12-5.紫の月
昼のゆだるような暑さとは一転、夕方はだいぶ過ごしやすい気温になりつつあった。
「これでどうにか、なりそうやな」
「うん」
裏デビュー曲のダンス振り付けを終えた私と祈織は、ほっとするように息を吐いた。
このダンス動画をメンバーに送信すれば、いよいよMV撮影を残すのみである。だが、その最中にも本来のデビュー曲のMV撮影やミニライブのリハーサル、テレビ番組出演、雑誌の撮影等、他の仕事は山ほどある。
「本当にありがとう。ここまで協力してくれて」
「ん? 手伝うのはメンバーとして当然やし、提案してここまで形にしたのはかおるでしょ」
「いや、そんなことないよ。祈織が居なかったら形にならなかった。……まさか祈織が、ここまで主導してくれるとは思わなかった」
「え、なんで?」
「前に、主体的じゃないって言ってたじゃん。今回の祈織は主体的の塊だったよ。僕が見落してたところも拾ってくれてたし……本当にありがとう」
企画をしたのは私だが、MV撮影の段取りやそのほかのこまごまとしたことは、祈織が中心に動いてくれた。
言葉通りの意味で、祈織が居なくては成り立たないほどの働きだった。
私の少し失礼な物言いにも、大した気にした様子もなく、祈織はヘラりと笑った。
「あー、なるほどな。でも、今回は指針があったからな。指針とかある程度の計画がある物をやるんは好きやよ」
「なるほど?」
「ボクとしても今回の裏デビュー曲づくりは、青春みたいで楽しかったわ。学校行事とか結構好きやねん。……揉めなければ」
祈織は、学校行事とかめんどくさがるタイプだと思っていた。
「あと、頑張る人は応援したい」
「頑張る人?」
「今回のかおるは間違いなく頑張る人やったよ」
「……ありがとう」
直球的な評価の言葉に、頬が熱くなるのが分かった。
でも、凄く面白い。祈織はどういう感覚を持っているんだろう。就活が嫌になってアイドルオーディションに参加したエピソードもそうだけど、祈織はどんなことを考えて、どんな人生を生きてきたんだろう。
その気持ちは、自然と口に出た。
「僕、祈織の事もっと知りたいかも」
「はい?」
「なんか、価値観がすごい、興味深い。話すたびに驚かされている気がする。……もっといろいろ聞いていい?」
祈織は私の言葉に目を丸めてポカンとしたが、戸惑いながらも「お、おう」と頷いてくれた。それをいいことに、私はこれまで聞いてみたいと思っていたことを脳の隅から引っ張り出す。
「好きな色は?」
「んー、黒とか白とか? 無難な色が好きかな」
「好きなアーティストとか、曲は?」
「あんまないなぁ……。流行りの曲をまんべんなく聞いてる感じや」
「じゃあ、どっちかというとJpop派?」
「まぁ、そうかな」
「小さい頃は何になりたかったの?」
「……花、かな」
「はな? 植物の?」
「そ。顔の鼻じゃなくてな。近所にチューリップの有名な公園?みたいなとこがあって、小さい頃のそーゆーのには『チューリップになりたい』って書いてたな。今思い出そうとしても、意味わからんけど」
「学生時代の一番思い出深いことは?」
「あー、中学2年の頃、何十年に一度の大寒波みたいな時があって、学校の廊下が凍り付いた時があってん。それで、友達と廊下でスケートして、めっちゃ怒られた。馬鹿やって楽しかったのもそうだけど、いつも穏やかな先生が激怒したんのも忘れられん」
「最近、怒ったことってある?」
「はぁ? んーと、優先席で爆睡してたおっさん? なんか、あんまりマナー悪いのはイライラするかな」
「注意とかするタイプ?」
「……肩書があれば注意するかな。例えば、高校の時、風紀委員だった時は結構口うるさかったよ」
「風紀委員だったんだ」
「ストレス発散方法は?」
「……月、というか、夜空をボーっと見つめる事かな。自分がちっぽけな存在って感じられるんが、癒されるかな」
「ちっぽけな存在?」
「ん。そんな大した存在じゃないから、失敗しても大丈夫! みたいな?」
「それじゃあ次はーー」
「ちょ、ストップ、ストップ。もう勘弁してくれ」
「あぁ、ごめん、ごめん」
「もー、面接みたいやわ」
「嫌だった?」
「……いや、別に本物の面接より全然マシやけど」
しばらくの間、質問攻めにしていたが、顔を真っ赤にした祈織に中止を求められ、それは終わった。くすくすと笑い合いながら、片づけを再開する。
私の直感にたがわず、祈織は面白い人だ。自分とは違うルーツで生きてきたということが、ありありと伝わってくる。
面白い人間は、アイドルとしても面白い。きっと世間に見つかる。彼がお茶の間に引っ張りだこになる未来もそう遠くないのかもしれない。そんな期待が私の心に生まれる。
帰り際、祈織は私に新作の飲み物をおごってくれた。
祈織はメンバーに餌付けすることが好きな気がする。この前は貰い物だとか言ってチョコレートをくれたけど、事務所のゴミ箱にそれらしきレシートが捨てられていた。
私に兄が居たら、こんな感じなのだろうか。そんなたわごとを考えながら、隣を歩く祈織をそっと盗み見た。すると偶然視線がかち合う。
「どうかした?」
「い、いや。なんでもない。もう秋になるなって思って」
「まだまだ暑いけどな」
祈織はいつも通りの笑みを浮かべながら、私の肩をポンポンと撫でた。……こういうところも兄っぽい。
「これからミニライブ、表と裏のMV撮影、直前ライブと怒涛の流れやからな。……頑張って行こな」
「うん。頑張ろう!」
そう言った私の言葉はどこか上ずっていた。
まだ夜ではなかったが、空には月が浮かんでおり、私達を見つめている。夜の明るい月とはまた違った雰囲気のそれは、私を不思議な気持ちにさせた。
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