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64話 軍師、戦場を動かす

 黄金隊の不祥事が起きてから三日が経った。


 休息と補給を終えた帝国騎士団五千はついにエルハーゲンを発った。


 目的地は北方にあるリール丘陵地帯に点在する北魔王軍の砦。


 騎士団は途中で三十ほどの部隊に分かれ、各砦へと進軍していく。


 その部隊の一つ白獅子隊はレオス砦へと向かっていた。隊長ネアと軍師アキトを先頭に四列縦隊となり進んでいる。


 やがて、ネアが手を上げ叫ぶ。


「止まれ! ……あれが、レオス砦だな」


 東西の丘に挟まれた狭路。その先の小高い丘にあるのがレオス砦だった。レオス砦へ到達するには、この狭路を進んでいかなければならない。


 しかし、東西の丘の上にもそれぞれ砦が立っている。


 白獅子隊がレオス砦に進めば、東西から容易に挟撃できる地形だった。


 ネアがアキトに訊ねる。


「どうする、アキト殿? 東西の砦を攻撃する二隊は、我らの後方の森で止まってしまったようだが」

「ああ。おそらくは俺たちがレオス砦に向かい挟撃されるまでは一歩も動かないだろう。やはり、彼らは俺たちを捨て駒にしようとしている」


 ネアは顔を曇らせる。


「……同じ騎士なのに恥ずかしいことだ」

「仕方ない……しかし、安心してくれ。必ず、彼らを戦わせる」

「ああ。我らはアキト殿を信じる。指示をくれ」

「分かった。ならまずは一方の砦……より丘がなだらかな東の砦を攻撃しよう」

「東の砦を?」


 アキトの作戦はネアや白獅子隊に伝えられてなかった。

 作戦の内容も狙いも、その場で教えることになっていたのだ。


 故に、レオス砦を攻めるつもりだった白獅子隊の面々は驚いた。


 しかし、アキトが黄金隊から村を解放しネアを取り戻したのを見ている。


 アキトの意外な指示にも、皆黙って頷いた。


 ネアは確認するようにアキトに訊ねる。


「東の砦を攻める、でいいのだな?」

「ああ。東西の砦を攻撃するなとは命じられていないから、命令違反にはならない。口実は作っておいたしな……それにレオス砦は必ず落とす」


 アキトの言葉にネアは頷き、後方の白獅子隊の騎士たちに振り返った。


「皆、アキト殿の策を信じよう!! ……東の砦を駆けあがるぞ!!」


 呼びかけにおうと応じる騎士たち。


 皆盾を構えて丘をゆっくりと上がっていった。


 アキトはそれを見て、自分の後ろに控える師駒たちへ指示を出す。


「俺たちも行こう。シスイとアカネは白獅子隊の先方を。砦の上で魔法や飛び道具を使うやつを狙撃してほしい」


 シスイとアカネはその言葉に首を縦に振る。


「承知! 某が一番に砦に──」

「最初の砦には入らないって話でしたでしょ、姉様」


 そうだったなと残念そうな顔をするシスイを尻目にアカネが言う。


「姉様を抑えつつ手筈通りにやらせていただきます。放っておいたら、姉様は砦に乗り込んでしまいますからね。砦は最後ですよ、姉様」


 すでに師駒たちにはアキトの策が伝えられていた。


 攻略目標のレオス砦ではなく、まずその東西にあるどちらかの砦を攻撃する旨を。


 事前に白獅子隊の面々に伝えていなかったのは、それを他の隊に漏らさないため。


 この攻撃は計画の要だったからだ。


 アキトは頷いて答える。


「あくまでも砦を攻める仕草を見せるだけ。白獅子隊の騎士たちを守るよう動いてくれ。フィンデリアは騎士たちの治療を頼む」


 頷くフィンデリアを見て、アキトはリーン、ヴォルフ、そして新たに仲間となったライルに目を向ける。


「リーンは手はず通り、レオス砦に。ヴォルフとライルは俺の護衛を頼む」

「承知しました!」


 リーンはそう言って鳥の姿となりレオス砦へ向かった。


 ヴォルフとライルも頭を下げて答える。


「必ずやアキト殿をお守りいたします」

「ヴォルフ殿だけでなく、ライル殿が護衛を務めてくれるなら我らも安心だな」

「お二人とも、旦那様を頼みましたよ」


 シスイとアカネはそう言い残すと、白獅子隊の先陣へと向かった。


 アキトもライルとヴォルフを伴い。隊の後方へ続く。


 白獅子隊の動きに、遠くから白獅子隊の動きを眺めていた金蛇隊、青狼隊の者たちは困惑するしかなかった。


 森に潜んでいた金蛇隊の隊長フルヴァンは怒鳴り声を上げる。


「や、やつら、何故メト砦を!? あれは我らが攻める砦だぞ!! いったいどういうつもりだ!!」


 金蛇隊の軍師は焦った様子で言う。


「彼らは昨日、確かにレオス砦を攻めると申してたはずですが……」

