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8-2.好きな人と好きを語る人


「清野朝、初めての美容?」

「そう」


 私が朝にあてがったプロモーション内容は、美容動画だった。

 朝はオーディションが始まる前まではただの男子高校生であったため、他のメンバーのようなスキンケアをしていなかった。石鹼と安いシャンプーだけで保たれている彼の美しい顔と髪には、思わず嫉妬してしまいそうだったが、アイドルになってデビューするというならこのままではいけない。

 それに、アイドルには成長がつきものだ。“美容男子”としての朝の成長は、ファンや世間に受けるだろう。


「……存在自体は聞いたっすけど、男性用化粧品って本当に存在するんすね」

「ふふっ、化粧はUMAかなんかなの?」


 たくさんの化粧品を目の前に、朝はそわそわしながら座っていた。

 今日のために、最近売り出されている男性用化粧品を買い集めた。なかなかこんな機会もないため、私のテンションも上がる。


 いくつかの化粧品を眺めながら、朝が私の方を覗き込んできた。


「師匠が普段使っているのはどれっすか」

「あ、っと……僕が普段使っているのは、ここにはないかな。まぁ、肌に合うとか色々あるから」

「へー。じゃあ、もう少しわかるようになったら、師匠のも紹介してください」

「……うん」


 私が普段使っているのは女性用化粧品だ。

 別に今の時代、男が女性用化粧品を使っていようが問題ないだろうが、私の場合、何が身バレにつながるかわからない。振る舞いに関しては慎重にならなくてはならない。


「スキンケアはこれからっすけど、俺、デビュー決まってから、ファッションとか勉強してんすよ」

「そうなの? 確かに最近、かわいい服着てるね」

「わかりますか! 最初はカッコイイ路線で服選んでたんすけど、どんどんかわいい系というか、ギミックあるおしゃれにハマってきてーー」


 朝のファッションの話は、私も驚くほどの深い内容だった。まだ勉強を始めたばかりと言っていたが、もう既に一家言あるようだ。

 どんどんと盛り上がっていき、いつの間にか時間が過ぎていった。時間が経っていることに気付き、急いで「撮影を始めよう」と声をかけた。


×   ×   ×


「これが次?」

「それより先に、右の白い奴から」

「あぁ、これっすか」


 カメラの後ろから朝に声をかける。朝は目をキラキラさせながら言われるがままに、手を動かした。

 ここまで素直だと少し心配になるが、今回は勉強が一番のテーマなのでこれでいいだろう。


 朝もだいぶ化粧品の扱いに慣れてきただろう頃、私は事前に考えておいた雑談テーマのメモ帳を取り出す。


「そう言えば、元カノちゃんのどんなとこが好きだったの?」

「ふぇ!?」


 何でもない雑談のふりをして、私は朝にカメラを向けた。


 朝が元カノにフラれてアイドルオーディションに挑戦したのは、周知の事実である。だからこそ、元カノの話はタブーではないし青い思い出として世間受けも悪くはないはずだ。また、元カノの情報は彼の好きな人のタイプとも言い換えることができる。その情報はガチ恋勢にとっては、よだれものだろう。


 朝は戸惑いつつも、私の質問に答えようと口を開いた。


「えーっと。まぁ、そもそも、元カノとは幼稚園からの付き合いだったんですけど」

「うん」

「中学あがったくらいでなんか、他の男に笑いかけるの嫌だなって思い始めて、中二の6月?ぐらいに付き合い始めてーー」

「へー! じゃあ、3年ぐらい付き合ってたんだ」


 打算ありきの質問だったが、段々と楽しくなってきた。なんというか、“ザ・青春”だ。

 高校時代をアイドルに費やしていた私にはコイバナの経験は少ない。別に恋をしたいとか思ったことはないが、それを置いてコイバナは楽しい。


「そうっすね。……んで、高校になっても付き合い続けて、もっと恋人っぽいことしたくて、俺はバイト始めたんすけど、その頃からだんだんおかしくなって」

「うん?」

「どんどん予定が合わなくなって。まぁそれはバイトしているからかと思ってたんすけど。他にも夜電話したら通話中だったり、なんかデートの時に服の趣味変わったなぁと思ったり」

「……うん」

「いつの間にか浮気されてたって言うか。バイト終わりに腕組んでいるとこにばったり会って……『寂しかった』って言われちゃって。あははぁ」


 段々と悲しくなってきた。朝の顔もどこかひきつっている。やっぱやめておいた方がいいのかもしれない。

 だが、私が止めるより早く、朝は言葉をつづけた。


「えーっと、どこが好きだったのかっすね。俺はあの子の“好きなことを好き“って言って、笑うところが好きだったんすよ」


 二股されたことを思い出して暗くなっていた朝の表情が、少しだけ明るくなる。


「それこそ明日君とか! 好きなもの話すあの子の笑顔が好きで、俺のこともこの顔で話してくれないかなって。俺のことも好きって言って欲しいなぁって!」

「そっか」

「あぁ、だから、薫クンのも好きっすよ」

「へ!?」


 思わぬ話の展開に、私は声を張り上げる。穏やかな気分が一気に吹き飛ばされた。

 どういう展開だ?

 アイドルだから好きと言われる経験は多いが、準備していない時に好きと言われると、普通にきょどってしまう。


 朝は好きということに躊躇はなかったようで、カラッとした顔のまま、指を折り始める。


「歌の話をしている恋星クンの顔も、料理の話している結クンの顔も、他の人が好きなことをしているときの顔が、めっっちゃ好きなんす」

「……そもそも、好きを語る人が好きって話ね」

「うす! だから、ファンの人に好きって言って貰えるの、結構楽しみなんです!」

「早く、顔が見えるイベントができるといいね」

「うん!」


 朝は元気よく頷いた。私はドキッとした心臓を整えるために、そっと肩を上下させる。

 しかし、なるほど。朝が突然、私のことを“師匠”呼びしてきたことはずっと気になっていたが、これが理由だったのかもしれない。朝は私がアイドル語りした途端に師匠と呼ぶようになった。好きなことを好きだと語れる人間。彼はそんな人間に常にリスペクトを持っているのだろう。


「俺のことも、とろけた表情で語ってもらえるよう、頑張るっすね!」

「うん」

「師匠も唸るアイドルに、俺はなる!」


 そう言って笑う朝の顔は、今までのものより並外れていい笑顔だった。

 あんまりにもいい笑顔だったから、とろけた表情で朝のことを語るのは、ファンではなく、私の事かと、つまり口説かれているのかと勘違いしそうになった。


 ……本当に社長は、見る目がある。


お読みいただきありがとうございました。

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