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23.卒業の日


 ステージ上から見る客席は煌めいていた。6色のライトが会場を照らしている。

 何度も見たことがあるはずなのに、最後だからそんな感想が出てくるのか、現金な自分が嫌になる。


 私は最後までファンに優しくないアイドルだった。

 RecorDの桜井文香だった時は優等生ぶって、悲劇のヒロインぶって、みんな応援するのが辛かっただろう。

 Aioonの桃井薫だった時はずっと異物で、そしてそのまま去って……。受け入れる間も、許せる間もなかっただろう。


 故意的にファンをないがしろにしたことはないが、私の一番は『私の理想のアイドルになる事』だった。ファンは二の次。口では「ファンの皆さんのおかげです」なんて言っておいて、それは心からの言葉ではなかった。


 6色のライトの中で小さく揺れるピンクの光。


 今になって、もっと私を好きな人を見ればよかったと思う。もう遅いのに。これが、私が追い求めた“終わり”の形のはずなのに。


 ……私の神様も、最後にこの景色を見たのだろうか。人に堕ちることに後悔はなかったのだろうか。

 いや、後悔があったからその後、落ちぶれていったのだろうか。私は一体どうなるのかな。


 裏デビュー曲である『マリーゴールド』を歌い終わり、最後のMCになる。先ほどまでの熱気あふれる雰囲気から一転、辺りは不自然なぐらいにシンと静まった。


「先日、発表させていただいた通り、Aioonはボク永瀬祈織、福良結、夏焼恋星、宮原正樹、清野朝の5名でデビューさせていただきます。ですが、ここにいる桃井薫がAioonのメンバーであることに変わりはありません」


 いつものふわふわとしたしゃべりは鳴りをひそめ、淡々とかつ熱い祈織のスピーチが会場に流れる。


「ボクはこのプレデビュー機関、かおるといろんな話をしました。違うルーツの下生きてきたけど、どこか気が合って、話すことが楽しみでもありました。これからデビューするボクたち、そして新しい道に向かう桃井薫のこと、応援よろしくお願いします」


 スピーチを終えた祈織が深く頭を下げ、結に目配せをする。結はゆっくりと頷くと、スッと前に出る。


「桃井薫は俺の憧れでした。でも、憧れだったからこそ、薫のことを完全に理解できていなかったかもしれないです。これからは一友人として、薫の理解者に慣れればいいと思います。また、Aioonのこれからを、薫やファンの皆様、これまでのオーディションに関わった全ての人に憧れてもらえるよう、より一層努力いたします。応援よろしくお願いします」


 結は、腰から頭を下げ、そのまま数秒動かなかった。顔を上げた後も何も言わず、ただ前を見ていた。

 一歩、恋星が前に出る。


「オレは最初、こいつのことが認められませんでした。それは配信を見ていたファンの人にも伝わっていたと思います。でも、桃井のアイドルに対する熱をこの身で受け取り、考えが変わりました。今は桃井薫というアイドルがAioonからいなくなることを残念でなりません。……悔しいです」


 本当に悔しさをにじませた最後だった。


「これからも、Aioonをよろしくお願いいたします」


 ワッと歓声が上がる。

 恋星は歌が上手いと思っていたが、一番は声がいいのかもしれない。みんなを聞き惚れさせるような、カリスマ性のある響き。


 恋星は元の位置に戻ると、隣にいた正樹の肩をポンと叩いた。正樹も笑顔で返す。

 ……いつの間に、そんなに仲良くなっていたのだろう。


「……おれは薫君と同じく、事務所推薦枠としてAioonに合流しました。……薫君が居なければ、おれは推薦枠の話を受けなかったし、活動をやっていけなかったと思います。これからおれは、薫君のいない道を歩んでいきます。これからが宮原正樹というアイドルの本番で、Aioonの始まりです。おれはこれからも曲を作っていきます。曲を通してファンの皆様を幸せにできるよう頑張ります。応援よろしくお願いいたします」


 言葉を紡ぐのが苦手だろう正樹がスラスラと語る姿に、私は目を見張った。

 ファンに向けられた決意表明は、新たなアイドルの産声でもあった。


 正樹が深く礼をする。そして隣にいる朝の方を振り返ったが、朝は祈織の挨拶時点で号泣しており、ぐずぐずだった。正樹はどうしていいかわからず、朝の背をさすり始める。

 しばらくして落ち着いた朝は、マイクを構えた。


「薫クンはアイドルも何も知らない俺の師匠でした。ダンスも歌もずっと一緒に練習してくれて……グズ……。アイドル桃井薫から貰ったものを正しく使いこなし、一流アイドル清野朝になります! 応援よろしくお願いしゃっす!」


