24-4.宮原正樹
『ちょっと話したいから、薫君の部屋に行っていい?』
正樹からそんなメッセージが入り、私は了承した。暫く待っていると、ノックが聞こえる。
「はいはい、今開けまーす。……正樹、どうしたの?」
「いきなりごめん」
「ううん。とりあえず入りなよ」
部屋の前にいた正樹は風呂上りだったようで、どこかしっとりとしていた。
真顔のまま、じっとたたずんでいる。
「……部屋行っていいって聞いた俺もあれだけど、断りなよ」
「正樹?」
「何でもない」
正樹を部屋にある椅子に座らせ、自分はベッドに腰掛けようとした。しかしそこで、部屋のカーテンを開けていたことに気が付き、閉めようと窓に寄る。
ホテルの部屋からの夜景はどこか人工的に感じた。高層ビルや信号機の光が街を照らしている。もうだいぶ遅い時間だが、街はまだ眠らない。
宮原正樹は最初から最後まで不思議な青年だった。寡黙なようでよくしゃべる。喋り始める前に色々考えるので、その分寡黙に感じるのだと思う。行動的ところがあり、驚かされることも多々あった。そして彼は天才作曲家でもある。彼の作り出すメロディーは哀しさの中にどうしようもない優しさがあり、聴く側を引き付けた。
そして彼は私に「共犯」だと言ってくれた。
正樹はおもむろにスマホを取り出すと、何かを操作した。私のスマホがブブブと音を立てる。その送り主は目の前にいる正樹だった。
どういうことかと、それを開く前に私は正樹を見つめたが、正樹は目線でメッセージを開くよう促すだけであった。
「それ、餞別に。……卒業おめでとう」
「?」
正樹から贈られてきたのは音源ファイルだった。“agape”と題されている。
「……桜井文香のこと考えて作った。貰って欲しい」
「え!? 私のために曲を作ってくれたってこと? あ、ありがとう!」
今ここで聞いていいかを正樹に確かめ、音源を再生する。
その曲はとても美しかった。優しい音色の中にーー鉄琴だろうかーー軽やかな金属の音のような響きが跳ねている。しかし、サビが終わった瞬間に転調し、どこか不安な曲調に変化した。壊れてしまいそうなそれは私の胸に迫る。曲の最後は冒頭のような優しい響きに戻り、終了する。
終わりの美学。正にそんなような曲だった。
スッと生暖かいものが頬を伝う。いつの間にか、私は泣いていた。
「とても、いい曲だった。ありがとう正樹」
「……こちらこそありがとう、薫君」
「どうしてこれを私に?」
正樹は静かに考えこんだ。こちらが困惑するぐらいに首を曲げ、天を仰ぐ。
「なんでだろうね」
「え?」
「おれ、分かんないことばっかりだ」
思わぬ正樹の答えに、私は拍子抜けした。情けない声が部屋に響く。
正樹は申し訳なさそうに、頬をかくと、しばらく考え込み口を開いた。
「んーでもまぁ、なんか、薫君というか文香さん?を見てると、自然と音楽が浮かんでくるんだよね」
「そう、なの?」
「うん」
正樹から告げられた2つの名前に変な感覚を抱きながら、私は正樹の次の言葉を待つ。
そう言えば以前、私は彼の楽曲にネガティブなテーマが多いことを指摘したことがあった。もし、さっき正樹が言った「私を見ていると音楽が浮かんでくる」という言葉が本当なら、あの時の私がネガティブな状態だったから、正樹の作る曲もネガティブなテーマになったのだろうか。でも、あの時曲にしたのは他のメンバーだし考えすぎか? でもーー
正樹に関する考察が思いつき、すぐに否定が生まれる。そんなことを続けているうちに、正樹も自己分析が終わったようで、声を発しようとしていた。
「……多分これは、薫君への卒業祝いであり、その表明の曲なんだと思う。これからも、きみのことを曲にしたい。きみと共に曲を作りたい」
今までわからなかったことが判明したかのように、納得した表情で正樹は語った。
「おれはこれからもAioonの楽曲を作ることがあると思う。……これからのおれが作るAioonの曲は全部きみをテーマにしたい」
「……匂わせ楽曲だなんて最悪だよ」
「元メンバーで友達だからノーカン。ファンの人も許してくれるよ」
「でもーー」
正樹の言葉は嬉しかったのに、否定するような言葉が生まれる。でも正樹は気にしたようでもなく、コロコロと笑った。
「おれが君を曲にすれば、桃井薫はずっとAioonに居続ける。それが俺にできる事。……おれときみは共犯だ」
共犯。それは私と正樹を繋ぐ言葉だった。半年前も同じ言葉を正樹は私に送ってくれたが、今のそれは半年前とは少し色が違う、そんな気がした。
でも、嫌な気分は全くしない。
私が再び漏れだしそうな涙を必死にこらえていると、正樹が「手を貸して」と言って許可も待たずに、私の手を取った。
そして、掌同士をぴたりと合わせる。正樹の手は私よりだいぶ大きく、骨ばっていた。
「おれ、全身で自然を感じるのが好きなんだよね。風とか、外の熱とか」
「……日向ぼっこもそう言う理由?」
「うん、そう。こうしていると、きみの熱がおれに伝わってくる。……いや、お互いの熱が溶けだしているみたいじゃない?」
正樹が言った通り、掌は互いの熱が一緒になるようにぴたりと重なっていた。正樹の手が温かいのか、私の手が温かいのか。それは分からなかったが2人の手は心地よい温かみがあった。
正樹の手はどこがごつごつしている。指の腹はピンと張っており、固い。私の手とは全く違う。でも今この時、熱だけは一緒だった。
正樹は私が泣き止むまで、私の手で遊んでいた。揉んだり撫でたり、そっと自分の手で包み込んだり。途中、くすぐったくなって私は笑ったが、なぜか涙は止まらなかった。緩やかな時間を過ごした。
私と正樹は今までもこれからも共犯である。
彼が曲を作り続ける限り、桃井薫というアイドルAioonに存在し続けるのだろう。
宮原正樹のテーマ『共犯』




