20.共犯の2人・ポプラの木
「1・2・3――ちょっとそこ! 遅れてる!」
「はい!」
「清野! もっと立ち位置意識して!」
「うっす!」
デビュー直前コンサートのレッスン。朝と結と祈織と恋星のユニットパフォーマンスを私と正樹はレッスン室の端に座り込み、眺めていた。曲は彼らのオーディションの3次パフォーマンスで使用されたもので、誰もが知っている曲のカバーだった。
「……おれ、この曲好き」
「僕も好き」
「何様だよって感じだけど、オーディションの時よりみんな上手くなったよね」
私は、レッスンの邪魔をしないように小さな声で呟かれた正樹の言葉を拾う。正樹にとってはただの独り言だったかもしれないが、私が返事をしたい気分だった。
そのことに気付いたのか、偶々かは分からなかったが、正樹は私との会話をつづけた。
「……おれ、共犯って言ったのに、なんにも力になれなかったね」
「へ?」
「ずっと、謝りたかったんだ。……ごめん」
膝を抱えたまま頭を下げる正樹に対し、私は動揺し、姿勢を戻すように言う。
正樹は私と同じく事務所推薦枠として、Aioonに合流した。またその際、社長から私のフォローをするよう求められていた。つまり、私が女だと知る数少ない人物である。
正樹は以前、そのことを“共犯”と表現した。しかし、共犯だからと言って何をするでもなく、イチ同僚として過ごしていた。でもーー
「ずっと一人だと思ってたから、正樹が共犯って言ってくれて、気が楽になったよ。正樹は私の力になってくれた。本当だよ」
「……そうかな」
「うん。そうだよ。むしろ、私の方が正樹に何かを返したいよ」
それは本気の言葉だったが、申し訳なさそうな正樹の気を紛らわせる一言のつもりだった。しかし、正樹はその言葉を聞くとそのまま何かを考えこみ始めた。何かまずい言葉だったかと私が焦っていると、突然私の瞳を覗き込み、口を開いた。
「じゃあ、手伝って欲しいことがある」
× × ×
レッスン後、正樹が私を連れてきたのは、事務所のフリーの会議室だった。正樹は、作曲用のパソコンとキーボードを持ち込み、準備をしている。
なるほど、これから作曲の予定なのだろう。でも、私に手伝って欲しいことってなんだ?
正樹は準備を終えると、それまで放置していた私に向き直り、一枚の紙を見せてきた。
「デビュー後にアルバムが発売されることが決まっているんだ」
「……へぇ」
「それに収録される曲を数曲書き下ろしてほしいって会社に言われててーー」
桃井薫がAioonにいなくなってからの仕事。当たり前だが、私に詳細は知らされていない。その事に少し気まずくなりながらも、私は正樹の話を聞く。
「曲作りを手伝って欲しい」
「私、ピアノは弾けるけど、作曲はーー」
「あぁ、その……アイデア出しを手伝って欲しくて、技術的なことは大丈夫だから」
「それなら……うん。わかった」
正樹のお願いに頷き、私達は会議室の椅子に腰を下ろした。正樹がくれた資料に目を落としながら、質問をする。
「それで、会社からどういわれているの?」
「収録曲は全13曲。その中でおれは、みんなのソロ曲を作って欲しいって」
「え、5曲ってこと?」
「うん」
まだ時間があるとはいえ、楷書もなかなか難しい仕事を正樹に背負わせているな。
私を男装させて男性アイドルに仕立て上げたことといい、会社の無茶なとこには苦笑するしかない。
「一応、会社とみんなにどんな曲がいいか聞いたんだけど……『正樹の自由にしていい』って」
「あー」
Aioonのメンバーは正樹の曲のファンといっても過言ではない。それにもっと活動を重ねてきてからならともかく、初めてのアルバム曲は会社の方針に任せてみると考えていても、おかしくない。
正樹は本当に困っているようで、机にうなだれた。そしてそのまま話始めたため、声がこもる。
「おれ、どんな曲にしたらいいかわかんなくなって……」
「私も一緒に考えるよ! だから、ほら、起きて」
正樹はいそいそと起き上がると、そのまま机の端においてあったタブレット端末を取り出した。それにメモをしていくらしい。
「じゃあ、誰から考える?」
「んー、じゃあ、朝からかな。薫君一番仲いいでしょ?」
