」
「個人的には第0章だと思うんだけど……ふふっ」
私は祈織に薦められたカクテルに口をつける。それは、私のメンバーカラーだったピンク系の色合いで、ふわっと鼻を通るような甘い味がした。
それからそのカクテルが空になるまで、私達は他愛もない会話をした。不思議と今日のライブやこれからの仕事の話にはならなかった。
2杯目を頼もうとした時、祈織の手が私の髪にかけられる。指は髪に絡み取られるように、潜っていく。くすぐったくなって私が身をよじると、まるで逃がさないとばかりに祈織は私の頭に手を添えた。
「ファンを顧みなくてもそれが許されるアイドル。パフォーマンスで周りを圧倒させる。観客の傷になるアイドル……やったけ」
「祈織……?」
「ボクにキミの理想を預けて欲しい」
「え?」
「ボクがキミの理想のアイドルになる」
私の理想のアイドル。それはファンを顧みらず、ただ己の卓越した技術で民衆の羨望を集める。誰のものにならず、愛と恋を謳う。
そんなアイドル。
そんなアイドルは、現代日本人としては生きづらい。
「何で、そんな事――」
「前に言ったやん。指針がある方が動きやすいって。……キミの理想をボクの指針にしたいんや」
言葉の意味は理解できたが、そう望んだ理由が私にはわからなかった。
適切な言葉が見つからず、口をパクパクさせて、意味をなさない音と空気を吐き出す。
「まぁ、キミが許してくれんくても、勝手に奪わせてもらうんやけど……あと、もう一つ」
祈織は私の左手を取ると薬指を撫でた。その手は強引だったが、どこか優しかった。私はされるままにその様子を眺める。
「ボクはアイドルになるから、キミに好きだって言えん。……だから、アイドル辞めた後も、ここが空いてたら、僕にチョーダイ?」
まるで、告白のようだ。いや、告白だろう、こんな言葉。
「なに、それ」
「んー。告白のキャンセル待ち?」
「……告白のキャンセル待ちなんて聞いたことない」
「ボクも初めて言ったわ」
いつも通り、何も変わらない表情で、祈織はケラケラと笑う。
私は手を振り払おうとしたが、上手く力が入らず、結局そのままだった。
蜘蛛の巣に絡み取られた蝶のように、私の感覚全ては祈織の思うがままであった。
「何で……私、そんな好かれるようなことーー」
「好きになるのに、理由とかいるん? 笑い顔がかわいいとか、気が合うとか、常識感覚が似ている……ぐらいなもんやろ。もしキミが、互いの弱いところをさらけ出して乗り越え合うのが恋愛と思ってんなら、それはゲームの中だけやで」
「そんなの」
子ども扱いされているかの言葉に、ちょっとムッとする。でも、そんな私の表情の変化すら、祈織は楽しそうに見ている。
「ボクはキミの、コロコロ笑うとこが好き。自分をちゃんと持っているところが好き。1人で抱えてしまうとこを、甘やかしたいって思う。……普通に顔面もタイプ」
そう語る祈織の声は、ドロドロに煮詰めたキャラメルのように甘ったるかった。体の柔らかいところをぐずぐずにされるように感じた。
「でも、ボクはキミの理想を引き継ぎたいって思った。だから、恋人にして欲しいって言えん。キミは、他人はともかく理想のアイドルは恋愛するもんやないって思っとるやろ?」
もはやそれは恋人にしろと言っているようなものじゃなかろうか。
私が言葉を返そうとすると、祈織は私の握っていた手を私の口元に持っていき、黙らせるように人差し指を立てた。
「……今はまだ。何も聞きたくない」
なんだそれ。何か言わせてほしい。……でも、何を言えばいいのかわかっていないのも事実だ。
いつも穏やかな表情で私を見つめていた祈織の瞳は、別人のようになっていた。熱を帯び、こちらを支配せんとしている。
祈織の事は好きだ。でも、恋人にしたいかといわれると分からない。だって、今日までは同じアイドルグループの仲間だった。兄のように思っていた。
それに祈織は私の理想を引き継ぐと言った。つまり、私の理想はまだ続いていくの?
それは嬉しいこと? それともーー
祈織は私の唇から指を離すと、そのまま私を抱き寄せた。
「かおる、卒業おめでとう」
私はこの日、私の理想から卒業した。
私の理想は目の前の男に相続された。
動画で、紙面で、彼を見るたびに、彼の声を聞くたびに、私は理想を忘れられない。
永瀬祈織のテーマ『夢の相続』『互いを知る』




