8-5.知っている人と知らない人
「今までオーディションを勝ち抜いた4人に合流することを知った時は、どんなお気持ちでしたか?」
「最初はマジか、と思いました。でも、チャンスは手放したくなかったのでーー」
その日、私と正樹はとある雑誌の取材を受けていた。
取材をするライターさんはこのプロジェクトを最初から追いかけていたようで、こちらに否定的な姿勢でこそなかったが、鋭い質問が次々に浴びせられる。
……いや、私が敏感になっているだけかもしれない。誰もかれもが私に悪意を持っているように感じる。
「宮原さんは楽曲制作にも携わっているとのことですが、その際、気を付けている事はなんですか?」
「……会社からは自由にして欲しい、それがおれの良さと言われます。なので、自分の思ったままにーー」
少しだけ固くなっている私と反対に、正樹は何も感じていませんという風に、淡々とインタビューを受けていた。
正樹に対しては作曲家としての目線からのコメントを求めるようなインタビューもあり、同じインタビューでも私とは特色が異なっていた。
宮原正樹は私と同じ事務所推薦枠としてAioonのオーディション合格組に合流した。元々事務所の作曲家として活動しており、今に至る。同じ立場だからこそ、今日のように共に仕事する機会も多かった。
不思議な雰囲気をまとった長身の青年だ。あまり言葉を発さないが、全くの無口というわけではなく、心の中でたくさん考えてから言葉に出すといった風である。
「――なるほど。ありがとうございました。質問は以上になります」
「こちらこそありがとうございました!」
「……ありがとうございました」
取材が終わると、昼とも夕方とも言えない微妙な時間だった。朝が学校から帰ってくる18時から事務所でのミーティングがあるが、それまでの時間はポッカリと開いている。
私は隣にたたずむ正樹を下から覗き込みながら、声をかけた。
「時間開いたけど、これからどうする? なんかカフェでお茶とかする?」
「……日向ぼっこしたいかな」
「日向ぼっこ?」
思いもしない提案に、ぽかんと口が開く。
「うん。今日天気いいから。なんか買って、近くの公園で日向ぼっこしよう」
「……うん。じゃあ、買って行こうか」
正樹の提案にのり、持ち帰りできるカフェに向かう。私はカフェオレを、正樹はキャラメルフラペチーノをゴリゴリにカスタムしたとんでもなく甘い飲み物を購入した。名前も外見も、甘い。甘さの塊のような飲み物だ。
……私も甘いものは好きだが、流石にこれはキツそうだ。
「それ、おいしい?」
「甘いよ」
甘くておいしいのか、甘いだけなのか疑問が残るが、私は「そっか」とだけ返した。
7月の終わり。普段は険しい暑さが続いていたが、今日は過ごしやすい風がどこからか吹いている。ポカポカした空気の中、ゆっくりとした時間が流れていた。
そう言えば、正樹たちと出会ってからもう3カ月の経つのか。短いようで濃密な3カ月だ。
私たちは公園で一番大きな樹の下の地面に、そのまま座り込む。
「正樹は日向ぼっこが好きなの?」
「うーん。まぁ、そうかな。自然を感じながら、何もせず妄想するのが好き」
「妄想?」
「新しい曲の構想とか、色々」
正樹はアイドルでもあり、作曲家でもある。
なるほど。こういった場で考えこむのが彼の作曲方法なのかもしれない。
この前、プロモーション映像として作曲作業中の正樹の映像を撮って公開したが、こういうところが差し込まれていてもよかったかもしれない。もっと正樹に聞きこむべきだった。第二弾があったら、こういう様子も撮ろう。
「さっきまで雲一つなかったのに、雲出てきたね」
「……流れる雲見るのも楽しいよね」
それからしばらく私たちの間には会話が無かった。会話が無くても心配になることもなく、私達は沈黙を楽しむ。ただボーっと、公園で遊ぶ子供たちや散歩中の犬を眺めた。
ここ最近ずっと、忙しい毎日だった。偶にはこんなゆっくりな時間があってもいいかもしれない。
ポタ、ポタ、……ザァーー
頬に水滴が当たったかと思うと、一気に雨が降って来た。ゲリラ豪雨だ。
「薫君、こっち」
「ぅえっ」
力強く正樹に引っ張られ、屋根のある場所まで走り出す。その途中で正樹が何か呟いたようだったが、雨音でかき消されていた。
やっとのことで、公園内の屋根付きベンチにたどり着く。雨に濡れた服がべったりと体に張り付いていた。
まずい! 体のラインが出ている。もちろん胸は潰しているし、体が透けたわけではないが、私の体は男とはかけ離れている。
正樹にバレるかもしれないということが脳裏によぎり、ザっと血の気が引く。
「……すぐ止むかな? 止みそうになかったら、濡れるの承知で走ってーー」
もっと堂々としていた方がよかったかもしれない。動揺した私の様子を怪訝そうに正樹がのぞき込んでいた。
「えっとーーそのーー」
「……おれ、知ってるよ」
「え?」
「薫君が女の子だって」
思考が止まった。え、何を言って? 私が女だって知っている?
「女の子は体冷やすの良くないって聞くけど、大丈夫?」
「え、今は大丈夫だけどーーってか、知っているってどういうこと!?」
正樹は服の裾をぐっと絞りながら問いかけてくる。
動揺する私に対し、正樹は眉を八の字にしながら苦笑した。
「おれも事務所推薦枠だから、『何かあったらフォローよろしく』って社長に言われて……」
「聞いてないっ!」
「てっきり聞いてるかと思ってた。……まぁ、何事もないのが一番だしね」
体からドッと緊張が抜ける。
なんだ。保険をかけているなら、言って欲しかった。というか、正樹は男性アイドルグループに男装の女を入れるのを受け入れたのか!? それは、なんというかーー
私がおずおずと正樹を覗き込むと、正樹は困ったように笑っていた。
「濡れているけど、一見だけでは女の子だってわかんないと思う。このまま雨が止まなかったら、急いでタクシーを拾おう。俺の部屋ここからも事務所にも近いし、服も貸すよ。そうしたら打ち合わせにも間に合うはずだから」
「ホント、なんかごめん」
「……謝らないでよ」
正樹は軽く私の肩を叩いた。本来トンっと音を立てるはずのそれは、ぴちゃりと気持ちが悪い音を立てる。
遠慮がちにほほ笑む正樹は「気にするなよ」とでも言いたいようだ。
「最初聞いた時は驚いたけど、おれも薫君がいることで作られる社長の理想のアイドルってのが見てみたいって思ったんだ。……俺たちは、共犯だよ」
「きょう、はん」
「……おれたちで世界を驚かせるようなアイドルグループを作ろう。今やってるプロモーション映像のプロデュースもだけどさ、薫君のやることは見てて楽しい。おれも力になりたい」
世界を驚かせるようなアイドルを私たちで作る。
私はずっと、一人でAioonを育てようとしていた。そう社長に求められていると思っていた。でも、もしかしたらーー
雨はまだやまない。雨音だけが私の脳内に響いていた。
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