10.提案
結局、恋星の意見は通らなかったし、最終的には私たちも有名作曲家の曲を受け入れた。
その際、私と正樹のアンチコメントに関しては、社長が「どうにかする」と返答した。しかし、その視線は私に向けられており、「どうにもならなかったらどうにかするが、自分でどうにかできるでしょ」と言った意味合いを私は感じ取る。……普通に考えすぎかもしれないが。
デビュー曲のレッスンは滞りなく進んでいたが、全体的にどこか暗い。だが、デビューとは本来希望に満ちたものなのだ。
そのような状況の下、その日は、デビュー曲決定決起集会が事務所によって組まれていた。Aioonの6人でオードブルを囲み、それを少し離れた所から定点カメラとマネージャーである冴島さんが眺めていた。
「あーということで、デビューに向けて頑張っていきましょ! かんぱーい」
「「「カンパーイ」」」
ジュースが入った6つのガラスのコップが、カンと音を立てて重なる。爽やかな甘さがのどを潤した。各々ジュースに口をつけ一息ついた時、恋星が声を上げる。
「と言うか、Aioonのリーダーって永瀬なのか? 今の号令だって自然と永瀬がしてたし。……オレはそれでいいと思うけど、はっきりさせといた方が良くないか? これからの仕事でもリーダーがいた方がいいだろ」
「ん? あー、最年長だからって仕切りやらされてたけど、どうなんやろな」
「良いんじゃないっすか? 俺は賛成っすよ」
「俺も祈織がいいとおもう。……正樹と薫は?」
結から話をふられた私と正樹は、視線を交わしながら被らないように返答する。
「おれも、祈織君でいいとおもう。器用だし」
「うん! 僕も祈織がいいとおもう。……就活経験あるしね」
「おい、かおる。弄っとるやろ」
あはは、と笑いながら用意されていたお菓子に手を伸ばす。祈織は肩をすくめながら冴島さんに目線で確認し、「じゃぁ、ボクがリーダーでーす」と投げやりな声で、コップを掲げた。もしかしたら、というかもしかしなくても最初から会社は祈織がリーダーのつもりだっただろう。
茶化したようなことを言ったが、祈織はリーダーに向いていると私は思う。自分で決めることを嫌う彼は、会社の意向をうまく汲み、グループとのクッションになれるはずだ。
結と恋星に「リーダー何か一言!」とはやし立てられた祈織は、「堅苦しいのは嫌や」とかなんか言いながら、まんざらでもなさそうに、その場に立ち上がる。
「これからデビュー前ミニライブとか、デビューの宣伝とかで忙しくなるから、ま、気張って行こや」
「「「おう!」」」
「頼りないリーダーかもせんけど、言われたことはやりきるんで、何でも言ってな」
「リーダー! そこにおいてあるティッシュ取ってください!」
「何でもって言っても、パシるなや! ほら、結!」
そう言って笑いながら祈織が結にティッシュ箱を投げつけた。ドッと笑いの輪が広がり、一気に雰囲気が良くなる。
Aioonの道はどこか歪んでいる。
近年、王道であるオーディションからのグループかと思いきや、突如事務所から追加メンバーを投入された。オーディションの合格者だってその才能に寄ったもので、完全な実力順とは言えなかっただろう。ダンスだけなら、歌だけならもっと上手い人材がいる。
でも、Aioonは良いアイドルグループになる。私はそう確信している。
いや、私たちがAioonを一流のアイドルにするんだ。私はその中心になってみんなの支えになる。それこそが、所長と私が桃井薫に課した使命だ。
みんながアイドルを窮屈に感じないように、みんなの夢や理想が叶うように。そして社長の期待にもこたえられるように。
私が種をまいて、畑を整備する。
「僕から一つ、提案がある。……デビュー曲の話」
宴会がいい感じに終わりに向かって行った時、私は数枚の紙の束をみんなに配った。それは私が急ぎで仕上げたとある企画書だった。怪訝な顔をしながら、みんなはそれを素直に受け取ってくれる。
みんながそれを読み切る前に、私は説明を始めた。
「僕も恋星の意見と同じように正樹の曲を使いたい。けど、用意された曲を使うのが一番いいってのも分かっている。……そこで、事務所にお金かけて作ってもらうデビュー曲、そして僕達で一から作る裏デビュー曲。二つするってのはどうかな?」
そう語る途中、周りから息をのむような音が聞こえた。自分でもとんでもないことを言っていることは分かっている。私はみんなの反応を見ることができなくて、企画書に視線を落としながら、捲し立てた。どうしても緊張で早口になる。ドキドキと鳴る鼓動が、みんなに聞こえてやいないかと、なんとも言えない感覚に陥った。
「まだ僕と正樹はファンの人に受け入れられてない。だから、MV監督桃井薫、作詞作曲宮原正樹の裏デビュー曲を制作して、ファンの皆様に受け入れてもらうきっかけを作るってのが僕の案。どういう形でAioonに貢献するかがわかることが、ファンの人に受け入れられる一歩だと思うんだ。でも、僕達だけじゃなく、歌唱ソロパートは恋星メインに、冒頭のストーリー映像は結メイン、ダンスの振り付けは祈織におねがいして、衣装は朝に任せる。みんなでつくる裏デビュー曲……て感じなんだけど」
話しているうちにどんどん自信がなくなっていく。
何を馬鹿なことを言っている、と言われるんじゃないか。そんな想像が脳裏によぎって体を支配した。
「滅茶苦茶大変だし、みんなには、特に正樹には負担をかけちゃうんだけど、話題性もあると思うし、社長だってーー」
「わかったから、落ち着け。……顔上げろよ、桃井」
恋星の声がして、恐る恐る顔を上げる。そこには私の最悪な想像とは違い、優しい顔をしたみんながいた。
「それ、めちゃくちゃいい! ナイスアイディアだ! すげぇ、ワクワクする!」
「大変だと思うけど、十分やる意味があると思う。俺は賛成」
「俺も賛成っす! めっちゃ楽しそう」
「確かにこれなら事務所もそこまで反対しないかもな。もちろんボクも賛成や」
「……おれも、賛成。最初に、恋星君が俺の曲を認めてくれて凄い嬉しかった。もちろん、薫君の提案も」
みんなの温かい言葉に、私は破顔する。
よかった。本当によかった。
視界の端では冴島さんが肩をすくめていたが、反対するつもりはなさそうだった。
恋星たちは一通り賛成の意を語ると、彼らは急いで私の企画書を読み込み始めた。そして改善点や追加案をどんどん提示しだす。議論は尽きることなく、企画書の余白が埋まってしまう程のアイデアが生まれた。
私が、桃井薫が残せるものを全て残したい。彼らにアイドルを愛して欲しい。
そのためにやれることは、何でもやろう。
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