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15.誰が為の死刑宣告


 その日はひどく晴れた日だった。


「ミニライブお疲れ様。評判も物販売り上げもなかなかいい感じよ。メンバー間の関係もだいぶ丸くなった」

「そう、ですね。特に恋星は丸くなりましたね。バラエティー慣れもしてきたし」

「今日のロケはどうだった?」

「なかなかうまくできたと思います。店員さんが自分のファンでした」

「あら、良かったわね」


 社長は手元のPCに視線を落としたまま、こちらを見ずに話をつづけた。

 風が窓を揺らす。事務所に来る時に風が強いとは思ったが、その時よりも数段厳しいものになっている気がする。


 タンっと一際大きなタイプ音がし、やっと社長が顔を上げた。そのガラス細工のような瞳が私をじっと見つめた。どこにも逃げられない。


「来週の初め、他のメンバーにも告げるわ。貴女がデビューしないこと」

「……はい」


 やっぱりその話だったか。

 もうそろそろと思っていたが、何も言われなかったのでやきもきしていた。


「ライブ感を重視しすぎて、やることが詰まってしまったわね。……あの子達にも、迷惑をかけることになる。スケジュールかここまでかつかつになったのは私の落ち度ね、ごめんなさい」

「……私には謝らないでください」


 私の体は、最初から段々と小さくなっていた。社長の謝罪も頭に入ってこない。


 はじめはアイドルとして走り切ってやろう、大きなステージで踊りたいとしか思っていなかったのに、こんなにもAioonが愛おしくなっている。

 桃井薫という嘘の存在が、本当の自分のように感じ始めている。


 離れがたいのだ。


 ここ数日でようやく、自分の感情を認められた。


 やっと気づいた本心をとりあえず置いておくつもりで、軽く頭をふる。

 そして目の前に視線を向けると、社長が試すような視線を私に向けていた。

 ……時々見る表情だが、この時の社長は大抵ろくでもない。私のその予感はすぐに当たることになる。


「貴女これで本当にいいの?」

「……どういうことですか?」

「このまま男としてアイドルデビューする道もあると言っているの」

「はあ?」


 私の心を見透かしたかのような社長の言葉に、私は剣のある声を返してしまう。だが、社長は私の反抗的な態度を気にしたようでもなく、コロコロと苦笑した。


「フッ、なんて顔しているの…… この半年、世間に貴女が女だとバレる様子はみじんもなかった。本当、恐ろしい程にうまくやったのよ。貴女は。だからこそ、このままデビューしてもいいのよ」

「そんなーー」


 何か言葉を返したかったが、声は喉を通って行かなかった。空気だけがハスハスと出ていく。


「バレそうになったら、仮病を使って引退すればいいのよ。引退ライブも豪華にやるわ。どう?」

「どうって……」

「私は本当に貴女に感謝しているの。貴女はこちらの想像以上の結果を出してくれた。……清野をはじめとしたメンバーたちはアイドルというものを、自分のアイドル観を形成し始めている。事務所の意図を理解しつつも自分を出す。事務所に所属するものとして、いい具合に成って来たわ。このまま貴女がAioonにいることは、こちらにも利がある。桃井薫のアンチも大分減ったしね」


 その言葉は嘘には聞こえなかった。でも私の本能が瀬部て信じるなと囁いている。


「Aioonは、終わりなき世界への旅へ向かう。私は桃井薫を船大工のつもりとして雇った。でも、船大工が船に乗ってくれたらさらに安心するわ」


 それ以降、社長はにこやかな表情のまま、口を閉ざした。私の返事を待っているのだ。

 おそらくこれが、最後の選択。


 このまま男としてAioonの桃井薫として生きるのか。

 当初の予定通り、アイドルとしての死を受け入れるのか。


「私はーー」




×   ×   ×



 レッスン前、デビュー曲のMV撮影の香盤表やらなんやらが配られ、説明が行われようとしていた。みんなどこかワクワクとしており、キラキラとした表情で資料をめくっている。

 その様子を数人の大人たちが静かに眺めていた。


「いよいよ、来週はデビュー曲のMV撮影です。その前に貴方達には言わなければならないことがあります。冴島、あれをみんなのスマホに送っといて」


 みんなはきょとんとした表情で社長を見つめている。それもそのはず、だって彼らは何も知らない。社長がみんなのスマホに送ったものや、これから言うことの内容を知っているのは私だけだ。


 今から社長がいう言葉は、桃井薫というアイドルの死刑宣告だ。


「桃井薫はデビューしません」


 離れがたくも、離れなくてはならない。

 結局のところ私はAioonにとっての異物なのだ。このプレデビュー期間のAioonには、異物があるからこその美しさがあったと思う。でもやっぱり、純粋な美しさがあるならその方がいいには違いない。


 Aioonを一流のアイドルに、日本一のアイドルに、世界に通用するアイドルに。

 そう思うようになればなるほど、アイドルにかじりついていた今までの自分が、桃井薫の価値を否定する。


 これは私の理想のために、これからのAioonの未来のために。


 私は決断した。

 最初の予定通り、私は、桃井薫はアイドルとして死ぬのだ。


 Aioonの美学は始まりの美学。作る美学。

 私の美学は終わりの美学。壊す美学。


 結局、相いれなかったのだ。

 鼻の奥がグッと熱くなって、私はそれがこぼれないように上を向いた。レッスン室の天井はあまり綺麗じゃない。所々に歴史を感じさせるシミがある。私の人生のようだった。


お読みいただきありがとうございました。

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