↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/39

12-2.蒼の思い出


「薫クン、ちょっと相談? 報告したいことがーー」

「うん? 何?」


 デビューに向けたミニライブの振り入れが終わり、ぐでっとした空気が流れ始めていた中、朝がおずおずと私に話しかけてきた。長い話になるなら一緒に夕飯でも食べようと、少し洒落た個室のイタリアンへ向かう。

 それぞれ人気だというパスタを頼み、食す。皿の半分が無くなり、お互いのパスタを食べてみようと小皿によそった所で、私は本題を切り出した。


「それで、何かあった?」

「……この休み、実家に帰っていたんすけどーー」

「あぁ、そう言えばそうだったね。ゆっくりできた?」


 現役高校生である朝とまだ20以下の正樹、そして祈織は事務所の用意した寮で暮らしていた。寮と言ってもマンションで、リスク管理の為夕刻の外出には制限がかけられているが、暮らしにくいという程の規則はない。それに、真新しい建物だ。


 実家で何かあったのだろうか。「言い難いです!」という言葉を顔面に張り付けたかのような表情で、朝は口をもごもごさせている。


「ゆっくりはできた。いや……なんか、実家帰ったら、元カノが凸ってきて……」

「はい!?」


 想像の斜め上の発言に、思わず声が大きくなる。その声でギョッとして話すことを止めてしまった朝に、私は口を手で覆いながら、再び話始めるよう促す。


「えっと、家でゴロゴロしてたら、突然やってきて『なんで私の事矢面に立たせたの! 友達にも彼氏にも白い目で見られて!』って言われて……」

「……あー」

「俺も知っている彼女のお兄さんが早々に回収してくれたんで、大事にはならなかったんすけど」


 その可能性は考えておくべきだった。

 朝はオーディション参加理由で「彼女に浮気されて、むしゃくしゃして、彼女が好きだったアイドルと同じ事務所に入って見返そうと思った」と言い切っている。私たちを含めた視聴者からすれば笑い話だが、彼に近しい存在なら元カノの特定は容易いだろう。それは元カノ本人にも言える。

 もちろん浮気した元カノの方が悪いが、二股の事実を全国に振りまかれることのしんどさは、想像にたやすい。一般人同士の話ならともかく、朝は地上波の人気情報番組にも出るような話題の新人のアイドルだ。元カノの友達の中に朝のファンが居て、攻撃されてもおかしくない。


「……その後、メッセージでやり取りとかした?」

「いや、お兄さんとは連絡しましたけど、元カノとはしてません」


 朝はグイッと水を飲むと、ガックリとうなだれた。


「何で俺が責められているんだ、って思ったんすけど、優陽が、元カノが言っていることもわからないでもないってか、配信の影響力とか、俺の今の立場とか考えたらーー」

「うん」

「俺どうしたらいいか、わかんなくなっちゃって……」


 げっそりと参っている朝の表情を見つめ、文字情報が残っていないことに安心した自分を恥じた。「メッセージ記録が無いなら、週刊誌に暴露される可能性が減った!」とか、考えている場合じゃないだろ、私! 今やるべきことは、朝に寄り添うことだ。


「朝は100%悪いことをしたわけじゃあ無い。元カノさんの身から出た錆だよ。……でも、かわいそうになったんだよね。それは分かる。これから朝がその子にしてあげられることは、オーディションを受けた理由を話す機会を減らしていくことかな」

「……でも、そのエピソードって俺の売り込みポイントだと思うんすけど」

「そうだね。でも、世に出るきっかけになったエピソードにNG出している芸能人や、最初とキャラが違うアイドルなんて珍しくもなんともないよ。明日、社長に相談に行こう」

「うん」


 朝の口から「自分の売り込みポイント」だなんて言葉が出ると思っていなかった私は、思わず表情を崩す。こんな状況で、私が彼に叩き込んできたアイドル学の一端が見えるだなんて。皮肉というか、なんとも複雑なものだ。

 大丈夫と私に言われた朝は、一瞬ほっとした表情になったが、すぐに浮かない表情に戻る。


「……実は、俺が一番ショックを受けていることはそれじゃなくて」

「うん?」


 まだ何かあるのかと、私は眉をひそめた。朝はフォークでパスタをつつきながら、ため息をつく。こちらの怪訝そうな表情は、朝の視界に入っていないようだ。


「あんなに好きだったのに、優陽の事、煩わしいと思ったのがスゲーショックで。俺ってこんなに心狭かったの? って思っちゃって」

「あー」

「アイドルになって振り向かせる! ぐらいの気持ちだったのにーーいやっ、今はアイドルとして、恋愛する気はないんっすけど!」


 気落ちしているところから一転、焦りまくって早口になる朝の様子に、思わず笑みがこぼれる。まるで悪戯がバレた子供のようだ。

 いや、子ども扱いすることは朝に失礼なのかもしれない。彼は彼なりに考えている。


 今まではアイドルの技術的なことを教えてきたが、そろそろ本格的に、私のアイドル観的なことを朝に話してみるのもいいかもしれない。朝がそれをどのように受け止めるかはともかく、そろそろ自分でアイドルについて考え始める時期だ。