 号泣からの勢いある宣言に、思わず笑みがこぼれた。

 もう既に1人の観客のように見ているが、今日は私の終わりのステージなのだ。


 みんなから背を押されるようにして、一歩前に出る。


「……まずは、ファンの皆様。突然のご報告になり本当に申し訳ございません。自分は本当に身勝手で、応援するのが辛いアイドルだったと思います。そんな中、応援してくださった皆様には感謝の言葉しかありません。ありがとうございました。」


 深く頭を下げると、戸惑ったように拍手が起きた。それが収まるまで頭を下げ続け、ゆっくりと上げる。

 そして私は、みんなの方に向き直った。


「そして俺のわがままを許してくれた運営の皆様、Aioonのみんな、本当にありがとう。アイドル桃井薫を生み出す機会をくれてありがとう。」


 ズビズビと泣いている朝以外の4人は優しい顔で笑いかけてくれる。私も朝のあまりの鳴き様に苦笑しながら、言葉をつづけた。


「朝、そんなに僕のために泣いてくれてありがとう。清野朝は本当に才能の原石のような人です。突然現れた僕という教育係を快く受け入れてくれて……朝がいたから僕は落ち込むことなくここまでこれたんだと思う。ありがとう」


 朝の宝石のような黒い瞳は、涙で揺らめいていた。ごしごしとさすりながら私の言葉に頷く。……メイク大丈夫かな。

 私はそのまま、朝の背をさすっていた正樹に視線を向ける。


「正樹は僕と同じく合流組で、同じ立場でした。仕事でも一緒になる機会が多くて、教育係を任せられた朝と同じぐらいの時間を正樹と過ごしたと思います。正樹にはたくさんの才能が有る。それは僕が一番わかってる。……無責任な言葉かもしれないけど、正樹なら大丈夫」


 正樹は私の言葉に静かに頷いた。私コそれにこたえる様に頷く。

 初めから“私”も“僕”も知っている正樹には、言葉が無くてもこれで伝わるだろう。


 次に、少し迷って私は結に視線を向けた。


「結は芸能界っていう面では一番経験があって、僕も学ぶことが多かったです。だから、そんな結が一番僕のことを引き留めてくれるとは、あんまり思ってなくて……ほら、この業界ではよくある事でもあるので。……嬉しかったです。本当にありがとう」


 そう言って私が笑いかけると、結の目からスッと涙がこぼれた。それは本人にとっても予想外の出来事だったようで、驚きながら目を拭っている。


 次に恋星に視線を向ける。恋星は本当に優しい表情で私を見ていた。最初のとげとげからは考えられない。


「恋星は中々僕を認めてくれませんでした。いや、まぁ、気持ちはわかるけど……。結局ぶつかったようで、ぶつからないまま、いつの間にか認めてくれるようになりました。あの時の恋星の心情の変化について俺は聞かなかったけど、いつか聞かせて欲しいなって思う。キミの歌をみんなに届かせて。俺も、世界のどこか聞いてるから」


 恋星は何も言わず、右手の拳ををまっすぐ天に掲げた。そしてそれを下ろすと、私の方に突き出してきた。私もそれに応え、そのまま拳を空で合わせる。


 次が最後だ。私は祈織に視線を向けた。

 先ほどから「え、ボクがトリなん?」みたいな顔でそわそわしていたことに、私は気づいている。


「祈織は、本当におもしれぇ男です。掘れば掘るほど色々出てくるので、ファンの皆さんも楽しみにしておいてください。……ふふっ、そんな顔しないでよ。僕に兄弟は居ませんが、祈織のことは兄のように思っています。その包容力に何度も助けられました。うん。頑張れ、リーダー!」


 恋星の時から握りこんでいた拳をぐっと振り下ろし、“頑張れ”のポーズをする。それに対し、祈織は眉を八の字にしながら笑った。


 私は再びファンの人達に向き直る。客席のどこからか、泣き声が聞こえる気がする。


「この中には僕のことを最後まで認められなかった人もいると思います。僕も僕のことを嫌う人のことは好きになれません。……僕達には共通点があります。それはAioonが大好きだということです。なので最後に、Aioonのデビューを共に祝いましょう。……少しでもAioonというグループに何かプラスを残せたならば、本望です。これからの未来ある彼らに、感謝と祝福を。本当にありがとうございました」


 パチ、パチ……ワッア


 1つ2つ拍手の音がしたかと思うと、それが全体に広がって大きな波になった。

 波は私の心をさらって、どこか遠くの方へ流し去った。


 あぁ、なんとまぁ、美しい幕引きだろう。

 これが私が夢見た終わりだ。


×   ×   ×


 ライブ後、ホテルで興奮する体を無理やり横にしていると、スマホの画面が明るく光った。


「『ちょっと話さないか』……?」


注意

次の24話のみ√分岐のような形式になっています。


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