9.火花
私が企画したPR動画は上々の滑り出しを見せていた。特に朝は、とある情報バラエティー番組の美容コーナーにゲストで呼ばれ、イイ評判を得た。
社長が望んだほどの熱狂かはわからないが、なかなか大きな熱を生み出せていると考える。Aioonはオーディションの盛り上がりだけでは終わっていない。
だが、私の一番の懸念はまだ解消されていなかった。
「動画にモモの気配があると見る気無くす」
「恋星、突然態度軟化したけど、事務所になんか言われたんかな。かわいそう」
「桃井薫はデビュー辞退しろ」
「シンプルにちび」
クソクソクソッ!
アンチコメントがこんなにも腹が立つとは思っていなかった。RecorD時代は一番“優等生”で、ヘイトは他のメンバーに集中していたから、こんな体験は初めての事だった。
MVも公開され、一時期よりはファンにも認められつつあったが、桃井薫というアイドルの立場は難しいままだった。大きい仕事でも来ればいいかもしれないが、いつかいなくなる私が目立つわけにはいかない。ここまでアンチが増えることは私にとっても、予想外だった。
王子様系アイドルなのが、キャラとして良くなかったか? 王子様系キャラはそれ自体に拒否反応を起こす人や、ナルシストと混同され敵もがられることも多い。でもこれがRecorDとしても、私としても一番自然な形だったと思う。
……彼女たちの意見が全くのクソと言うわけでもないこともわかっている。異物は私だ。
「――る、かおる!」
「っは。……ごめん。祈織、何か用?」
「いや、ボーっとしてたから」
私の肩を揺らしていたのは祈織だった。心配そうにこちらを伺っている。
「そろそろ社長が来るで」
「うん。本当ごめん」
「……別に謝らんくても」
まだ心配そうにしている祈織を振り払い、私はワイワイと雑談していた結たちの輪に入っていった。会話を続けながら、私はあたりを見渡す。
レッスン室にはカメラが入っていた。つまり、今日の社長の話は、Aioonに関する重要な事なのだろう。ボーっとしている場合ではない。
数分も経たないうちに、社長が入室してきた。カメラに映るからか、いつもよりメイクが濃い気がする。だが、その分気迫もある。その意思のある瞳は、すぐさま私を捉えた。
「桃井、プロモーション映像いい感じよ。新しく福良の特番出演が決まったわ」
「! ……ありがとうございます」
「本当ですか!?」
「えぇ。後から詳細を冴島から送らせるから、福良は確認し解いて。桃井、これからも“頼む”わ」
「「はい!」」
社長から向けられたそれは、期待でもあり、私に課せられた使命を忘れるなという圧でもあるように感じだ。
Aioonのデビューに至るまでのストーリーの起爆剤となり、アイドルとして成長させる。それが私に求められていること。アンチに切れている場合ではない。
社長はそのまま全体を見渡すと、一つ咳ばらいをし、注目をあつめた。
「今日はみんなに報告があります。3カ月後に迫ったデビューの……デビュー曲の事です」
「……!」
「デビュー曲は、クリスタ加藤氏の書下ろし楽曲、“Efforia”です」
その言葉と共に、華やかな楽曲がレッスン室に流れ始める。
その曲は素晴らしいもので、作曲者のクリスタ加藤も超有名人であったが、私の、いや私たちの心にはどこか釈然としない部分があった。
事務所推薦枠で正樹をAioonに入れたのだから、デビュー曲はもちろん宮原正樹に書かせると思っていたのだ。それは私だけでなく、他のメンバーもそう考えていただろう。
そっと正樹に視線を向けたが、正樹はけろりとした表情でその曲を聞いていた。
曲が終わり、歌詞カードやその他の書類が回される。みんな神妙な顔で黙っていたが、一人の声が上がった。
「オレ、正樹の曲でデビューしたいです」
恋星だ。
まっすぐ、折れる事の無い視線と声が、社長に向けられている。
アイコンタクトも何もしてなかったのに、恋星が私の心の中のモヤモヤを言葉にしてくれた。私も恋星に同意するように社長に視線を向ける。でも心のどこかにで、現実的な所では正樹の曲を使うことはできないということは分かっていた。
「……もう既に曲は発注してここにある。ライブ感を作りたくて貴方達には言ってないけど、デビュー曲の準備自体はもっとずっと前からしているの。それにプレデビュー曲を作ったとは言っても、無名の正樹とクリスタ加藤では比べようがない。知名度も実力も」
「それはそうなんですけど」
恋星は一瞬うつむいたが、すぐに再び社長の目を捉えた。
「でも、その方が正樹もAioonに馴染むと思うんです」
「!」
「オレも最初はそうだったけど、途中合流組はファンのみんなからも受け入れられにくい感じだからーー」
そんな恋星の言葉に、結も朝も祈織も噛みしめる様にして頷いた。言葉はなかったが、同じ気持ちだということがわかる。
どこかで私は傲慢になっていたのかもしれない。みんなはアイドルやインターネットに疎くて、自分だけが現状を把握している。そう思っていた。思い込んでいた。
でも違った。みんなこのAioonの現状を正しく理解していたし、それをどうにかしなければいけないという考えも持っていた。
私がAioonを一流のアイドルにするのではなく、私達でAioonを一流のアイドルにするのだ。
この数か月、活動を通じて私は充実した毎日を過ごしていた。それは彼らが私の意見を受け入れてくれ、見守ってくれたからだ。私は彼らに大事にされている。彼らは桃井薫のことを私以上に考えてくれていた。
そのことに、私は今更ながらに気が付いた。
「もうデビュー曲について着待ってるのは分かりますけど、どうにかなりませんかね?」
「俺、薫君と正樹が色々言われているの我慢ならないっす!」
「デビュー曲がどうしようもないとしても、他のアプローチをできませんか?」
恋星だけでなく、他の3人からも声が上がり始める。
私が彼らに大事にされているのと同じように、私も彼らを、このグループを大事にしたい。本気でそう思った。そのためにできることはなんだろう。
恋星と社長、他のメンバーの議論をBGMに、私は思考の海に沈んでいく。小さく生まれるアイデアの屑と、実現可能性、それらが脳内で火花を散らして弾ける。私はこのアイデアを形にしなければならない。
そうすれば、彼らに何かを返せる。そう信じて。




