11.足音
「裏デビュー曲なんてよく考えたものね。……別にいいわよ。“表”に穴をあけないなら、好きにしなさい」
「社長! ありがとうございます!」
「別に……。ミニライブと本来のMV撮影、他の仕事もある。忙しくなるのは貴方達のほうだからね」
みんなに裏デビュー曲の話をした後、私が作った企画書を全員で推敲した。そのままの勢いで、社長室に突撃する。
社長は少し驚いたものの、特に何も言わず裏デビュー曲を認めてくれた。
私達は互いに互いをたたえ合い、肩を叩いたり笑い合ったりした。この数時間でメンバー間の距離がグッと近づいた気がする。
「やったな! かおるのおかげや」
「これから忙しくなるっすね!」
「体力に自信はあるから、どんとこいって感じだな」
「……おれも、昨日帰ってから曲作り始めた。すぐに聞いてもらえると思う」
「お! 楽しみだな」
みんなの表情を見渡す。本当にいい顔だ。
「みんなが受け入れてくれて、背中を押してくれたおかげだよ……。本当にありがとう。これからもよろしく」
「「「こちらこそ」」」
Aioonは仲間としても、デビューを目指すアイドルとしても、その歩みを一歩一歩踏み出している。
社長は、はしゃぐ私たちを呆れたように見守っていたが、しばらくすると「そろそろレッスンに行きなさい」と社長室から追い出そうとした。しかし社長は、私が部屋を出る前に待ったをかけた。
「少し“仕事”の話があるから、薫だけ残って」
「はい? わかりました」
「……ボクら待ってるから、ランチ行こうや」
「俺、焼き肉食べたいっす!」
「昼から焼肉……?」
私は祈織達の誘いに曖昧に返事をして、退出しようとしていた体を翻す。
ランチについて楽しそうに語るみんなの話声と足音が、緩やかに離れていった。
2人になった社長室は先ほどとは別の部屋のようだった。社長は一つ大きな息を吐くと、グッと伸びをして、私に座るように指示をする。
いったい何の話だろうか。
社長は部屋の端のカフェコーナーから、コーヒーを注ぎ、私と自分の目の前に置いた。
飲み物を用意するということは、長い話になるのだろうか。少しだけドキドキしながら、コーヒーに口を付ける。
「私の描いた絵とは少し違うけど、素晴らしい熱狂が生まれた。Aioonも育っている。流石私が見込んだアイドルね」
「恐れ入ります」
「さっきも言ったけど、裏デビュー曲なんてよく考えたものね。……イチから全部作れるアイドル、ね。中々良いコンセプトかも。実力順で選ぶオーディション系の類似アイドルと、うまい具合に差別化できそう」
「……ぶっちゃけ、そこまで考えてませんでしたけど、確かに上手くいけば差別化が図れるかもしれませんね」
社長は機嫌よさそうにほほ笑んでいる。
よかった。少なくとも、叱られるとかそういうことはなさそうだ。素直にホッとする。
私の野望はもちろん。社長の希望に沿えなければ、この話を受けた意味が無い。私は自分のアイドルとしての理想的な終わりを体現するために、社長はAioonを成長させるために。それぞれの思惑で、今のようなとんでもない状況は成り立っている。
緩みそうになる口周りを抑えながら、私は顔を上げた。
すると、社長が私にタブレット端末を渡してきた。そこには仮案と書かれた資料が映し出されている。
「これが“表”のデビュー曲の5人用の歌割とダンス動画よ。感想を頂戴」
「へ?」
「今の所、夏焼がセンターで考えているんだけど、地上派への露出は福良や清野の方が多いから、迷っているのよね……」
とっさに話の内容を処理できなかった。
……5人用の歌割? もう既に本来のデビュー曲『Efforia』の歌割やダンスの振り付けは出来上がっており、レッスンだって進んでいる。
所長の言葉は脳内で意味をなさず、音だけで流れていく。
「そろそろ、貴女が居なくなってからの準備をしなくちゃいけないからね」
「あっ……」
「デビュー前のミニライブを8月の終わりから9月にかけて行う。もう5か所場所は抑えているわ。それが終わったら、これを彼らに渡して、貴女がデビューしないことを伝える。デビュー曲のMVに桃井薫は居ない。撮影までには告げないといけないからね。結構きついスケジュールになるわ。……そして以前言った様に、貴女の引退ライブはデビュー直前のサツキアリーナのライブになる。ファンへの告知の時期もそろそろ考えなきゃね」
「そう、でしたね」
そうだった。私はデビューできないんだった。分かっていたはずなのに、突きつけられたそれは新事実のようで、私に衝撃を与え、蝕んだ。
日々の出来事や成長にのめり込んで、終わりを見ないふりをしていたのか? 私が?
あんなに、アイドルとしての最後を夢見ていたのに。今の私はーー
デビュー曲のレコーディングとMV撮影、裏デビュー曲のレコーディングとMV撮影、ミニライブとそれに付随するレッスンやリハ、デビュー直前のサツキアリーナでのライブ……
これからの仕事やスケジュールは埋まっているのに、私の存在はどんどん穴あきになっていく。
みんなはどんな反応をするんだろう。元々「問題が無かったら、6人でデビュー」と言っていたから、すぐに受け入れる? それとも実は心の中では私を受け入れていないままで「ざまあみろ」って思う? それとも、泣いて引き留めてくれる?
いや、そんな反応を求める事さえ私にはおこがましいのか。
窓の外でセミが慌ただしく鳴いている。クーラーが効いている室内からは、外の熱さをどこか他人事のように感じるのだ。
Aioonのデビューは10月の終わり。まだ、3カ月近く残っている。
しかし、終わりの時が足音を立てて、そこまでやってきていた。
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