12-3.黄色信号
デビューに向けて皆が忙しくしている中、結に新しい仕事が決まった。
「あの刑事ドラマに出演!?」
「あぁ。まぁ、1話限りのゲストだけどな」
「いや、普通にすげーよ」
苦笑しながら、結は台本をめくる。その台本を覗き込もうと恋星と朝が、後ろから結にのしかかった。それに対し結は重そうだったが、何も言わず2人の好きさせていた。
「だからまぁ、裏デビュー曲の手伝いをする時間が減るかもしれないんだけどーー」
「そんなんは、ボクらに任せとき! なぁ、かおる」
「うん! 結はドラマ頑張って!」
ここまでのAioonは、デビューに向けた自分たちメインの仕事は多くやって来たが、ドラマのゲストというメインではない仕事はあまりやってこなかった。
これは良い傾向だ。メインじゃない仕事が増える事こそ、世間に認められていると言っても過言では無い。
一通り盛り上がった後、お祝いのためにご飯でも行くかと話していると、結がこっそり話しかけてきた。眉を八の字に曲げ、どこか申し訳なさそうだ。
「どうかした? 結」
「あー、そのさ、薫に一個、頼みたいことがあって」
「?」
結の頼みとは台本の読み合わせ相手だった。
後日、2人で事務所のフリーの会議室を借り、読み合わせをすることになった。
「と言っても、僕、演技の経験はほとんどないんだけど……」
「そうなのか? でも、他のメンツよりはマシだろ。俺も演技は久しぶりだし、感覚だけでも取り戻したいんだ」
「他のメンバーよりマシ」は、そうかもしれない。朝と恋星は見るからに演技が下手そうだ。ちなみに嘘はすごく下手だ。この前、冴島さんにみんなで昼食を頼んだ際、間違って私の頼んだをものを食べ、2人で必死にごまかしていたが、滅茶苦茶わかりやすかった。祈織と正樹は器用にやるかもしれないが、完全な素人には違いない。
肩をすくめて台本を手に取る。
このドラマは既にシーズン12まで放映されている国民的刑事ドラマで、熱血ベテラン刑事である森とエリートクール刑事である林のバディモノだ。
今回、結が出演する役は、死体の第一発見者である学生だ。
仲が疎遠になった幼馴染の死体を発見した彼は放心状態になり、通報するのが遅れてしまう。その遅れた時間が事件の争点になりーー
まぁ、そんな話だ。
「じゃあ、15ページの最初から頼む。コージとマユミの回想シーンから」
「うん」
だた、読み合わせをするだけなのに、部屋の空気はがらりと変わった。適温に保たれているはずの部屋は、嫌な暑さが渦巻く夏終わりの夕方に。目の前の優しい青年は、暗い影がある男子高校生へと変貌する。
高校からの帰り道。踏切の柵が、目の前で降りる。
そこでユージとマユミは久しぶりに一緒になり、電車が通り過ぎるのを待つ。カンカンという音だけが、彼らの空間内に響いていた。
「『……マユミ、お前もうやめろよ』」
「『止めるって何が?』」
「『きたねぇ親父に股開いてるって、噂になってるぞ。学校でも、家の周りでも』」
パパ活をしていたマユミはその事をユージに窘められる。
マユミの出番は少ないが、世界の全てを分かっているとでも言わんばかりの、大人ぶった子だ。自分以外の人間を馬鹿にしている。
反対にユージは大人の言うことをよく聞く、寡黙な少年だった。
マユミはユージに視線を向けることなく、冷めた目のまま口を開く。
「『あぁ、2組の女子? あいつら私の事ひがんでるもんね。……だったら?』」
「『否定しないんだな。……心配してんだよ』」
「『アンタ、何様? あんたに心配されなくてもーー』」
「『お前こそ何様だよ。別に何しようがお前の自由だよ? でも、危険性とかわかってんのか。おじさん達だって察してる。変なことになって欲しくないんだよ』」
先ほどまで冷静だったユージの声が、段々と荒立った強いものに変わっていく。
「『危険性って何? 説教垂れないでくれる? 私は早く自立したいの』」
「『おっさんに金出してもらうことが、自立かよ。もういい。……お前って、愛されるのが下手だよな』」
回想シーンはそこで終わる。
台本から顔を上げ、結の方を見ると、既にそこにユージはいなくなっていた。一瞬の変わりように、恐怖さえ感じる。
結は台本に何かを書き込んでいた。書き終わると私の視線に気が付き、へらりとした笑みを浮かべた。
「……あぁ、ごめん。付き合ってくれて、ありがとう」
「大丈夫。他のシーンはどうする?」
「今のところもう一回と、43ページのーー」
それから数十分間、結と私の読み合わせは続いた。
結は、もう練習はいらないんじゃないかという程に完成した演技をしていた。しかし、どこか納得できないらしく、うんうんと唸る。
「何がそんなに納得できないの?」
