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25.エンドロール、あるいは誰かのプロローグ


「これで本当に私と貴女を繋ぐものがなくなるのね」

「……ただの、退職の書類ですよ。大袈裟です」


 私は退職に関する書類を出しに、数週間ぶりに事務所に来ていた。事務所にはAioonのポスターが所狭しと飾られており、どこか気恥しい気持ちになる。


 社長はそのまま何を話すでもなく、しかし帰ろうとする私を引き留めた。ゆっくりとした時間が部屋を支配する。

 やがて、最初に出されたコーヒーがなくなった頃、社長は口を開いた。


「理想のアイドル人生になったかしら」

「どう、なんでしょうか。結局、嵐のような半年でしたし……でも、もうアイドルに未練はありません」

「そう」


 社長は私の提出した書類をしまうと、新しい書類を差し出してきた。


「……これは?」

「Roki-芸能プロダクションの雇用契約書よ……今度は、うちで裏方として働かない?」

「は?」


 半年前の出来事にデジャブを感じながら、私は社長を見つめた。


「うちでマネージャーとして働かない? ゆくゆくは私の後継者になって欲しいの。貴方のアイドル育成能力は疑いようがないわ」

「それは、なんとまぁ」


 自分でもよくわからない反応を返しながら、社長は想像よりも、私のことを買ってくれてたんだなと思う。

 いや、まさか、自分の後継者育成が中心で、Aioonの育成はついでとか言わないよな?

 目の前の魔女を戦々恐々としながら見つめ、私は自分の考えをまとめる。


「……アイドルを引退したら、芸能界全体から足を洗うってのは最初から決めていたので」

「あらそう。まぁ、しょうがないわね」


 あっさりと引いた社長に対し、まさか冗談だったのかと翻弄されながらも、私はコーヒーに口をつける。……もう、入ってなかった。

 少し恥ずかしくなり、わざとらしく咳ばらいをし窓の外に視線を向けた。


 窓には私の顔が薄く反射している。男性に見える様なメイクを辞めたその顔は、ただの疲れた女にしか見えない。でも、悲壮感はなかった。


「全部終わってから思ったんですけど、私、所詮はファンガだったんだろうなって」

「……?」


 社長に視線を戻すと、彼女は怪訝そうな顔をしていた。


「アイルと同じものを見たくて、アイルになりたくてアイドルになった。……でも、結局アイルの視界に入りたかったのかなって思うんです。認知厨って言ってもいいかもしれません」

「……それだけでこれだけの努力ができるなら、大したものね」

「そうですよね。私もそう思ってました。私は自分のことをアイドルになるために努力できるストイックさがあるって、特別な人間なんだって傲慢にも思っていて……。でも、みんなに見て欲しい承認欲求とか、何が何でも認められたいと思う子供な所、悲劇のヒロインぶったとこもあって」


 社長は私の独白を何も聞かずに聞いてくれた。いつの間にかコーヒーのお代わりを注いでくれている。


「ただの、人間なんだなって。理想のアイドルになるって言葉で、自分を武装してたんです。自分の弱いところを理想で無理に固めるよりも、もっと弱いことを認めるとか、開き直るとか、そういうことこれからの自分には必要なのかなって今は思って……。それは、ここではできない。ここに居たら、ずっと理想を追い求めてしまうから。理想に逃げてしまうから」

「そう」

「Aioonのみんなが私の理想を受け入れてくれたから、甘えてしまったんです。でも、だからこそ自分を見つめ返すことができました」


 私は自分の理想を振りかざす子供だったと今では思う。でも、そのことを後悔はしていない。むしろ子供のころの理想をきちんと終わらせることができたことを、良かったと思っている。


 社長は優しい表情で私から書類を受け取ると、それを元に戻した。そして目頭を軽く揉む。


「それにしても、始まりはいつもアイルなのね」


 疲れ切ったような声で、社長が呟く。

 前の事務所で問題を起こした一ノ瀬愛涙と社長で作ったのが、このプロダクションだと聞いている。何か、思うところがあるのだろう。その後のうわさから考えるに、彼女たちの最後は決して円満ではなかったはずだ。

 もしかすると、社長の理想はアイルだったんじゃないか。そして、その理想は終わってしまった。今の社長は私のあったかもしれない未来のかもしれない。


 社長は天井を仰ぎ見、目を細めた。


「……私たちはきっと、アイドルという生き物に翻弄されながら生きていくのね」

「そう、ですね。」


 言葉は否定的であったが、どこか楽し気な色が乗っている。


 アイドルは私たちの癒しとなり、そして傷にもなりうる。その傷を疎ましく感じる者もいれば、愛おしく思う者もいる。


 私は私の傷跡をいつか、愛せたらいいなと思う。

 今はまだ、少し痛いままだ。


 事務所を後にし駅に向かうと、どこからかAioonの新曲が流れてきた。次の春を感じさせるその曲は、優しく私の背を押した。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

楽しんでいただければ幸いです! 私も書くことが楽しかったです。

面白かったら、評価・感想コメントよろしくお願いいたします。

喜びます。

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