24-1.夏焼恋星
『ちょっと話したいから、ホテルの屋上庭園に来て欲しい』
そんな恋星のメッセージを受け、私は屋上庭園にやってきた。
屋上庭園は色とりどりの花が咲き、それが控えめにライトアップされている。
奥には素敵なデザインのガゼボがあり、そこに恋星は座っていた。何となく声をかけ辛くて、そのまま横に腰を掛ける。
夏焼恋星は真っ直ぐな男だ。自信とプライド、そして情で出来ている。
その性格にイラつくときもあったが、ぶつかってみると、イラついた部分すら愛おしく感じた。というか、そのまっすぐさに助けられた。
屋上庭園から見える夜景は、数時間前に見たステージ上からの景色に似ているようで似ていない、現実を感じさせる光だった。
「お前、女だったんだな」
「――っ」
ボソッと呟かれた恋星の言葉は、油断していた私の柔らかいところをずぶりと刺した。体をこわばらせる私に対し、「別に怒ってねーよ」と恋星が声をかけてくる。
社長から聞いたのだろうか、それとも自分で気づいたのか……
そんな私の疑問を見透かしたかのように、恋星は答える。
「気づかなかったけど、納得感はあったしな」
「そ、っか」
「ん」
恋星の声色は非常に凪いていた。本当に怒りは感じていないらしい。
まるで明日の予定を尋ねるかのように、話を続ける。
「本当の名前なんて言うんだ?」
「……桜井文香」
「桜と桃ね。単純なネーミングセンスだな。よく気づかれなかったな」
ケラケラ笑いながら、恋星はぐっと背伸びした。
すぐ隣に座っているから、その腕が私にぶつかりそうだ。人がいるという感覚が、どこかくすぐったい。
暫く二人で夜景を眺めていると、恋星がおもむろに独白を始めた。
「オレはアイドルがあんまり好きじゃなかった。俺に歌の世界を教えてくれたアイルを、アイドルって括る奴が嫌いだった。オレにとってアイルはアーティストだったから」
「……」
「Aioonのオーディションを受けても、その考えはあんま変わんなかった。自分と普通のアイドルは違う。どこかそんな風に思っていた」
それは以前にも聞いたことがあった言葉だったし、そう思っていたであろうことは恋星の振る舞いから透けて見えていた。
アイドル嫌いのアイドル。それはどこか、私達の神様に似ていたのかもしれない。
「でも、今は違う。……文香が愛したアイドルを俺も愛したい」
それはまるで、愛の告白のように聞こえた。
私は間違ってなかったんだ。そう思えた。
どうして恋星は、こんなにも欲しい言葉をくれるのだろう。
「私、これからが不安なんだ」
何かがあふれ出して、いつの間にかそんなことを口走った。
「アイドルじゃなくなるのが怖い。これからの自分が、自暴自棄になってアイドルに唾を吐くかもしれない。……それが、こわい」
私は恋星のことを見れなかったが、息をのむような音が聞こえた。
私の神様はアイドルを引退してから、一気に落ちぶれた。私もそうなるんじゃないかと怖い。アイドル桃井薫を、桜井文香を好きだった人を傷つけるんじゃないかと、おびえている。
私はいつか、人の傷になるようなアイドルになりたいと思った。でも、私がなりたい傷は、愛おしい傷跡なんだ。
恋星はベンチから立ち上がると、そのまま私の目の前に立った。
「友達になろうぜ、桜井文香サン」
「はい?」
「……オレたちの神様はさ、確かにアイドル辞めてから落ちぶれた。でも、お前は一人じゃない。オレがいる。俺だけじゃなくて他の奴らも」
「みんなが、いる?」
「そう。だから不安に感じなくてもいい……いや、不安に感じてもその都度、オレたちに吐き出せ」
そう言うと、恋星は私の背を軽くポンっとたたいた。
「それに、アイドルは友達ができにくいって言ったのお前じゃん。だから友達になろ? オレは文香のこと、もっと知りたい」
恋星はクスリと笑うと、無理やり私の手を取って握手させた。
よくよく考えたら、アイドルになってから友達は一人もいなかったかもしれない。大人になって初めての友達が恋星になるのだろうか。
私が物思いに更けていると、いつの間にか恋星が歌い始めていた。優しい音色。夜の闇に溶けていくように深く低い声。町の光と同じように淡く輝く甘い旋律。星々はキラキラと光り輝き、彼の歌に身を任せている。
あぁ。私は恋星の歌が好きなのだ。
夏焼恋星の愛した歌を私も愛したい。
夏焼恋星のテーマ『愛とか情とか』