 私は覚悟を決め、水でのどを潤し、おしぼりで口を拭いた。準備は万端。朝の視線を集める様に、ゆっくりと2本指を立てた。


「僕から朝に2つ言いたいことがある」

「……うす」

「まず一つは、今まで好きだった人を煩わしく感じたり、嫌いになったりすることは悪いことじゃあないよ。思春期に大好きだった母親が嫌になるなんてよくある話じゃん」

「確かに……それも、そうっすね」

「そしてもう一つ」


 こちらが私の一番言いたいことだった。


「別に誰かを好きになっても、恋人を作ってもいいって私は思う」

「は? ……いや、アイドルが恋愛したらーー」

「うちの事務所の契約書に恋人を作ってはいけませんなんて文言はないよ。……まぁ、コンプライアンス云々は書かれているし、あんまりな行動だと契約解除とかあるけど」

「アイドルとしてふさわしい振る舞い=恋愛禁止でしょ」

「何でアイドルが恋愛禁止なんだと思う?」

「うえ?」


 私の質問に、「何を当たり前なことを言っているんだ」と言わんばかりに朝の表情がゆがむ。


「んーと、ファンのみんなの恋人だから?」

「冷めるからだよ」


 もはや私は朝の答えを求めていなかった。さっきまでは朝に寄り添うことを心掛けていたが、今は違う。私の考えを彼に触れて欲しかった。


「アイドルってのはみんなで作り上げる虚像、カミサマなんだ。だから、付き合っているのがわかると、現実に堕ちてきた気分になって怒りがわいてくる。勝手に堕ちてくんな。私たちの頑張りは、なんだったんだってね。学校行事でもさ、みんなで熱心にやってたのに、一人冷めたやつが腐すと途端にチープなイベントに感じるじゃん? それと似たようなもん」


 みんなで一つの宝石を研磨する。

 そして研磨を誰かが止めてしまうと、途端にただの石ころになる。


「アイドルは当人、ファン、運営……みんなで作っている。でも、それを忘れるアイドルは多い。自分の能力や努力だけで今があると思っている。だから簡単に恋愛とか、軽率な行動をするんだよ。それで炎上したら『私の幸せを望んでくれないのか』ってキレる。ホント、ろくでもないよね」

「やっぱ、アイドルが恋愛しちゃいけないって話じゃーー」

「分かっていればいいんだよ。自分というアイドルが、様々な人間の努力によって成り立っているってことを。……分かっている奴は、恋愛しても写真を撮られる真似はしないし、匂わせしない相手を捕まえることもできる。世間にバレても正しい対応を引くことができる」


 恋愛の曲を歌うアイドルが、恋愛したことが無いというのは、なんとも難しいのではないかと、私は思う。それに、アイドルだからって恋愛という幸せの選択を消すことはないと思う。多様性の時代だし。恋はしていいと思う。特に女性アイドルより寿命の長い男性アイドルはなおさらだ。


 でもそれと同時に、その恋の感情のままに振舞うことは、愚かだと思う。まぁ、だから恋愛しても恋人を作らないのが一番、という結論に至るのも本心の一つではある。


 朝は迷子のような表情をしている。美しい黒髪と瞳、真っ白な肌。少年と青年の間で、今が一番危うく美しい時期なのかもしれない。

 清野朝と言う人間は、愛されること、愛すことに長けている。そんな人間から、愛すことを取り上げていいはずがない。


「朝にはアイドルを窮屈だと感じて欲しくないんだ。ファンも大事にして欲しいし、清野朝っていう自分も大事にして欲しい」

「薫クン……」

「朝には、客観的にアイドルというものを考えられるようになって欲しい。そうしたら、自分のやりたいこととか、自分に求められているものがわかると思うし、その、要領よくやっていけると思う」


 私にすがるような朝に対し、明るい笑みを作る。


 これは私の考えだが、ファンが一番やられて嫌なことは、ある日突然アイドルを辞めることだと思う。熱愛発覚で脱退、事務所ともめて脱退……。

 客観的にアイドルを見て、要領よくアイドルをこなすことができれば、その危険性は減る……はずだ。


 朝には、Aioonのみんなにはアイドルを“上手くやって”欲しい。

 RecorDの桜井文香はできなかった。Aioonの桃井薫もできないだろう。


「と言っても、ここまでの話はあくまで私の主観。朝には朝のアイドル観を持って欲しい……暗い話になったね。ほら、ここのパスタおいしいから早く食べちゃお!」

「……うん」


 その後の私たちはおいしいパスタに舌鼓を打ったが、会話はあまり弾まなかった。パスタのおいしいソースの味だけが妙に舌に残ったのを、無理やり水で流し込む。


 朝と元カノの話は、会社が責任をもって対処してくれることになった。朝も暗くなっていたのはほんの数日で、すぐに元の明るさを取り戻した。


お読みいただきありがとうございました。

面白かったら、評価・感想コメントよろしくお願いいたします。喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。