↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/39

24-4.宮原正樹


『ちょっと話したいから、薫君の部屋に行っていい?』


 正樹からそんなメッセージが入り、私は了承した。暫く待っていると、ノックが聞こえる。


「はいはい、今開けまーす。……正樹、どうしたの?」

「いきなりごめん」

「ううん。とりあえず入りなよ」


 部屋の前にいた正樹は風呂上りだったようで、どこかしっとりとしていた。

 真顔のまま、じっとたたずんでいる。


「……部屋行っていいって聞いた俺もあれだけど、断りなよ」

「正樹?」

「何でもない」


 正樹を部屋にある椅子に座らせ、自分はベッドに腰掛けようとした。しかしそこで、部屋のカーテンを開けていたことに気が付き、閉めようと窓に寄る。

 ホテルの部屋からの夜景はどこか人工的に感じた。高層ビルや信号機の光が街を照らしている。もうだいぶ遅い時間だが、街はまだ眠らない。


 宮原正樹は最初から最後まで不思議な青年だった。寡黙なようでよくしゃべる。喋り始める前に色々考えるので、その分寡黙に感じるのだと思う。行動的ところがあり、驚かされることも多々あった。そして彼は天才作曲家でもある。彼の作り出すメロディーは哀しさの中にどうしようもない優しさがあり、聴く側を引き付けた。

 そして彼は私に「共犯」だと言ってくれた。


 正樹はおもむろにスマホを取り出すと、何かを操作した。私のスマホがブブブと音を立てる。その送り主は目の前にいる正樹だった。

 どういうことかと、それを開く前に私は正樹を見つめたが、正樹は目線でメッセージを開くよう促すだけであった。


「それ、餞別に。……卒業おめでとう」

「?」


 正樹から贈られてきたのは音源ファイルだった。“agape”と題されている。


「……桜井文香のこと考えて作った。貰って欲しい」

「え!? 私のために曲を作ってくれたってこと? あ、ありがとう!」


 今ここで聞いていいかを正樹に確かめ、音源を再生する。

 その曲はとても美しかった。優しい音色の中にーー鉄琴だろうかーー軽やかな金属の音のような響きが跳ねている。しかし、サビが終わった瞬間に転調し、どこか不安な曲調に変化した。壊れてしまいそうなそれは私の胸に迫る。曲の最後は冒頭のような優しい響きに戻り、終了する。


 終わりの美学。正にそんなような曲だった。


 スッと生暖かいものが頬を伝う。いつの間にか、私は泣いていた。


「とても、いい曲だった。ありがとう正樹」

「……こちらこそありがとう、薫君」

「どうしてこれを私に?」


 正樹は静かに考えこんだ。こちらが困惑するぐらいに首を曲げ、天を仰ぐ。


「なんでだろうね」

「え?」

「おれ、分かんないことばっかりだ」


 思わぬ正樹の答えに、私は拍子抜けした。情けない声が部屋に響く。

 正樹は申し訳なさそうに、頬をかくと、しばらく考え込み口を開いた。


「んーでもまぁ、なんか、薫君というか文香さん?を見てると、自然と音楽が浮かんでくるんだよね」

「そう、なの?」

「うん」


 正樹から告げられた2つの名前に変な感覚を抱きながら、私は正樹の次の言葉を待つ。


 そう言えば以前、私は彼の楽曲にネガティブなテーマが多いことを指摘したことがあった。もし、さっき正樹が言った「私を見ていると音楽が浮かんでくる」という言葉が本当なら、あの時の私がネガティブな状態だったから、正樹の作る曲もネガティブなテーマになったのだろうか。でも、あの時曲にしたのは他のメンバーだし考えすぎか? でもーー


 正樹に関する考察が思いつき、すぐに否定が生まれる。そんなことを続けているうちに、正樹も自己分析が終わったようで、声を発しようとしていた。


「……多分これは、薫君への卒業祝いであり、その表明の曲なんだと思う。これからも、きみのことを曲にしたい。きみと共に曲を作りたい」


 今までわからなかったことが判明したかのように、納得した表情で正樹は語った。


「おれはこれからもAioonの楽曲を作ることがあると思う。……これからのおれが作るAioonの曲は全部きみをテーマにしたい」

「……匂わせ楽曲だなんて最悪だよ」

「元メンバーで友達だからノーカン。ファンの人も許してくれるよ」

「でもーー」


 正樹の言葉は嬉しかったのに、否定するような言葉が生まれる。でも正樹は気にしたようでもなく、コロコロと笑った。


「おれが君を曲にすれば、桃井薫はずっとAioonに居続ける。それが俺にできる事。……おれときみは共犯だ」


 共犯。それは私と正樹を繋ぐ言葉だった。半年前も同じ言葉を正樹は私に送ってくれたが、今のそれは半年前とは少し色が違う、そんな気がした。

 でも、嫌な気分は全くしない。


 私が再び漏れだしそうな涙を必死にこらえていると、正樹が「手を貸して」と言って許可も待たずに、私の手を取った。

 そして、掌同士をぴたりと合わせる。正樹の手は私よりだいぶ大きく、骨ばっていた。


「おれ、全身で自然を感じるのが好きなんだよね。風とか、外の熱とか」

「……日向ぼっこもそう言う理由?」

「うん、そう。こうしていると、きみの熱がおれに伝わってくる。……いや、お互いの熱が溶けだしているみたいじゃない?」


 正樹が言った通り、掌は互いの熱が一緒になるようにぴたりと重なっていた。正樹の手が温かいのか、私の手が温かいのか。それは分からなかったが2人の手は心地よい温かみがあった。

 正樹の手はどこがごつごつしている。指の腹はピンと張っており、固い。私の手とは全く違う。でも今この時、熱だけは一緒だった。


 正樹は私が泣き止むまで、私の手で遊んでいた。揉んだり撫でたり、そっと自分の手で包み込んだり。途中、くすぐったくなって私は笑ったが、なぜか涙は止まらなかった。緩やかな時間を過ごした。


 私と正樹は今までもこれからも共犯である。

 彼が曲を作り続ける限り、桃井薫というアイドルAioonに存在し続けるのだろう。


宮原正樹のテーマ『共犯』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。