13.ステージと私と僕
「~♪」
歌うのは楽しい。踊るのも楽しい。
互いの声が重なる感覚、ダンスト中のアイコンタクト、ファンの人の熱気。全てが私を興奮させ、幸福な気分を与えてくれた。
真夏の汗はあんなに気持ち悪いのに、ステージでの汗は何でこんなに気持ちがいいんだろう。
「今日はみんなありがとうな!」
「デビュー曲も絶賛予約受付中です! よろしく!」
ファンの歓声がワッと上がった。キラキラとした女性の声が中心だが、ちらほらと男性の姿も見える。
デビュー前ミニライブは、全国展開するレコタワという巨大なCDショップのイベントホールで行われる。計5か所、30分だけのステージだったが、売れ行きも客足も上々のようだった。
ステージから去る際、客席へ視線を向けると、自分のうちわを見つけた。
……私の、桃井薫というアイドルにファンができてたんだ。
グループを客観視するためにもエゴサを欠かしたことはなかったが、実際に目にすると、どこか動揺してしまった。ファンのコメントを見たこともあったけど、ずっと、アンチばかりだと思っていた。
動かなく無くなってしまった私を、結が揺さぶる。私はうんともすんとも言わない曖昧な反応を返しながら、楽屋へ戻った。
「ミニライブで初めて、ようやく自分がアイドルになるんだなって実感わきました」
「……おれも」
「遅ない?」
「いや、反響の大きさは何となく理解してたっすけど、『人多!』みたいな?」
「わかる。こんなにヒトっているんだって思うよね」
「どういう、感想なん?」
ここまで反響の大きなプロジェクトだと確かに遅い気もするが、朝と正樹が言いたいこともわかる。
見てみないと分からない。聞いてみないと分からない。文字だけじゃ、自分の価値を正しく図れない。
「ってか、ステージって意外と疲れるっすね。30分でこれなら、2時間のライブなんてどーなっちゃうんだろう……」
「おれ、ぼろぼろになるかも」
「正樹は体力作りからだね。朝は慣れたらもっと楽になると思うよ」
「ししょー!」
泣きつく朝をあしらいながら、汗をぬぐう。
そうしている間にも、朝と正樹と祈織は漫才のような会話を続けていた。
3人を横目に眺めていると、楽屋の端でタオルを頭にかぶったままぐったりとしている恋星が目に入った。
恋星は体力がある方だし、今回のステージだけでそこまでなるだろうか。私の隣にいた結も恋星の様子に気が付いたようで、視線を交わし恋星に声をかける。
「恋星? 大丈夫か?」
「もしかして、気分悪い? 脱水気味とかなら、とりあえず水分取った方がいいと思うけどーー」
私たちの声に、恋星はタオルの隙間から顔を出した。その瞳は赤くぎらついている。
恋星はおもむろにタオルを外すと、小さく「体調は大丈夫だ」と言って、私が差し出したペットボトルを手に取った。
「水、ありがとう」
「……本当に大丈夫?」
「ん。なんというか、興奮が収まらないつーか」
「まだステージに立っていたい?」
結が低い声で恋星に尋ねる。恋星は少しだけ目を見開き、にやりと笑った。
「あぁ。そんな感じ」
「俺も同じ」
「……これから、Aioonとしてずっとステージに立てるよ」
「そうだな」
恋星は先ほどのパフォーマンスを思い出しているようで、爛々とした目のまま口角を上げつつ、口を開く。
「ステージの上で声が重なる感じとか、ダンスで立ち位置入れ替える瞬間とか、なんか、全部よかった。……なんか、グループっていいよな」
その言葉に、私は目を丸める。
恋星の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。いや、恋星は最初から情に熱い。もともとソロ歌手志向が強いだけで、グループの楽しさを知ればのめり込むことは間違いなかったのかもしれない。
「今日で確信した。オレたちめっちゃいいグループになる」
「……俺も同感!」
結は満面の笑みを浮かべ、勢いよく恋星の方に手を回し、肩を組んだ。漢の誓いとでも言うべきだろうか、そこには新たな友情が見て取れた。
「俺もーー」
盛り上がる気持ちのまま叫びかかったが、小骨が喉で引っかかった気がしてとっさの所で思いとどまった。そして、空気を壊さないように、ニコリと微笑んだ。
このミニライブで、2人と同じ種類の明るい希望が私に生まれたことも、今回のライブが楽しく実りがある物だったことも事実だった。でも、私の居場所はどこにあるのか、私にはわからなかった。
Aioonのメンバーとしての桃井薫も、社長に期待されて送り込まれた桃井薫も、どちらも本当で、どちらも嘘だった。
私はどこにいて、どこに向かうのだろう。
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