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8-4.笑う人と笑われる人


「それでボクはダンス動画っちゅうわけね」

「まぁ、王道だけどね」

「いや、文句があるわけとちゃうよ」


 この日私は祈織のプロモーション動画を撮るために、レッスン室にやってきていた。

 ガラスを取るか、本人を直接取るか、画角を迷いながら私は撮影の準備を進める。祈織も入念なストレッチを進めていた。……ストレッチ動画も需要あるかな?


 永瀬祈織はダンスが得意だ。高校時代は全国大会準優勝の経歴もあるらしい。

 今回はガチガチのダンス動画に加え、中高生に人気なポップなダンス動画も録画する予定だ。祈織の売り出しどころは、ゆるゆるな雰囲気がキレキレになるギャップだ。ダンス動画は最近の流行りなので、埋もれる可能性もあるが、一気に話題になるポテンシャルが祈織にはあると思う。


 ガチガチのダンス動画の方は祈織に任せていたが、ポップな方は私が選んだ。

 始めて見るそれに、祈織は目を見開きながら頬を引きつらせる。


「え? なに? 最近こんなん流行ってんの? ……ちょっと変やない?」

「女子中高生の中どころか各界隈でバカ受けしてるよ」

「マジか」


 ポップでかわいい曲とダンスを前に祈織は困惑しつつも、私の指示のままに踊ってくれた。180cmちょいの長身の男がかわいい動きをしていることに、思わず笑みがこぼれる。最初は照れずに踊っていた祈織も、私がニヤニヤしていることに気が付くと、段々と照れ始めた。


 撮影はすぐに終わった。

 ゴリゴリなダンスの方も、祈織の以前からの持ちネタのようで、こちらがうっとりするぐらいのクオリティだった。


 普段のダンスレッスンと比べてもそこまでの運動量はないし、祈織の息も上がっていなかったが、彼はぐったりと座り込む。


「いろんな意味で疲れたわ。これが流行るとか、中高生意味わからん」

「ははっ、お疲れ様。かわいかったよ」

「Aioonのキューティ担当やからな」


 祈織は私が手渡した水を勢いよく飲み干した。そして体の向きはそのまま、視線だけを私に向ける。


「それで? かおる、自分のPR戦略はどうすんねん」

「あー、それはテキトーに」

「……はぁ。俺達にカマけてばかりじゃあ、いかんやろ」

「あははぁ」


 ジト目で祈織が私を見つめてくる。グループのプロデュースに夢中で、自分のことを忘れていた。でもまぁ、去る私がそこまで有名になってもいけない。


「ピアノの弾いてみたでもしようかなって考えてる」

「へぇ。ピアノ弾けるん?」

「小1から中3までの9年間習ってた。後はダンスと英語塾」

「ほー、色々長くやってたんやな。ボクも、おんなじくらいダンス習ってたよ」


 ダンス歴はオーディションの配信で聞いた気がするが、本人の口から直接語られると、また違った風に聞こえる。祈織は習い事というには厳ついダンス経歴なはずなのに、今はおままごとのように聞こえる。


「何でダンス習おうと思ったの?」

「ねーちゃんに連れられて。家ではわがまま女王様だけど、めっちゃ人見知りでな。初めてのものやことはボクを盾にして始める人やねん」

「へー、お姉さんがいるんだ」

「おん。2歳上の姉が1人。……かおるは一人っ子だっけ?」

「うん」


 兄弟の付き添い、というのは彼らしい始まりだと思う。

 こうやって、人に付き合いつつ生きてきたのだろう。いや、女王様の姉がいるから、決断をしたがらない性格になったのだろうか。そんな想定が頭に浮かんだが、本人に尋ねることは何となくできなかった。


 だからと言って、ここで自分の家族の話をするには、何も内容が無い。

 私と両親の関係は、険悪な関係でこそないが仲がいいというわけではない。習い事や事務所のレッスン、アイドルにのめり込んでいた私と両親は、ずっと距離感をはかりかねている。この前連絡したのは、一体いつだっただろう。


 私があいまいな反応をしている間に、祈織はいつの間にか帰り支度を終えていた。


「そう言えば、うちの姉、かおるのファンらしいよ」

「えっ……それは、珍しいね」

「自分のファンに珍しいってなんやねん」


 祈織はケラケラと笑いながら、こちらを眺めている。確かに、失礼な発言だったかもしれないが、自然とその発言が出るほどに私のファンは少ない。


「ホンマや。まぁ、かおるの顔、うちの家系が好きそうな感じやし、最初からねーちゃんはかおるのファンになると思ってたけどな」

「祈織の家系が好きそうな顔って、それこそ何? 祈織も僕の顔好きなの?」


「好きだよ」


 冗談をまっすぐな声色で返され、私は思わず咳きこんだ。とっさに祈織の表情を伺うと、真剣というよりは穏やかな表情で、さっきの言葉が何なのか余計わからなくなる。もっとお茶らけてくれていたら、冗談だと分かるのに。


「えっとーー」

「うちの家、かわいい系が好きなんよ。実家も結構ファンシーやし、親父も花屋で働いでるから、その手の、なんて言うんかな、かわいい系にも寛容というか、仕事で使うってかんじでな」

「へ、へぇ」

「母さんもねーちゃんも可愛いものには目が無くてな、いっつもぬいぐるみを買いにとか、コンサートとか付き合わされたわ」


 今日は永瀬家に詳しくなっている。中々楽しそうな一家だ。

 私は「好き」と言われた時の動揺を奥底に押し込めながら、そんな現実逃避を勤しむ。


「ほんま、かおるは綺麗でかわいい顔してるよな」

「……ありがとう」

「っあははは。ガチ照れしとるやん、かおる! アイドルのくせに大丈夫か?」


 自分の顔が真っ赤になっていることが、鏡を見なくてもわかる。祈織にいいように揶揄われていることが悔しくて、「笑うな」と胴をグーで押し込む。祈織はそれさえもおかしいようで、私がレッスン室から強制退室させるまで、ずっと笑っていた。


 さっきのかわいいダンスで、ニヤついていたことの復讐か?

 してやられた感覚に、私は思わず口を尖らせた。その表情に、祈織が更に笑いをこじらせることも知らずに。


お読みいただきありがとうございました。

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