「仲がいいというか、教育係だね……」
苦笑いしながら、私は朝を思い浮かべる。彼の最初のソロ曲はどんなものがいいだろうか。
「おれ、朝は名前から朝の時間をテーマにした曲がいいかなってのは考えてるんだ」
「morningってことだよね? いいんじゃないかな」
「俺にとって朝の時間は憂鬱なんだけど、でも、朝の朝は爽やかな感じかなって……そう言うこと考えてたら、全然まとまんないんだよね」
「あーでも、商業的なことを考えればソロ曲で違う面を出すってのもアリだと思うけど。他の収録曲に朝メインの爽やかな曲があれば、そこでバランスを取れると思うし」
「……薫君はおれを肯定する情報を出してくるから、嬉しいけど不安になる」
正樹は苦言を呈してきたが、結局「憂鬱な朝」をテーマにすることを決めたようで、何かをタブレットに入力していった。時々キーボードでメロディーも奏でる。
それを機に、正樹にもエンジンが入ったのかドンドンと話が進んでいく。
「恋星は歌声が映えるバラードにしようと思うんだけど、ちょっと哀しい感じがいいと思うんだ。楽しいよりも哀しい方が、恋星の声に合う気がするんだ。……薫君はいつの時間が不安に感じる?」
「不安に感じる時間? んー、夜、かな?」
「“恋星”だしね。夜空をテーマに、不安を吐露する感じでーー」
「結君は何でもできそうだから、どれか一つってのが思いつかなくて……」
「確かに……。私としては結には近いようで手に入らない存在になって欲しいんだけど。一枚壁を感じる、みたいな」
「うん。じゃあ、ファンのみんなに語りかける系の曲は避けた方がいいのかもしれない」
「演技もできるし、がっつりストーリーがある曲でもいいかもね」
「……亡国の騎士。残された者。破滅」
「破滅!?」
「祈織君はエロスをテーマにしたゴリゴリのダンスナンバーにしたいんだけど、テーマに不倫ってありだと思う?」
「……それは流石にダメかな。初めてのソロ曲なんだし。報われない恋ぐらいにしたら? 当て馬とか」
「わかった」
私がちょっと意見を言うだけで、正樹は曲をまとめていく。最早自分は必要なのだろうかと思ったが、正樹は独りよがりになる事を怖がっている節があるので、メンタル的な面では役に立っているのだろう。
PCに何かを打ち込む正樹をぼんやりと眺めていると、先ほどまでの会話から一つの共通点を思いつく。正樹が一息ついて水に手を伸ばした時、私はそれを正樹にぶつけてみることにした。
「正樹って意外とネガティブ? いや、ネガティブなテーマが好き?」
嫉妬、憂鬱な朝、不安、破滅、不倫。
今まで正樹が挙げてきたテーマや内容は暗いものが多い。そう言えば、私がRecorD時代に提供してもらった曲も失恋ソングだった。
正樹は自覚が無かったようで、私の言葉に驚いている様だ。目を見開いて、口をポカンと開けていた。
「……だめ、かな?」
「い、いや。ダメとかじゃないけど、さっきからそんな感じのテーマが多いいなってーー」
「……うん。そうかもしれない。自分でも気が付かなかったけど、ネガティブなテーマばっかだ。なんでだろう」
「なんでだろうね。得意ジャンル、なのかな?」
正樹がわからないものを私がわかるわけがないと言いたいところだが、自分のことが自分でわからない状況も理解できる。
正樹はしばらくその理由を考えこんでいたが、やがて諦めたように首を振った。
「……ちょっと、考えてみるね」
「うん」
「理由がわかった時は、聞いてくれる? この理由がわかれば、おれは作曲家としてもっと成長できる気がする」
「うん、もちろん!」
それから正樹は一人で曲を詰めると言ったので、私は先に会議室を後にした。部屋の戸を閉める時に見えた正樹の顔は真剣そのもので、初めて見るその表情に私は少しの間見とれた。
君たちのソロ曲は私も手伝ったんだよと言ったら、他の4人はどんな反応をするんだろうか。まぁ、その時、Aioonに私は居ないけど。
最後にまた、正樹との共犯関係が増えてしまった。
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