12-1.エメラルドの瞳
デビュー曲関連の仕事と裏デビュー曲の製作が始まり、私達の忙しさは大変なことになっていた。中でも作詞作曲をする正樹は、目にくまを作りながらーーそれを隠しながら、日々の活動に精を出していた。
とある仕事の帰り道、私は正樹から裏デビュー曲の音源を渡された。
激しい曲調の中で響く美しいバイオリンの音が、アンバランスながらに調和を保っている。体の底から、何かを呼び覚まさせるかのようだ。
「めちゃめちゃいい曲だと思うけど、あんま、浮かない顔だね」
「……うん」
音源を渡してきたときも、曲を流しているときも、私の言葉を待っている今も、正樹の表情はさえなかった。視線を彷徨わせながら、指を絡ませている。
私はあえて追求せず、正樹の言葉を待った。暫くすると小さな声で話始める。
「この曲、“嫉妬”をテーマにして作ったんだ。……でも、デビュー曲のテーマで嫉妬ってどうなのかなって思って」
「はぁ」
まだ音源には歌詞が入って無かったが、確かに“嫉妬”がテーマと聞くと、そうとしか思えない曲調だった。それに、嫉妬がデビュー曲のテーマにふさわしくないというのも理解できる。
「……実は歌詞も作ってあるんだけど、だいぶ、ドロドロしてて」
「わぁお」
渡された歌詞カードを見て、私はバカみたいな反応をしてしまった。それほど嫉妬の歌詞だった。
自分が持っているものと自分が欲しいものは違う。貴方に見て欲しいけど、どこかへ行って欲しい。貴方を知らなければ、自分の人生はもっと楽だったのに。
そんな恨み辛みが、美しい言葉と共に表現されている。確かに、デビュー曲には不適切かもしれない。
でも、いい曲だ。
「なんで、正樹は嫉妬で曲を作ったの?」
「……」
正樹は言いにくそうに、瞼を伏せると、覚悟するように喉を鳴らした。
「俺、実は昔から薫君の事……桜井文香のこと知ってたんだ」
「はい?」
久しぶりに聞いた自分の本名にぎょっとする。それと同時に周りに誰かいないかと、きょろきょろと首を振る。
いや前に、正樹が「私が女だと知っている」と聞かされたことはあったが、いま改めて「知っていた」と言うということは、「女だと聞かされていた」ことと「桜井文香を知っていた」ことは違う話なのだろう。
私は混乱しながらも、とある想定を正樹にぶつけた。
「わ、私のファンだったとか?」
「……いや」
違うんかい!
内心で思いっきりずっこける。
でもだとするなら、どうして私のことを知っていたんだろう。ファンでもない限り一般男子学生だった祈織が、3流アイドルを知る機会だなんてそうそうないはずだ。
ちょっとだけ恨みがましく正樹を睨みつけ、続きを促す。
「RecorDの最後のシングルのカップリング曲、あれ作ったのおれなんだ。……名義違うから気づかなかったと思うけど」
「あぁ! なるほど!」
それは盲点だった。確かに事務所の専属作曲家だと聞いていたのだから、その可能性はあった。宮原正樹という作曲家に心当たりがなかったから考えていなかったが、ペンネームが違うのは当たり前と言えば当たり前かもしれない。
RecorDの最終シングルのカップリングは、本当にいい曲だった。でも、馬鹿みたいにリズムが難しくて、ギリギリまで選ばれない予定だった。でも私がごり押しして、収録してもらったのだ。
「イチ候補だったおれの曲を、桜井文香って子が推薦してくれたって聞いてて……それで、きみのことを知った」
「あー、そういうこともあったね。 あれ、いい曲だったし。結局あの曲が、RecorDとしての最後の曲になったけど、本当に引退曲でもいいぐらいに素晴らしい曲だった」
「……ありがとう」
「でも、すぐ教えてくれたらよかったのに!」
「……当時はあんまり、バレたくなくて。登校拒否まではいかなかったけど、家にいる時間も多かったし」
正樹から語られた過去に、少しだけ目を丸くする。