「間違えているのだ!! くっ!! さっさと使者を送って、本当のレオス砦を目指すよう伝えろ!!」


 フルヴァンの一人の騎士が伝令に走る。


 それから間もなく、金蛇隊の軍師は西側の動きに気が付く。


 西の砦から魔物の部隊が打って出たのだ。

 その部隊は、東の砦を攻める白獅子隊の後方へ向かっていく。


「馬鹿な奴らめ! だが、この状況いかがしたものか……このままでは我らが東の砦を攻めることができん」


 白獅子隊を西と東の砦の部隊から攻撃させつり出す、というエレンフリートの策。


 早くもその策が瓦解してしまった。


 金蛇隊の軍師もどうすべきか迷っているようだ。


 そんな中、さらに動きを興す者がいた。


 西の砦の攻略を命じられている青狼隊が、隠れていた森の茂みから飛び出して西の砦への攻撃を開始したのだ。


 フルヴァンはそれを見てさらに激高する。


「やつら!! 将軍から白獅子隊がレオス砦を攻めるまで待てと言われていたのに!」


 金蛇隊の軍師が応じる。


「我らより先に、己の目的の砦を落とすつもりでしょう……そして攻略が終わったら、我らの救援に駆け付ける」

「俺がセオドールの助けを借りるなど絶対にあってはならん!! 我らもすぐに東の砦に向かうぞ!!」


 そうして金蛇隊も森を出て、東の砦を目指すのだった。


 帝国騎士団の動きに対し、北魔王軍の各砦も応戦体制を取り始めた。


 東砦の部隊はゆっくりと丘を上がる白獅子隊をめがけ、投石や矢を降らす。


 一方、西砦の部隊は青狼隊が西砦を攻めるのを見て引き返した。


 それから間もなく、金蛇隊の伝令が白獅子隊のもとへ駆けつけた。


「ネア殿!! この砦は我ら金蛇隊が落とす砦だ!! 諸君らの目標はレオス砦!! 早急にそちらに向かわれよ!!」


 その言葉にネアではなくアキトが答える。


「何? 故に昨日、フルヴァン殿のもとへ作戦の確認へ訪れたのに……ともかく、このままでは我らは敵に背を向けることになる。被害は免れない。金蛇隊の攻撃を待ってからレオス砦に向かうとしよう」

「し、しかし!」

「何、まさか友軍に犠牲を強いるつもりか? 誇り高い帝国騎士が」

「くっ……と、ともかくレオス砦を攻撃してくだされよ!!」


 伝令はそう言って金蛇隊のもとへ走っていった。


 ネアは感心したように言う。


「おお! 蛇も狼も動いた! さすが!!」

「黙っていてすまない。ただ、やつらに情報が漏れるとまずいからな」

「恥ずかしいが黙っていてくれて正解だ。我らは馬鹿正直だからな。どこから漏れるか分からん」


 そのネアの言葉に白獅子隊の騎士からどっと笑いが起こる。


 ネアは飛んでくる矢を盾で防ぎながら続けた。


「我らは戦うだけだ……それで、次はレオス砦だな」

「ああ。そちらも手を打ってはある」

「うん? レオス砦は正攻法で攻めるんじゃないのか?」

「それでは時間がかかりすぎるし被害も心配だ。だから、野戦で叩くことにした。俺たちが東の砦を攻めたのは、味方だけじゃなくて敵も動かすためだ」

「敵が?」

「そもそも、北魔王軍は俺たちが仲間内で謀りあっているなんて夢にも思わないだろうな。仲間は助けるもの……それが普通だ」

「それは……あっ」


 レオス砦から魔物の部隊が打って出てきた。


 その部隊は東の砦へと向かっている。


「この東の砦を助けに出てきたのか」

「ああ。やつらは俺たちがレオス砦を攻めるなんてことは知らない。普通であれば、俺たちが西と東の両方を落としてからレオス砦を落とすと考えるだろう。俺たちが突出してレオス砦を攻めるなんて、全く合理的じゃないからな」

「ふむ……魔物が仲間を嵌めるのを見たことはない。我らは実のところ、魔物よりもずっと愚かなのかもしれないな」

「それは分からない……ただ、仲間内で足を引っ張っている余裕はないのは確かだ」


 そんな中、ついに金蛇隊が東の砦を攻めはじめた。


 すでに被害なしでは撤退できないほど東の砦に接近している。


 それを見たアキトはネアに言う。


「レオス砦から打って出てきた部隊を迎え撃とう」

「おう!! 全員、丘を一挙に駆け下りレオス砦を出た部隊を攻めるぞ!!」


 ネアの掛け声に白獅子隊が威勢の良い声を上げる。


 その後、アキトが軍師を務める白獅子隊は、レオス砦を打って出てきた部隊と野戦になった。


 アキトの師駒たちの活躍もあり白獅子隊はこの野戦を容易に制すと、手薄となったレオス砦も一挙に陥落させるのだった。

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