24-2.清野朝
『ちょっと話したいことがあるんで、ホテルのプールまできてくれないっすか?』
そんな朝のメッセージを受け、私はホテルのプールにやってきていた。ここのホテルはナイトプールもやっているようで、数人の客がプールを楽しんでいる。もう秋だったが、温水プールはそれなりの賑わいだ。
「薫クン! こっちっす!」
「おまたせ」
朝はプールの端で、足をちゃぷちゃぷとつけて遊んでいた。私もそのまま横に腰掛けて、足をプールにつける。
冷たいかと思ったが、想像よりもぬるかった
「今日のライブ最高でしたね。……俺、めっちゃ泣いたけど」
「ふふ、まだ目元赤いよ」
「はず!」
清野朝は素直な青年だ。朝という名前にふさわしく、温かい人間だ。
明るく、どんな状況も楽しもうとする気概がある。天然な所もあるが、そんなところが彼の魅力だし、馬鹿ではない。
彼の一番目を引く点はその美しい顔だろう。真っ白な肌と、美しい黒髪。そっと横目で、その横顔を盗み見る。朝の顔は水面を通した光が当たり、幻想的な雰囲気を醸し出している。
「今日まで、本当に怒涛の展開だったすね」
「そうだね。……今思えば、僕も必死で周りが見えてなかったかも」
「そう? 全然そんな感じしなかったっすけど……歌もダンスも素人だった、ただの高校生だった俺がまさかこんなとこまで来るなんて、本当に思ってなかったっす」
夜の水面は人口の光を飲み込んでゆらゆらと揺らいでいる。浸した足先から飲み込まれるんじゃないかという、非現実的な不安がまとわりつく。
「今日は、薫クンに最後のお願いがあってーー」
「お願い?」
私は朝を覗き込んだが、朝は私の方を見ずに水面をじっと眺めていた。私は怪訝に感じながらも、それに習って、水面を見つめる。
「もしこれから先、『Aioonの推しは誰ですか?』って聞かれたら、『清野朝です』って答えて欲しいんです」
「え?」
朝はプールから足を引き上げると、そっと膝を抱え込んだ。そして、膝小僧を壁にするようにして、こちらを伺ってくる。
「俺の師匠は桃井薫だから、桃井薫に認められたいんす。……桃井薫に好きだって言って欲しい。そうしたら、俺は頑張れるから」
小さく呟かれた朝の声は、確かに私の耳元に届いた。
「……わかった。これからの僕の推しは清野朝だ。僕の好きは朝だよ」
「約束っすよ? 嘘にならないよう、全力で頑張るんで」
私と朝は小指を絡ませた。こつんと、私の額に朝の額が当たる。じんわりとした体温が、互いに溶けだす。
「指きりなんて小学生ぶり」
「……俺も」
帰りなさいと促す音楽が流れるまで、私たちはそうしていた。
プールでのこの一連のやり取りは、私の脳内で夢のような現実として記憶された。
私と彼の約束は、清野朝というアイドルが死ぬまで続く、甘い鎖となった。
清野朝のテーマ『誰かを”好き”になること』『師匠と弟子』