そう言えば、正樹から学生時代の思い出とか聞いたことが無い気がする。それは日々の雑談も雑誌の受け答えでも。そうか、あまりいい思い出が無かったのかもしれない。
それまで気まずそうにしていた正樹が、ふっと表情を和らげる。
「それで、こっそりライブにも招待してもらったんだけど……ステージでおれの曲を歌って踊るきみを見て、嫉妬した」
「嫉妬?」
「うん」
そう言う正樹の表情は嫉妬という言葉に反し、どこか優しいものだった。
「あの時のきみのパフォーマンスは完ぺきだった。あの曲はきみの、桜井文香のものになっていた。おれの作った曲をおれよりも理解している奴がいる。その事が許せなかったんだ。……子供だよね。そこから、桜井文香が気になって、きみの見ている世界を見てみたいと思った。そうすれば、おれの曲の世界がもっと広がるのかなって思って」
「……もしかして、それでアイドルになろうと思った?」
「ふふっ、せいかーい」
花がほころぶように正樹が笑う。
私は「許せなかった」と強い言葉を投げられて笑うどころじゃなかったし、そういう理由でアイドルになったのかという驚きもあったので、どういう反応をしていいかわからず、半笑いで頬を引きつらせていた。
それにしてもーー
「きみの見ているの世界を見てみたい」
三流アイドルRecorDの桜井文香は、そんなことを言ってもらえるほど、素晴らしいアイドルだっただろうか。
戸惑う私とは反対に、正樹はスッキリしているように語る。
「だから今回、裏デビュー曲って話になった時、テーマに嫉妬を選ぼうと思った。……でも、曲が完成していくうちに、段々正気に戻ってきてーー」
「嫉妬はまずいかなぁと思った。と」
「うん」
「確かに、アイドルのデビュー曲はストレートな恋愛ソングや、カッコイイに全振りした曲、爽やかな青春曲って言うイメージがあるよね。実際、王道はそうだし」
やっと話が一つにつながった。
正樹は突拍子もないところがあるのと同時に、現実に引き戻される常識的な面も持ち合わせている。でも、彼の衝動的な部分は概ね正解を引いているのだと私は思う。それに、その先を私も見てみたい。
「いいんじゃない? テーマが嫉妬でも」
「へ?」
今度は、正樹の顔が強張る番だ。ちょっとだけ面白くなる。
「だって、このプロジェクトって嫉妬の塊じゃん。途中合流した私たちはオーディションに落ちた参加者の嫉妬を一身に受けている。というか、オーディションに合格した4人だって嫉妬に晒されている。そもそも、アイドルもそんな感じの職業だしね……だから、いいんじゃない? 私はこの曲好きだよ」
私も嫉妬している。美しいアイドル人生を送れた人々のことを。
私は美しいアイドル人生を送るために、やり直しをしている最中だ。でも結局、私のアイドル人生は嘘で塗り固めた、ボロボロの道だ。
私の言葉をかみしめる様に、しばらくの間、正樹は黙り込んだ。
私は正樹が答えを出すのをじっと待っていた。
「それに、どーせこれは裏デビュー曲だしね。王道担当は表に任せよう!」
「……うん。この音源、明日、4人にも聞いてもらう」
「わかった。そうしよう」
私たちはそれ以上多くを語らず、帰り支度をはじめる。
正樹は最後の最後に、「この曲は『マリーゴールド』って題にしようと思う」と小さく呟いた。私はそれに対し、「いいね」と返した。私たちは盛り上がった気持ちのまま、帰りに花屋に寄った。そしてマリーゴールドの花束を買ったが、私と正樹の家にはどちらにも花瓶が無いことを買った後に気が付き、互いに笑いあった。
夕方の空気はどこか長閑で寂しく、それと同時に優しかった。
「前は桜井文香が俺の曲を見つけてくれた。今回は夏焼恋星が俺の曲を見つけてくれた。……これってすごいことだと思うんだ」
「正樹? なんか言った?」
「ううん。何でもない」
別れ際の正樹の顔は、今まで見た中で一番機嫌がよさそうだった。
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