8-3.迷わない人と迷う人
「それで俺は、朗読動画だっけ」
「うん」
絵本をぱらぱらとめくりながら、結は私に問いかけた。
私は結のプロモーションに朗読動画を選んだのだ。
誰でも知っている懐かしの昔話、最近流行っていると話題のもの、大人向けで涙腺崩壊必須のものと、許可が取れそうな作品ならなんでも揃えてみたので、どれを読もうか結は悩んでいる様子だった。
一応、結にも思い出の絵本を訪ねていたが、結は新しく見る絵本の方が気になっている感じだ。
結は暫く絵本に目を通していたが、おもむろに絵本を閉じて顔を上げる。
「てっきり、俺は料理動画かと思ってた。ずっと料理が趣味で特技って言っているし」
「あー、それは追々。西園寺演劇学校出身の技を見せて欲しくてね! 肩書で気になってくれる人もいるだろうし」
「なるほどね」
「……料理動画の方がよかった?」
「いや? 不思議に思っただけ。薫の戦略を全面的に信頼するよ」
「それは、ちょっとプレッシャーだなぁ」
「あはは!」
結は口を開け、大きな声で笑う。
私から結への説明は本当だったが、ほんのちょっと嘘だった。
結は料理が得意だ。だから、私も最初は料理動画を撮ろうと考えていた。しかし、パブサを続けていくうちに、考えが変わった。
結はガチ恋勢が多かったのだ。
一般的に朗読動画は数字が取れない(桃井薫調べ)。もちろん時と場合によるし、ものすごい再生数のものもある。しかし、新規向けではないことは確かだった。
結はガチ恋勢が多い。だからこそ、恋に落とす系のプロモーションが彼の適性としてもあっていると考えたのだ。料理動画にもその要素はあるが、主婦や一人暮らしの学生にも人気があるジャンルなので、アプローチする層はばらけがちになると私は分析する。
それに対して”ささやき系”はがっつりガチ恋向けだ。本当はASMRをやってみたかったが、十分な機材もないため、朗読動画にした。
この動画をきっかけにたくさんの人に彼を好きになってもらう。……同担拒否派には目をつむろう。グループを大きくする大事な時期なのだ。
結は一通り笑うと、その場でぐっと伸びをした。
「いやでもホント、そこら辺は宣伝隊長に任せるよ」
「……宣伝隊長になった覚えはないけど」
「あはは。……俺は演技の経験はあっても、朗読はしたことないんだけどなぁ。上手くできるかな」
言葉は不安そうだが、声色からは全くそんな感じはない。むしろワクワクしている、そんな感じだ。
軽口を言い合いながら、撮影の準備をする。
そんな中、結の朗読の練習の声が、私の耳を撫でた。
結の声は、イケボ、という感じではない。でも、優しくて柔らかい声だった。
声がいいと言えば恋星もだが、結と恋星は違う方向性で声がいいと思う。聞かせる圧があるのが恋星で、思わず聞いてしまうのが結だ。
録音の最終チェックを終え、私は結に声をかける。
「そろそろ始めようか」
「りょーかい」
結はにやりと笑うと、朗読を開始した。
× × ×
「――めでたし、めでたし」
「……はい、OK」
朗読の撮影は滞りなく終わった。
想像以上に結の朗読は上手く、私も撮影しているのを忘れてしまう程だった。気を取り直すために、軽く頬を叩く。結も凝り固まった体をほぐすように、立ち上がって伸びをしていた。
「次、サムネ撮るから、さっきの体勢で自然なキメ顔作って」
「自然な、キメ顔ってどんなんだよ……」
結は苦笑しながら、姿勢を正す。
「少し下向いて……うん、そう。そんな感じ。その角度が、私が思う結の一番よく見える角度だから、良かったら覚えといて。いつかの撮影で役に立つかもしれないし」
「……まさか薫、全員分のキメ角度を研究しているとか言う?」
「うん? まぁ、一通りは分析してるよ。結は斜め下からの煽りが一番映えるかな。結は爽やかな顔立ちだから、少し下向いた時の顔に影ができる感じがかっこよく映る。まぁ、ギャップかな。後はーー結は笑う時、クシャっと笑うよね。その顔はいいけど、静止画の笑い顔は微笑むぐらいがいいと僕は思うんだよなぁ」
「それもギャップ?」
「うん」
グループにおいてメンバーの分析をすることは自己プロデュースにもつながる。自分のいい角度だけでなく、メンバーのいい角度を分かっておくことは当たり前だ。
だが、もしかしたら自分のことを分析されるのは、気持ちが悪いかもしれない。今の私は男性アイドル桃井薫だが、これぐらいの年齢の男性が何を気持ち悪いと感じるかわからない。
恐る恐る、目線を画面から結に向けると、結は感心したように頷いていた。
「薫って、本当にアイドル博士って感じだよな」
「あ、アイドル博士?」
「うん。なんかプロデューサーとか演出家とも違うんだよな~。博士って感じ」
引いていないことは良かったが、謎の名称を付けられた。
私が追及しようとすると、結はキメ顔を作り直し、サムネを撮影するよう、無言でこちらを促した。私は口をつぐみ、撮影を再開する。
サムネを撮り終えた結は撮影器具を片付けながら、口を開いた。そして使わなかった絵本をパラパラとめくる。視線は絵本に向けられていながらも、何かを思い出すかのように虚空を見つめていた。
「薫は目的に向かって、まっすぐなんだよな。うちのグループだと恋星もそうだけど。……西園寺にいたころから、そういう人はよく見たけど。なんというか、自分と違ってて眩しいよ」
「結も、真っ直ぐな方だと思うけど」
「違うでしょ」
バッサリと冷たい声で切り捨てられたことに、私は思いのほか衝撃を受けた。初めて聞く声色だった。
何も言うことができない私に気付いた結は、少しだけ申し訳なさそうな表情になり、小さく口を開く。
「俺は目標に向かって、迷いながらゆらゆらと歩いている。でも、薫たちは違う。目標に向かってひた走っている。羨ましいよ」
「それって、結は迷いたくないってこと?」
「迷いたくないって言うか、置いて行かれたくない、かな。歩いている奴はどうしてもおいて行かれるから。……まぁ、俺は動く気もないのかもしれないけど」
結はそれきり、何も語らなくなった。
結の朗読動画は、私の想定通り、ガチ恋新規を生み出し、既存のガチ恋ファンにも刺さった。予想より多い再生回数をたたき出し、福良結のポテンシャルを私に様々と見せつけた。
なんやかんやで、結が一番わかりにくいメンバーかもしれない。
彼は何を求めて、ここにいるのだろう。
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