「なんというか、ユージがマユミの事好きだったのか嫌いだったのか分かんなくてーー ほら、回想シーンを見ると、ユージはマユミに対して完全に呆れ切っている感じがするんだけど、マユミの死体を発見してからのユージはマユミのことを大切にしている気がするんだ。死んでしまったから、思い出に対して感傷の気持ちがあって、悼んでいる可能性もあるけど、話の流れにそれも違うんじゃないかなって。ユージは思い出じゃなくて、今のマユミを見てる」
「確かに、マユミ本人に対する呼びかけのシーンとかあるね。矛盾というか、難しい深層心理がある気がする」
「どう演じるのが正解なんだろ。まぁ、当日監督に確認するのが一番だけど……。なんかモヤモヤするんだよな」
一時は呆れて見放した幼馴染に対する気持ち。
自分も似たような経験をした気がする。でも、私には幼馴染なんていないし、女性アイドル時代の元メンバーに対する気持ちとも少し違う気がする。何だっただろう。
もっと実際には遠いのに、近い気でいる関係性――
「……好きだった昔と、呆れている今は違う」
「薫?」
「あぁ、いや、ごめん。なんか、違うかもしれないんだけどさーー」
私はしっかりと前置きしながら、心の中に生まれたざわめきを結に話すことにした。
「なんか、不祥事起こした芸能人とファンみたいだなって思って」
「……不祥事?」
「例えば、不倫した俳優とか引退したアイドルが変な商売始めるとか……。ファンにとっては、“不倫”するような人が好きだったんじゃなくて、好きな人が“不倫”したんだ。これって同全然違って、なんか、嫌いになりきれないんだよね。もちろん中には完全に嫌いになる人もいるだろうけど。……社会的に良くないこととか、サイテーだなって感想は産まれるんだけど、好きだった過去は変わらないし、“何か”あった後も、好きだった人ってのは変わらない。思い出に浸るとも少し違くて、呆れつつも落ちぶれた今を見ていたい。いや、やっぱり見たくないというかーー」
途中から何を言っているかわからなくなりつつも、私は言葉をつづけた。結はじっと静かに聞いている。
「だから、このドラマのユージもそうなのかなって思って……」
「……薫にもそういう経験が?」
「あー、うん。昔、好きだったアイドルが、卒業後にね」
私の好きだったアイドル一ノ瀬愛涙は、私の神様は、人間に堕ちた後に本当に堕ちてしまった。よくわからない大人にそそのかされて、意味の分からないことを始めた。かつてのスタッフさえ彼女を止めることはできなかった。今は会社を立ち上げて細々と活動を続けているとうわさで聞いた。
どうしようもない不安に飲まれた夜とか、やることの無い昼下がりとか、私は彼女の今を検索してしまう。いい気持ちになるわけないのに。
「悲しかった?」
「いや、一番好きだったのはアイドルの彼女だから、アイドルじゃない彼女は熱心に応援してなかったし、好きに生きればいいと思った。でも、うん。初めて聞いた時は、あぁ、自分たちの存在は彼女にとっての慰めですらなかったんだなって、『終わったんだ』って思った」
「終わった?」
「青春、って言うとチープだけど、そんな感じ。『終わったな』って思った」
「……俺にもあったかも、そう言う出来事。尊敬していた先輩がさ。あぁ、そっか」
とりとめのない話だったが、結は何かのヒントを得たらしく、台本に何かメモをした。そして、ゆっくりと台本と閉じる。
「俺たちは、『終わらない』アイドルになれればいいな」
「……そうだね。でも、『終わる』のもアイドルの美しさだよ」
自分が無茶苦茶なことを言っているのを理解していたが、結は苦笑しながらも受け止めてくれた。
それから私たちはいくつかの話をした。
好きだったアイドル・俳優の話。
子供の頃に会った懐かしい芸人の話。
今は疎遠になった従兄弟の話。
自分たちは全く違うようで、似たような体験をしていた。先生がブチ切れて授業放棄するイベントの話になった時は、異様な盛り上がりになった。
隠し事をしている私は全てを話すことはできなかったが、嘘はつかなかった。
「本当にありがとう! 薫のおかげで、助かったよ。ってか、演技もめちゃくちゃよかった」
「ほんと? こちらこそ、勉強になった。ありがとう。……この後どうする? ご飯とか食べに行く?」
「あー、ごめん。俺もうちょっとやりたいからーー」
「おけ。無理しないで、頑張れ」
借りていた台本を結に返却し、結に背を向ける。
「お前って、愛されるのが下手だな」
「へ?」
結の声がして、振り向く。
そこには普段の結とも、ユージともいえぬ人物が立っていた。その目は私を見ているようで、どこか遠くを見ていた。暗く、何かを恨むような瞳には闇が宿っている。
練習を再開した、のか。ビックリした。
まるで自分に投げかけられたかの言葉に、私は少し動揺した。そしてそのまま逃げる様に、部屋を出ていく。
だからだろうか。私は、その後に呟かれた結の言葉を拾うことができなかった。
「やっぱ、女の子だよな?」
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