12-4.紅き想い
「~♪」
恋星の低く甘い声がレコーディングスタジオに響き渡る。私の隣では正樹が、満足そうにその歌声を聞いていた。
「……良い感じ。流石」
「作曲者サマに褒められると嬉しいな。……でも、もう一回いいか?」
「うん。まだ時間はあるから、満足するまで歌って」
「ありがとう」
裏デビュー曲『マリーゴールド』は完成しつつあった。今日はいよいよレコーディングで、私達は早朝からスタジオに詰めていた。
恋星は本当に歌が好きなのだろう。歌う表情はずいぶんと気持ちがよさそうだった。
× × ×
恋星と私のレコーディングが終わり、廊下のベンチで休憩をする。廊下は不思議な冷気が漂っており、火照った頬を冷ましていく。
これが私にとって最後のレコーディングかと思うと、どこかノスタルジックな気分になる。
反対に恋星には、これからのデビューに向かう希望や興奮が瞳にのっていた。
「あー、歌い足りねぇ」
「ははっ、この後カラオケでも行く?」
「んー。今日はそういうのじゃねぇかな」
「じゃあ、ご飯でも行く? あぁ、でもまだ変な時間か」
「んー」
恋星はそのまま瞼を閉じ、ジッと瞑想し始めた。
だいぶ仲良くなり始めたと思ったが、仕事関連ならともかく2人で遊びに行くのは無しだったか? 距離感をはかり間違えただろうか。
戦々恐々と恋星を見つめていると、恋星はぱちりと目を開いた。
「桃井さ、前のアイドルプロジェクトってなんで没になったの?」
「え?」
「なんか、そんな感じのこと言ってたよな? 他のアイドルプロジェクトに参加してて、それが没になったけど、もったいないからAioonに合流したみたいな……」
何を思い立ったのか、突然、恋星は私に問いかけてきた。
女性アイドルだったことがバレかけたのかと、私はギョッとしたが、恋星の表情はいたって自然で、ただただ疑問に思っただけのようだ。
「なんで、そんな事聞きたいの?」
「……まぁ、これから俺らもデビューするし、失敗談は聞いて置けば勉強になるかなと……。あとは、桃井のことも知っておきたいし? ほら、メンバーなのに何も知らないとか、ちょっとあれだろ?」
後半はどこか早口で何を言っているかわからなかったが、聞き取れた部分だけで、私はなるほどなと頷く。
私の、桃井薫の経歴は桜井文香の人生を元にしている。だからまぁ、身バレするような詳しいことを覗けば、本当のことを言っても差し支えないだろう。
「……メンバーの写真流出とか、情報漏洩とか」
「情報漏洩?」
恋星は私が言っている意味を理解できないようで、キョトンと首を傾げた。
確かに業界に長くいないと、「情報漏洩」とだけ言われてもピンと来ないかもしれない。
「セトリとか新しい曲の内容を友達にしゃべっちゃったんだ。それでその内容が、ネットに上がってね」
「それって駄目なのか? いや、直感的によくないことってのは分かるんだがーー」
「あぁ、確かに説明はちょっとむずいかもね。一般企業の新商品の情報漏洩と変わらないよ。私たちはライブやテレビ番組の公開前にそれについて語ってはならない。守秘義務だね。でも、若いとそれが理論として身についてない。まぁ、友達がネットにあげなければ公になることはなかったって側面もあるんだけど……本人は友達だと思ってたけど、相手からしたらアイドルの友達ってコレクションだった的な? もしかしたら、嫉妬もあったのかもしれない」
私のいたRecorDは7人組グループだった。だが、その内の一人は半年も経たないうちに心身の理由から卒業した。そこから2年近くはなにもなかったが、3年目に差し掛かろうとした時、事件が発覚した。とあるメンバーの“男友達”との2ショット写真がネットに上がり、それと時を同じくして、別のアカウントからライブのセトリが流出。もちろん流出させた“友達”のSNSアカウントは炎上したが、逆上し、それまでメンバーの一人が愚痴っていた内容を暴露し始めた。
そこからは一瞬だった。
恋星が何も返答してこないのをいいことに、私は続ける。
「アイドルって不自由なんだよね。満足に友達1人作れない。友達が悪い大人だったなんてよくある話。……同じメンバーも真の意味で友達にはなれない」
メンバー同士仲良くしていても、力量差や仕事量の差から、嫉妬や妬みが生まれることは多い。メンバーとは友達とも、仕事仲間とも違う。不思議な関係性だ。
だから好きな食べ物や家族間の面白エピソードを知っていても、友好関係やレッスン後にどこへ寄り道しているかなんて知らない。いや、知っているメンバー同士だっているだろうけど、少なくとも私は知らなかった。
「それまでスキャンダルとか何気なしに見てたけど、実際に渦中の中心になって、“関係者”になってみるとホントにそんなことになるんだなってか、あぁ、ごめん。何言ってんのかわかんないよね」
「……まぁ、言いたいことは何となくわかる」
恋星は持っていたペットボトルの水をグイッと飲み込むと、乱暴に口元を拭う。
「アイルもさ、引退後にいろいろ言われてたもんな」
「そう、だね」
私と恋星が好きなアイドル、一ノ瀬愛涙は完ぺきなアイドル人生だったが、引退後は色々噂があった。カルト宗教にハマっているだとか、起業家の男性と結婚後すぐに離婚し、泥沼の裁判劇を繰り広げたとか。その中には事実もあった。
「オレだって、努力すれば報われるなんて本気で思ってないけど、想像以上に大変な場所なんだな、ここって」
「そう、だね」
「……オレは、裏切らねぇから」
呟かれた言葉は、それまでの会話とは異なる、どこか力強い響きを持っていた。
「どういう意味?」
「裏切られたって顔してるぞ、お前。……メンバーに裏切られたって思ってたんだろ」
恋星は私の頭をぐしゃぐしゃにかき回した。やめろと言いたかったが、されるがままに俯く。なんだか、泣きだしそうだった。なんで、そんなことするんだ。かけられた言葉はたった一言だったのに、私の心を一気にかき乱す。
「オレは裏切らない。目標は世界に羽ばたくシンガーだけど、今はAioonを大事にしたいって本気で思っている。リスクがあるって言うなら、別に友達もいらねぇ。メンバーともうまくやってるしな」
その言葉に私は目を丸めた。
一番とげとげしてたやつが、「メンバーともうまくやっている」とは少し面白い。
けど、その言葉は嬉しかった。
「裏切られた」か。確かに私は、自分が被害者だと思っていたのかもしれない。
でも、今回裏切るのは私の方だ。『僕は仲間です』みたいな顔をしておいて、桃井薫はデビューしないし、そもそも桃井薫なんて人間は本来この世に存在していない。
恋星への罪悪感と感謝がないまぜになって、爆ぜそうで爆ぜない。ぐつぐつと腹の奥底で煮えたぎっていた。
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