24-3.福良結
『ちょっと話したいから、ガーデンチャペルに来て欲しい』
結からのメッセージを受け、私はホテル併設のガーデンチャペルに向かった。そもそも、こんな夜にガーデンチャペルに入れるのかと思ったが、不思議と扉は開いていた。
「……入っていいの?」
「いいよ」
「うわっ」
扉から中を覗いていると、後ろから結に声をかけられて、飛び上がる。
結はケラケラと笑うと、なぜチャペルに入れるかを説明してくれた。
「俺たち、明日ここで撮影があるんだ。だからその準備のために今日から貸し切りにされてる。……マネージャーに頼んで、数時間だけ開けてもらった」
「あぁ、なるほど。……ライブ明けなのに大変だね」
「まぁ、午後からだし」
納得しつつ、自分のいないAioonの仕事に戸惑う。こんなことがこれからいくとどなくあるだろう。早く慣れなければ。
ガーデンチャペルは木と緑を中心とした、美しい建物だった。大きなガラス窓からは美しい庭園が見える。シンと静まるチャペルは、不思議な雰囲気だった。
結に手を引かれ、一番前の席に腰掛ける。
「改めて、おつかれさま」
「……お疲れ様」
福良結は爽やかな男だった。
最初はそう思っていたが、段々と印象は変わっていった。
結と私はどこか似ている。理想が手に入りそうで、手に入らない感じ。
でも、私がそう言っても、彼は「似てない」って言うだろう。
結は「卒業祝い」と言って、どこからか花束を取り出した。ピンクと黄色の花を中心にしたそれは可憐で素敵だ。
「え、いいの? ……ありがとう」
「ん。卒業といえば花束だからなぁ」
名門学校、劇団に身を置いていた結は、誰かを身を繰る機会も多かっただろう。
特別なステージに花束。まるで卒業加入制の女性アイドルの、卒業ライブのようだ。心の中でクスリと笑う。
結は私の隣に座り直すと、ゆっくりと口を開いた。
「俺はステージ上にずっと立っていたい。俺はステージ上から去らない。だから、いつかアイドルじゃなくなる日が来ると思う」
結婚しても、歌わなくなってもアイドルを名乗る人はいる。だが、今は私の愛するアイドルの形を指しているのだろう。
いつか誰かのものになっても、どんなことがあっても、ステージに立ち続ける。その覚悟が結にはあった。
「アイドルじゃなくなっても、俺を見てくれる?」
結は困ったように笑う。別に、困らせたいわけじゃあないのに。
「君はアイドルに心酔しているから、アイドルじゃなくなっても見ていてくれるか、心配――自信が無いんだ」
「そんな事」
「……実の所、少しの八つ当たりもある。俺の愛するステージを捨てる君に対して、俺のことを見て、後悔して欲しいって思ってる。……あとは、君とは一生の付き合いをしていきたいとも思ってる。これは純粋な友人として」
結は事もなげにこちらが照れることを告げる。……流石、役者だ。
いや、役者は関係ないのかもしれない。私がただ照れているだけだ。
「僕はずっとAioonを、……福良結を応援しているよ」
「……うん。期待に応えられるよう、俺も頑張るよ」
それから少しの間、私と結はこれからの話をした。あるかもしれない未来。あっては欲しくない未来。何時間も話していた気分だったが、実際の所は1時間も経っていなかった。
最後、結は美しい封筒を私にくれた。
『ステージから去る君へ
私は桃井薫になりたいとは思いませんでしたが、ずっと桃井薫が羨ましかったです。ステージを去る者を嫌悪しながらも、去る者になってみたいという気持ちが心のどこかにありました。
ステージを去る者は何でも持っているような気がしました。でも、君に残ったものを考えた時、形に残る者はほとんどないのかもしれないと思いました。それが良いことか悪いことかは、私にはわかりません。
でも君が後悔しなければいいと思いますし、もし後悔したのなら一番に相談して欲しいです。そういう関係に成れればいいと思います。
君の望んだ終わりを私は認め、愛します。
ステージに何が何でも居座るであろう私のことも愛してくれたら嬉しいです。
卒業おめでとうございます。
ステージに残る私より』
この手紙のことを思い出すたびに、私はステージを恋しく思うのだろう。
福良結のテーマ『憧れ』『卒業』




